賜・給・食(読み)たまう

精選版 日本国語大辞典 「賜・給・食」の意味・読み・例文・類語

たま・う たまふ【賜・給・食】

[1] 〘他ハ四〙
[一] 上位から下位へ物や恩恵を与える動作を表わすのが原義と思われる。そこから、恩恵を受ける下位者の立場を主として、「上位者が恩恵を与えてくれる、下さる」という、動作主を敬う気持が生じ、尊敬語が成立する。一方、恩恵を与える立場の者を主として、「恩恵を与えてやる、くれてやる」の意に用いられる場合も生じている。たぶ。とうぶ。
① 「与える」「くれる」の意の尊敬語で、その動作の主を敬う。お与えになる。下さる。
※万葉(8C後)一八・四一二二「この見ゆる 天の白雲 わたつみの 沖つ宮辺に 立ち渡り との曇りあひて 雨も多麻波(タマハ)ね」
太平記(14C後)四「君王臣が忠諫を忿(いか)って吾に死を賜(タマフ)事、是天已に君を棄つる也」
② 特に、人を下さるの意から、人をおよこしになる。
※伊勢物語(10C前)六二「夜さり、『このありつる人たまへ』とあるじにいひければ」
③ 上位者が下さるものを、仲介して与える。
※竹取(9C末‐10C初)「このめの童はたえて宮仕つかうまつるべくもあらずはんべるをもてわづらひ侍り。さりともまかりて仰せ給はんと奏す」
※源氏(1001‐14頃)桐壺「御祿の物うへの命婦取りてたまふ」
④ 下位者に対する自己または自己側の動作に用い、尊大な語気でいうもの。くれてやる。
※竹取(9C末‐10C初)「そこらのこがね給ひて、身をかへたるがごと成りにたり」
⑤ 尊者に対するかしこまり改まった表現(会話・消息勅撰集詞書など)において自己または自己側の動作に用い、第三者に対して「くれてやります」の意を表わす。与えられる第三者が低められることによって、へりくだった言い方になる。
※宇津保(970‐999頃)吹上下「公にだにさぶらはざらん物を、正頼はいかでかたまふべからん」
[二] 補助動詞として用いる。動詞、または、動詞に「て」のついた形に付く。
① ((一)①の補助動詞用法) その動作の主を尊敬する意を表わす。
(イ) その動作を、恩恵を受ける者のためにしてくれるの意のもの。…してくださる。
古事記(712)下・歌謡「高光る 日の御子 諾(うべ)しこそ 問ひ多麻閇(タマヘ)(ま)こそに 問ひ多麻閇(タマヘ)
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)那須「此馬のとどまる所にて馬を返し給へ」
(ロ) その動作を尊敬表現にするために「たまう」が用いられているもの。…なさる。お…になる。
※万葉(8C後)五・八一三「たらし姫 神のみこと〈略〉御心を しづめ多麻布(タマフ)と い取らして いはひ多麻比(タマヒ)し 真珠(またま)なす 二つの石を」
※源氏(1001‐14頃)桐壺「女御更衣あまたさぶらひ給けるなかに、〈略〉すぐれて時めき給ありけり」
(ハ) 尊敬の助動詞「す」「さす」と共に「せたまう」「させたまう」の形で用い、特に(ロ)の尊敬の度合いを強めて表現する。
※竹取(9C末‐10C初)「大臣上達部をめして、いづれの山か天に近きと問はせ給に」
※枕(10C終)八「大進生昌が家に宮の出でさせ給ふに」
(ニ) 特に命令形は、「たまう」の上にあって実質的な意味を表わすはずの動詞を略していうことがある。→あなかま給(たま)えいざ給(たま)えいざさせ給(たま)え
② 江戸時代後期以降、特に上下間の敬意が弱まり、現代では、同輩以下に対し軽い敬意または親しみの気持をこめていう補助動詞として、多く命令形が用いられる。命令形以外にも「あまり悲しみたまうな」などの用法があるが、普通の用語とはされていない。
