赤外線写真(読み)せきがいせんしゃしん(英語表記)infrared photography

精選版 日本国語大辞典 「赤外線写真」の意味・読み・例文・類語

せきがいせん‐しゃしん セキグヮイセン‥【赤外線写真】

〘名〙 赤外線に感光する特殊な感光材を塗布したフィルム・乾板と専用フィルターで撮影する写真。肉眼では見えない物の形や物質の違いを写し出すことができる特性から、夜間撮影、航空写真測量、絵画鑑定などにも用いられる。〔現代語大辞典(1932)〕

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デジタル大辞泉 「赤外線写真」の意味・読み・例文・類語

せきがいせん‐しゃしん〔セキグワイセン‐〕【赤外線写真】

赤外線フィルムと赤外線以外をカットするフィルターを用いて撮影する写真。肉眼では見えない物や、雲や霧を通した遠方の景色の撮影に、また、反射率の違いによる森林や海水温の調査などに利用。

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改訂新版 世界大百科事典 「赤外線写真」の意味・わかりやすい解説

赤外線写真 (せきがいせんしゃしん)
infrared photography

赤外線(波長領域700nm~1mm程度)を光源として撮影する写真技術およびそれによって撮影した写真。遠方の被写体を赤外線で撮影すると,大気中のもや,浮遊物による妨害が少なくて明りょうな写真が得られる。また物体の赤外線反射率が可視光線の反射率と異なるため,通常の写真で識別できない被写体が赤外線写真によって明りょうに識別できることがある。例えば軍用のカムフラージュインキ消しで消された文字など,肉眼や普通写真では識別しにくいものが赤外線写真で明りょうに写し出された例がある。

赤外線写真の撮影には光源として自然光,すなわち太陽光を使う場合が多い(太陽光の中には赤外線が含まれている)。近距離の撮影や接写の場合には,赤外線用フィルターを備えたフラッシュランプストロボ光源も市販されており,数mから数十mの距離で撮影することができる。赤外線写真を撮影するカメラとしてはふつうのカメラがそのまま使用できる。しかし赤外線は可視光線よりも波長が長く,レンズによる屈折が少ないため,赤外線の焦点の位置は可視光線の焦点位置よりも長くなり,焦点の補正をしなければ鮮明な像が得られない。例えば,35mm判カメラで焦点距離50mmのレンズで赤外線写真を撮影するには,無限遠の被写体の場合で距離目盛を約25m付近に合わせる。このことはレンズとフィルム面との距離を一般撮影の場合よりも長くしているわけで,一般に赤外線撮影ではレンズとフィルムとの距離をふつうの撮影よりも0.25%長くすると焦点がほぼ合致する。レンズの種類によっては,赤外線で無限遠の被写体を撮影する場合の距離目盛が,赤外マークinfrared markとして赤点で刻印されているものがある。無限遠でない近距離の撮影の場合は計算によって補正するか,テスト撮影をするしか方法がないが,レンズの絞りを絞って焦点深度を深くすれば焦点は合わせやすくなる。

 赤外線写真で忘れてならないことは,赤外線に対しては大きな透過能をもち,他の波長領域の光に対しては不透明に近い赤外用フィルターを通して撮影することである。後述のように,赤外線用フィルム・乾板は赤外の波長域に感度を有するほか,ハロゲン化銀固有特性として青色にも感光する。したがって,フィルターを使わずに赤外用フィルムで撮影すると,赤外域と青色の波長域の写真が重なって撮影されるため,赤外線の効果が妨げられて満足な結果が得られない。赤外用フィルターは赤色,濃赤色など種々のものが市販されており,使用する感光材料の感光波長域に応じた透過波長,平均透過率をもつものを選定する。

赤外線写真撮影には赤外域に感光する赤外用フィルム,乾板を使用する。写真の感光乳剤はハロゲン化銀を感光物質として含有し,ハロゲン化銀は本来主として青色の光に対してしか感光しないが,乳剤にシアニン色素のような増感色素を加えると長波長の色光に感ずるようになる。赤外線に感ずる乳剤を作るには増感色素としてクリプトシアニン(感光極大波長750nm),ネオシアニン(感光極大830nm),そのほかメチン鎖の長いシアニン色素類を使うのであるが,このような分光増感の方法では感光波長域は約1000nm付近までしか達することができない。したがって赤外線写真で使用する波長域は現在の技術では700~1000nmの間に限定され,それ以上長波長の赤外線で記録をするには他の検出手段を使わなければならない。一般の赤外線写真で使われる感光極大波長は750nmおよび850nm付近がふつうである。

 赤外線写真を撮影する場合にフィルムの感度の設定をしなければならないが,一般にはフィルムの使用書に従って感度の設定を行う。赤外用フィルムは概して感度が高くないので,赤外用フィルターを使って絞りF4~5.6でシャッター速度1/50s付近で撮影する。なお,赤外写真用フィルムが入手できない場合でも,赤外増感色素を10mg/10ml程度のエタノール溶液とし,この溶液に暗室中でパンクロフィルムなどを浸して乾かすと赤外用フィルムができる。

