貞門俳諧(読み)ていもんはいかい

改訂新版 世界大百科事典 「貞門俳諧」の意味・わかりやすい解説

貞門俳諧 (ていもんはいかい)

江戸前期の俳諧流派,またその俳風。談林(だんりん)の新風・異風に対して古風正風ともいう。〈貞門〉とは松永貞徳(ていとく)の俳門の意。俳風の上から宗鑑そうかん),守武(もりたけ)(荒木田守武)以来の俳諧を,流派の上から18~19世紀の貞山,天来あたりまでを加えて貞門と呼ぶこともあるが,一般的には貞徳を盟主とする俳諧集団とその俳風をいう。

 宗鑑,守武の16世紀から貞門派の台頭する17世紀までの約100年間は,三浦為春の《犬俤(いぬおもかげ)》《野犴(やかん)集》に代表されるような知識人の余技としての微温的なことば遊びの俳諧と,卑俗・露骨をいとわない言捨(いいずて)俳諧とが並び行われていた。とりわけ,専門連歌師が連歌の会果ててのち余興として俳諧をもてあそぶことが流行し,そこからやがて専門の俳諧師が育っていった。連歌の名門里村家は16世紀の中ごろ南北両家に分かれたが,南家2代昌琢(しようたく)の門からは徳元(とくげん),重頼(しげより),宗因(そういん)ら,北家初代紹巴(じようは)の門からは貞徳,それに猪苗代(いなわしろ)家の縁につながる立圃(りゆうほ)らが出た。これらの人々はそれぞれ一門を構えるが,なかでも勢力のあったのは学殖人脈に恵まれた貞徳であり,本来系列を異にする徳元,重頼,立圃らもやがてその傘下へ組み入れられてしまう。いわゆる貞門派の成立である。京には重頼,立圃,貞室,西武(さいむ),季吟,令徳,梅盛,安静ら,江戸には徳元,玄札,未得(みとく),卜養(ぼくよう)らがあって活躍し,1630年代(寛永期)から談林風の流行する1660~70年代(寛文・延宝期)までの約半世紀間,貞門は全盛を誇った。貞門風の確立にさいして貞徳が最も意を労したのは,《新増犬筑波集》にみられるような室町俳諧の蕪雑さの克服と,《御傘(ごさん)》などによる俳諧式目しきもく)の制定であった。寛永期以降俳諧人口は飛躍的にふえ続け,《犬子(えのこ)集》《鷹筑波集》《崑山集》《玉海集》など,厖大な撰集がつぎつぎに編集刊行された。上下両階層に拡大した作者層を一つにまとめるため,貞徳は俳諧を〈俳言(はいごん)〉を賦物(ふしもの)とする連歌にたとえたが,これは俗語に文学的市民権を与えた最初の発言として革命的であったといえる。しかし,発句(ほつく)は縁語や懸詞などによる〈見立て〉が中心をなし,滑稽感に乏しい。また連句(れんく)は,ことばからことばへの連想をたどる〈親句(しんく)〉が主で,句境転化・飛躍は多く〈取成付(とりなしづけ)〉によったため,句意の断絶するきらいがあった。ただ貞門末期には〈心付(こころづけ)〉が重んじられ,《紅梅千句》に一つの詩的達成を見いだすことができるが,それも連歌への近接によるところが大きかった。

 1660年代になると,日々に増大する日常通俗言語の俳諧への流入にじゅうぶん対応することができなくなり,貞門内部にひそんでいた異端の分子が,新時代の要請にこたえる形で台頭し,新たな一派を形成してゆく。里村南家で重頼とともに学んだ宗因を盟主とする談林派がそれで,北家の系列下にあった貞門俳人と確執・抗争を繰り返しつつ,一世を風靡するに至るのである。
談林俳諧
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山川 日本史小辞典 改訂新版 「貞門俳諧」の解説

貞門俳諧
ていもんはいかい

貞徳(ていとく)を中心とする俳諧流派,また同時代の俳諧を包括した呼称。寛永初年~延宝頃までの約半世紀がおもな活動期だが,その伝統は天保頃まで及ぶ。貞徳は連歌の従属物にすぎなかった俳諧を,文芸の一様式として独立させた。また俳諧を俳言(はいごん)で作る連歌と定義し,連歌の式目を平易にした俳諧の式目を整えて全国的に普及させた。詠句は縁語や掛詞を多用,故事や古典にもとづく言語遊戯を特徴とし,文学を庶民の身近なものとした。しかし知的な言語遊戯は類型化しやすく,談林俳諧の台頭を許した。

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世界大百科事典(旧版)内の貞門俳諧の言及

【紅梅千句】より

…書名は巻頭の貞徳発句〈紅梅やかの銀公のからころも〉による。本書は貞門俳諧の到達した一頂点を示す代表的連句作品で,よく流布して版を重ねたが,談林からは,連歌への接近が指摘され,俳諧性が薄いと非難された。【乾 裕幸】。…

※「貞門俳諧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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