洒落本辰巳之園(1770)「屋敷は屋敷、ここはここじゃ、手にし給へ」
吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉一「君注意して写生して見給へ」
③ ((一)④の補助動詞用法) 下位者に対し恩恵を与える、上位者側、また自己側の動作を表わす動詞につけて用い、「…してやる」「…してとらせる」の意を表わす。
※続日本紀‐天平元年(729)八月二四日・宣命「天皇が大命らまと、親王等又汝王臣等に語らひ賜幣止(たまヘと)勅りたまはく」
[2] 〘他ハ下二〙
[一] (食) 物などを受ける、もらうの意の謙譲語で、くれる人を敬う。多く、飲食物をもらう場合にいう。いただく。頂戴する。
※万葉(8C後)一四・三四三九「鈴が音の早馬(はゆま)駅家(うまや)の堤井(つつみゐ)の水を多麻倍(タマヘ)な妹が直手(ただて)よ」
[二] 補助動詞として用いる。動詞の連用形に付く。
① 動詞(多く、「聞く」「見る」)に付いて、その動作を尊者から受ける意を表わす。尊者の恩恵によって、その動作をさせてもらう気持で、その動作の対象を敬う謙譲語。…させていただく。
正倉院文書万葉仮名文(奈良)「ふたところのこのころのみみもとのかたちきき多末部(タマヘ)にたてまつりあぐ」
※続日本紀‐天平勝宝元年(749)一二月二五日・宣命「歓(うれ)しみ貴みなも念ひ食(たまふル)
② (尊者に対し、かしこまり改まった気持で言う会話・消息に用いる対話敬語) 話し手または話し手側の者の動作を表わす動詞(多く、「思う」「見る」「聞く」、ときに「知る」など)に付いて、その動作を聞き手に対しへりくだり、言い方を丁重にする。「(あなたさまに)…させていただきます」の気持をこめる。
大和(947‐957頃)一六八「かかる山の末にこもり侍りて、死なむを期(ご)にてとおもひ給ふるを」
※宇治拾遺(1221頃)七「それがあなたにさぶらひしかば、知らせ給ひたるらんとこそ思ひ給へしか」
[語誌](1)「法隆寺金堂薬師仏造像記」に「池辺大宮治天下天皇、大御身労賜時、〈略〉誓願賜」とあり、この「賜」は補助動詞「たまふ」の最も古い例だといわれる。
(2)下二段活用の「たまふ」の終止形は通常用いられない。
(3)下二段活用の「たまふ」は、四段活用の「たまふ」に対し受動的な意味を持つ点で「たまはる」に類似するが、「たまはる」が、広く「いただく」であるのに対し、これは飲食物に関して「いただく」場合に多く用いられる。従って「食」の字がこれにあてられ、補助動詞用法にも「食」の表記が多くみられる。ただ、後世は「飲食する」の意については、「たまふ」の転じた「たぶ」「たべる」が専用され、「たまふ」は主として補助動詞として用いられるようになっていった。
(4)中古には、「与える」意の「たまふ」に助動詞「す」が下接した「たまはす」、また、補助動詞「たまふ」に助動詞「す」「さす」「しむ」が上接した「せたまふ」「させたまふ」「しめたまふ」があり、いずれも最高敬語である。
(5)(一)(二)①(ハ) の「(さ)せたまふ」は、中世後期には次の例のように「(さ)したまふ」の形で使われた。「詩の意は、小斎のちっとしたる燕居之室に居て、将軍の幕官であるなんど云てはばめきもせいで、いかにもしづかにいらしたまうほどに、野なる意が多と承まわるぞ」〔三体詩幻雲抄〕。
(6)「たまふ」は中世後期には口頭語の世界から後退したが、「せたまふ」「させたまふ」の転と推定される「しまう」「さしまう」「しも」「さしも」「しむ」「さしむ」などは口頭語として用いられた。

