語意学習(読み)ごいがくしゅう(英語表記)word learning

最新 心理学事典 「語意学習」の解説

ごいがくしゅう
語意学習
word learning

語意学習とは,推論による語意wordすなわち語の意味の学習である。

【語の意味の学習】 おとなは膨大な語彙をもち,一つひとつの語についてその意味と運用規則を知っている。子どもは短い時間で非常に速い速度でことばとその意味を覚えていく。ことばを話し始める2歳前後から6歳の間に,平均して1日6語,多い時期には10語も新しいことばを覚えることがある。そして,おとなが外国語を学ぶ場合と異なり,子どもはおとながとくに一つひとつ単語の意味(定義)を教えなくても,日常生活の中で自分で推論することにより,自然にそれらの意味を学習し,覚えてしまう。しかし,後述するように,知識が乏しい子どもが,事例の観察からどのように意味を推論できるのかという問題は非常に深いパラドックスに満ちたものとされ,発達心理学における中心的なテーマとなっている。

【語意学習のパラドックス】 子どものことばの学習は,非常にパラドクシカルである。これはおとなが外国語の単語の学習をするときと比較するとわかりやすい。おとなは未知の単語の意味を知りたいとき,辞書を引くことができる。辞書には当該の単語の意味が母語で説明してある。たとえば日本人が「rabbit」という英単語がどのような意味なのかを知りたければ英和辞典を引き,「ウサギ」という定義を見れば,直ちに「rabbit」の意味を知ることができる。おとなは「ウサギ」が何を意味するかはすでに知っており,後はその概念に英語でラベル(名前)を対応させるだけでよいのである。しかし,子どもは未知のことばの意味を学習するときに,そのことばが指示する概念(内包intension)をもっていない。つまり子どもはおとなの外国語学習と異なり,すでに存在する概念にラベルを貼り付けていくのではなく,単語の指示する概念自体を学習しなければならない。

 ここで問題なのは,単語の意味,すなわち内包は一事例,あるいは少数の事例からの帰納では不可能であるということである。たとえば,ニンジンを食べているウサギを見ているときに,母親が「ウサギさんよ」と言うのを聞いた場合,状況の手がかりから考えられる可能性がほぼ無限に存在するからで,状況の手がかりのみから「ウサギ」の意味を正しく推論することは論理的には不可能である。たとえば,観察から得られる手がかりでは,「ウサギ」という語はニンジンを食べている目の前のウサギだけでなく,ほかの対象にも使えることがわからないし,「ウサギ」というのはウサギの耳のことではなく,目の前にいる動物全体のことであることもわからない。つまり,内包は非常に多数の指示対象の集合(外延extension)から共通性を抽出しなければ学習できないはずである。しかし,外延は本来,内包なしでは決められないはずなので,なぜ子どもが語意を自分で推論し,学習できるのかというのは深いパラドックスを含む問題である(「意味論」の項を参照)。

【語意推論のための制約】 前述の語意学習のパラドックスにもかかわらず,子どもは多くの場合,初めて聞いたことばの意味を推論し,他の対象に自発的にそのことばを用いている。これを即時マッピングfast-mappingという。このことを説明するためには,語意推論がなんらかの形で制約constrainされている,と考えるしかない。多くの研究者は,この語意推論を制約する知識のことを語意学習バイアスword learning biases とよんでいる。しかし,語意学習バイアスは,それだけでは多くの種類の語に対して十分な制約を与えることができず,バイアスを制御する他の知識と併用されなければならない。その意味で今井むつみと針生悦子(2007)は,語意学習を制御するのは語意学習バイアスだけではなく,ことばに関して話者がさまざまなレベルでさまざまな種類の語に対して暗黙裡にもつ抽象的な知識であるとしている。

 以下,名詞語意推論の制約について,子どもがどのような知識情報を用いて行なっているかを述べる。

【社会的手がかりによる制約】 子どもがある状況の中で発せられた未知のことばの意味を推論するためにまずしなければならないことは,その状況に存在するさまざまな事物の中からそのことばの指示対象を同定することである。子どもはどのようにこのプロセスを行なっているのであろうか。まず,子どもは話者の意図に驚くほど敏感であり,発話に伴う「指差し」や「話者の目線」などの非言語的な手がかりを有効に活用して,語を対応づけるべき対象はどれであるかを特定することができる。生後18ヵ月の子どもが新しいおもちゃで夢中になって遊んでいるときに,別の方を向いて「Oh,that's a fendle!」と言い,その後,子どもに「fendle」は何かと尋ねる。すると子どもは,ことばが発せられていたときに自分が見ていたおもちゃではなく,話者が見ていた方にあった事物が「fendle」であると推論することができる。また,2歳児に「Let's find the toma.」(「toma」は新奇な語)と言い,話者がその直後にバケツの中をのぞき込み(しかもこのとき子どもにはバケツの中身が見えない),がっかりした顔で頭を振ってみせると,その顔の表情とジェスチャーで,そのバケツの中身は「toma」でないということがわかる。このように,ことばを話し始めたばかりの2歳の子どもでも,話者の目線,表情,ジェスチャーなどがことばの指示対象の同定に有用な手がかりであることを知り,それを利用しているのである。