 カラー写真の時代に入ってカラー感光材料の技術が赤外線写真にも採り入れられて赤外カラーフィルムが市販されるようになった。赤外カラーフィルムは赤外線に感ずる乳剤,赤感光乳剤,緑感光乳剤の3乳剤を重ねて塗布したもので,撮影後に赤外感光層をシアンに,赤感光層をマゼンタに,緑感光層を黄に発色する。その結果,得られる画像の色は被写体の色を再現しているのではない。赤外線は元来色光には対応しないのであるから色再現とは無関係で,画像の色は被写体を識別するのにつごうのよい色を選んである。このようなカラー写真をフォールスカラー写真という(フォールスカラーfalse colourは偽りの色の意)。たとえばコダック社の赤外カラー反転フィルム(Ektachrome Infrared AERO,type8443)の場合は黄フィルターを使って撮影し,500nm以下の波長の光はカットするが,このような赤外カラーフィルムで風景を撮影すると空は青く,海や湖は深い青に再現されるが芝生の緑は赤くなり,樹木も赤みを帯びる。

銀塩を使った写真フィルムは,撮影後,赤色光や赤外線を一様に照射すると撮影によってできた潜像が破壊されて現像できなくなる。これをハーシェル効果Hershel effectという。これを利用して赤外線写真を撮影することができる。すなわち,最初フィルムに露光を与えておき,これに赤外線の画像露光を与えると,現像によってポジ像が得られる。また写真フィルムを赤外域のレーザー光で照射してフィルムの感度を変えることによって赤外記録をする方法,揮発性の油膜に赤外線の熱作用で記録する方法なども知られている。

赤外線写真は,航空写真,リモートセンシングなどによる高空からの森林,資源の分布,海洋の汚染などの観察,測定,解析に使われるほか,医学写真,文書の偽造などの鑑定写真,発熱体の温度分布の測定,天文写真,分光写真など科学用の写真記録に広く利用される。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「赤外線写真」の意味・わかりやすい解説

赤外線写真
せきがいせんしゃしん

可視光より長い700ナノメートル以上の赤外線により撮影する写真で、赤外フィルムに赤外撮影用フィルターを併用する方法が一般的である。750ナノメートルと850ナノメートル前後に最大感度を有する2種のモノクロフィルムと、赤外カラーフィルムが製造されている。そのおもな用途は赤外スペクトルの研究をはじめ、赤外線の透過効果を利用した遠景の明確な撮影、生物組織体の透過撮影、植物の葉の種類や老若による赤外線の反射率の相違を利用した森林調査、海洋汚染調査、司法鑑定、測温など多方面にわたっている。(1)赤外線撮影用フィルター 赤外線フィルムは、赤外線に対する感光性以外にハロゲン化銀固有の感光性ももっているから、この波長の光をカットするフィルター(黄色~赤色)や、可視光をカットし赤外線のみを透過する赤外用黒色フィルターを使用して撮影する。(2)ピント位置の補正 一般レンズは、赤外線に対する色収差が補正されていないから、可視光によるピント調節は赤外線の結像位置と異なる。赤外線に対しては焦点がすこし後方へ移動するので、その分だけレンズを繰り出す必要があり、レンズの距離合せ指標には赤外マークが記されている。しかし、その補正量は感材の最大感度波長によって異なるため、赤外マークはその目安にすぎない。(3)赤外フラッシュ撮影 赤外線を放射するストロボやフラッシュランプを光源として夜間撮影すると、赤外線が肉眼に感じないため、被写体の人物などに気づかれずに撮影できる。(4)赤外線カラーフィルム リバーサルカラーフィルムの乳剤層のうち、一層を赤外線に感じるものとしたフィルム。赤外感光層をシアン、緑感光層をイエロー、赤感光層をマゼンタに発色させ、一般撮影のほか植物分布の遠隔探知用航空写真などに使用されている。また露光に関しては、赤外線用の電気露光計は市販されていないので、簡単に露光量を決定することはできない。したがって経験をもとに露光を変えて何枚か撮影するのが最良の方法である。

[伊藤詩唱]

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百科事典マイペディア 「赤外線写真」の意味・わかりやすい解説

赤外線写真【せきがいせんしゃしん】

700〜1200nmの赤外部にまで分光増感(増感)した写真感光材料を使って撮影する写真。可視光・紫外部分を遮断するために赤外フィルターを併用する。青空は黒く感じ(夜景効果),緑の部分は反射率が大きく明るく写る(雪景効果)。暗所でも不可視光源で撮影ができ,また赤外線の透過率の大きいことを利用して遠景撮影に向く。山岳写真,航空写真,暗中撮影などのほか,スペクトル写真その他の科学的写真に利用。→赤外カラー写真
→関連項目空中写真

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「赤外線写真」の意味・わかりやすい解説

赤外線写真
せきがいせんしゃしん
infrared photography

通常の可視光の代りに赤外線を使って撮った写真。赤外線のなかでも近赤外線が使われる。普通の写真フィルムは,可視光や紫外線には感じるが,赤外線には感じないので,特に赤外線に感じるように増感した赤外線写真フィルムを使わなければならない。また写真を撮るときは,フィルタを使って可視光を除くこと,レンズの焦点面がずれることを考慮するなどの必要がある。赤外線は,もや,スモッグなどのような空中の微細な浮遊物に妨害されることが少く,遠方まで透過するので,遠景を鮮明に描出する。また,肉眼と異なる感色性は,可視光下では見分けにくい物質の識別や医学,工業,軍事に活用される。

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世界大百科事典(旧版)内の赤外線写真の言及

【科学写真】より

…(5)は可視光線以外の電磁波を利用する撮影法。赤外線(赤外線写真),紫外線(紫外線写真),X線(X線写真),γ線,β線の利用がおもなもの。可視光線ではあるが,シュリーレン写真や偏光写真も,電磁波の特徴を巧みに利用した観察方法となっている。…

※「赤外線写真」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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