た・ぶ【賜・給・食】

[1] 〘他バ四〙
[一] 上位から下位へ物などを与える、くれる動作を表わす。「たまう(賜)」と同性質であるが、「たぶ」の方が「くれてやる」の意味が強い。とうぶ。
① 「与える」「くれる」の意の尊敬語で、「くれてやる」動作をする人を敬う。お与えになる。くれておやりになる。下さる。
※竹取(9C末‐10C初)「この人々、〈略〉『娘をわれにたべ』と伏し拝み」
※平家(13C前)六「御書をあそばいてたうだりけり」
② 上位者がお与えになるものを、仲介してくれてやる。
※万葉(8C後)二〇・四四五五「あかねさす昼は田多婢(タビ)てぬばたまの夜のいとまに摘める芹(せり)これ」
③ 下位者に対する自己または自己側の動作に用い、尊大な語気でいうもの。くれてやる。
※平家(13C前)五「この日来(ひごろ)平家の預りたりつる節斗(せっと)をば、今は伊豆国の流人頼朝にたばうずるなり」
④ 尊者に対するかしこまり改まった表現(会話・消息・勅撰集詞書など)において、自己または自己側の動作に用い、第三者に対し「くれてやります」の意を表わす。与えられるものが低められることによって、へりくだった言い方になる。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「親のわづらひて物もくはねば、たばむずるぞ」
[二] 補助動詞として用いる。動詞、または、動詞に「て」の付いた形に付く。
① ((一)①の補助動詞用法) その動作の主を尊敬する意を表わす。…して下さる。…なさる。
※万葉(8C後)二・一二八「吾が聞きし耳によく似る葦の末(うれ)の足ひくわが背つとめ多扶(タブ)べし」
※土左(935頃)承平五年二月五日「なほうれしとおもひたぶべきものたいまつりたべ」
② ((一)③の補助動詞用法) 尊大な語気で、…してやる、の意を表わす。
※宇治拾遺(1221頃)一「『そのとりたりし質の癭(こぶ)返したべ』といひければ」
③ ((一)④の補助動詞用法) 尊者に対するかしこまった物言いとして、自己または自己側の者の動作につけて用い、…してやります、…してくれます、の意を表わす。
※宇津保(970‐999頃)忠こそ「人の告げたびしかば、いとあやしくおぼえ侍しかど」
[2] 〘他バ下二〙 ⇒たべる(食)
[語誌](1)元来は「たまう(給)」と同語で、「たまふ」がタマフ→タムフ→タムブ→タブのように変化して成立したものと思われる。
(2)タブを古形とし、接尾辞フの付いたタバフが子音交替してタマフとなったとする説もあるが、タバフの形は文献に見えず、平安初期まではm音からb音への子音交替の例は多いものの、その逆は無いところから採りにくい。
(3)上代では「続日本紀」宣命に多く見られ、口頭語的性格の強い語であったと思われる。また、同宣命ではタマフが天皇の行為に付けて用いられるのに対し、タブは藤原不比等や道鏡などの臣下の行為に付いて用いられており、敬意度はタマフより低い。
(4)平安時代になると、与える者と与えられる者との身分差が極めて大きい場合に用いられており、タマフが行為者を尊敬する方向に意味が働くのに対し、タブは受け手を卑める方向に働くようになる。したがって、与える者が話し手側の者である場合には尊大な感じが伴ない、与えられる相手が話し手自身の場合には卑下した感じが伴う。補助動詞「給ふ」「せ給ふ」を下接する「…てたび給ふ」「…(て)たばせ給ふ」の言い方が成立するのは、このことと関係するものと思われる。

とう・ぶ たうぶ【賜・給・食】

(「たまう(賜)」が、タマフ→タムブ→タウブのように変化したもの。「たぶ」と同性質であるが、主として中古に用いられた)
[1] 〘他バ四〙
[一]
① 「与える」「くれる」の意の尊敬語で、「くれてやる」動作をする人を敬う。上位から下位へお下しになる。下さる。お与えになる。
※書紀(720)垂仁二年(北野本訓)「赤絹一百疋を賚(もた)せ、任那王に賜(タウヒツカハス)
※能因本枕(10C終)九七「『まろがもとにいとをかしげなる笙(さう)の笛こそあれ〈略〉』とのたまふを、僧都の君の『それは隆円にたうべ〈略〉』」
② 尊者に対するかしこまり改まった表現(会話・消息・勅撰集の詞書など)において自己または自己側の動作に用い、第三者に対し「くれてやります」の意を表わす。
※志香須賀本古今(905‐914)雑上・八七〇・詞書「右兵衛府生より右兵衛の将曹になりて、とねりらに酒たうびけるついでによめる」
[二] 補助動詞として用いる。他の動詞の連用形に付いて、その動作の主を尊敬する意を表わす。…して下さる。…なさる。なお、特殊な言い方として、「はべりたうぶ」の形で用いられることがある。→はべりとうぶ
※土左(935頃)承平五年一月九日「長谷部のゆきまさらなん、御館より出でたうびし日より、ここかしこに追ひくる」
※大鏡(12C前)六「人にほめられ、ゆくすゑにも、さこそありけれと言はれたうばんは」
[2] 〘他バ下二〙 (食)
① 「飲む」「食う」の意の謙譲語。飲食物を上位からいただくの意であるが、多く、単に自己または自己側の者が飲食するのを聞き手に対してへりくだり丁重に言うのに用いる。→たべる
※催馬楽(7C後‐8C)酒を飲べて「酒を太宇戸(タウベ)て、たべ酔(ゑ)うて」
※徒然草(1331頃)二一五「この酒をひとりたうべんがさうざうしければ申しつるなり」
② 「食う」の丁寧語。食べる。
※読本・椿説弓張月(1807‐11)後「庭の木の子(み)を、朝稚のほとりに置ならべ、『これたうべ給へ』とて」

たもう たま・ふ【賜・給・食】

[1] 〘他ハ四〙 ⇒たまう(賜)(一)
[2] 〘他ハ下二〙 ⇒たまう(賜)(二)

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