 目線や表情などは,指示対象がどこにあるのかについての手がかりにはなる。しかし,先にも述べたように,発せられたことばが対象全体なのか,対象の部分なのか,色なのか,材質なのかという問題は,これらの社会的手がかりだけでは解決できない。むしろ特記しなければならないのは,ことばが発せられた状況下でその指示対象を見つけるということが,当該のことばを「学習」するうえで,やっと問題の半分をクリアしたにすぎないということである。そのことばがその状況で見なかった他のどの対象に適用でき,どの対象には適用できないかの判断,つまり般用generalizationを正しく行なうことができなければ,ことばを「ほんとうに学習した」とはいえないのである。

【語意学習バイアスによる制約】 では,具体的にどのようなバイアスを子どもはもっているのだろうか。このようなバイアスとして現在,事物全体バイアス,相互排他性バイアス,事物カテゴリーバイアス,形状類似バイアスなどが指摘されている。子どもは未知の対象にことばが付与されると,とりあえずそのことばは対象全体の名前なのだと想定する。これを事物全体バイアスwhole object biasという。さらに,子どもは新しい名前はすでに名前を知っている事物ではなく,まだ名前を知らない,つまり名前が付いていない事物に対応づけるバイアスをもつ。これは一つの事物に一つの名称というバイアスに起因していると考えられており,相互排他性バイアスmutual exclusivity biasとよばれる。このバイアスは指差しなどのはっきりした社会的手がかりがないときに,ことばの指示対象の同定に役立つ。

 般用に関しては,まず般用をするべきか否かの決定と,何を基準にするのかという問題がある。ことばには,カテゴリーを指示する普通名詞と,特定の個体の名前である固有名詞がある。日本語には,固有名詞と普通名詞を区別する表面的なしるしがないため,ことばを般用するべきかどうかは日本語では曖昧である。しかし日本語母語児は,新奇な事物に未知のことばが付与されるのを聞くと,とりあえずそのことばはその事物が属するカテゴリーの名前だと考える。今井と針生によれば,未知の動物や人工物に「これはネケよ」(「ネケ」は実験のために作ったナンセンス語)というふうに未知のことばが導入されると,2歳児も4歳児も,未知のことば「ネケ」を実験者が直接命名した対象以外にも拡張して用いた。つまり,新奇な事物に付けられた名前は固有名詞ではなく,普通名詞であってカテゴリーを指すと解釈したのである。これを事物カテゴリーバイアスtaxonomic biasという。

 では,子どもは,当該のことばがどのようなカテゴリーを指示すると考えるのか。一般的にカテゴリーは「類似の事物の集まり」と定義される。しかし類似性というのはなかなかやっかいな概念で,色や形,大きさなどさまざまな知覚レベルにおける類似性,それらの知覚次元を複合した全体的類似性,イヌと骨,日常的な連合,連想関係に基づいた類似性,抽象的な構造の類似性などさまざまな基準での類似性が存在し,おとなでもそれぞれの類似性を文脈,状況によって使い分けている(今井,2001)。子どももカテゴリー分類において複数の種類の類似性を用いるが,なかでも連想関係による類似性に基づいたカテゴリーを作ることを非常に好む。たとえば,子どもにバナナの絵を見せ,さらにバナナから連想されやすいサルの絵,バナナと同じ上位カテゴリーに属するイチゴ,バナナと形状が似ている鳥の羽を見せて「これ(バナナ)と同じなのはどっち?」と尋ねると,多くの子どもはサルを選ぶ。しかし,子どもは事物の名前を他の事物に般用する際には,「サルとサルの好きなもの」のような連想関係を基準とはしない。先ほど述べたような,子どもがまだ名前を知らない対象に未知のことば(新奇ラベル)を導入し,子どもがそれをどのような対象に拡張して用いるかを調べると,彼らが新奇ラベルを般用するのは,分類学的に同じイチゴではなく,形状が似ている羽であることがわかった。つまり幼児は,新たなことばが直接導入された対象と,色や大きさ,素材などその他の知覚できる次元が異なっていても形が似たものに,そのことばを拡張していくのである。これは形状類似バイアスshape biasとよばれる。

【語意学習バイアスの適用制御】 語意学習バイアスがあれば,一事例から語意を帰納推論する場合の論理的問題はすべて解決され,ことばの学習は保証されるのだろうか。答えは否である。そもそも前述の諸バイアスは「確率的にこうした方がうまくいく場合が多い」というバイアスであり,絶対的な法則ではない。さらに,これらのバイアスを盲目的に適用すると,限られた種類のことば以外のことばの学習が阻害される場合も考えうる。たとえば相互排他性バイアスは明らかに誤りで,実際には一つの事物に複数名称が付く場合の方が多い。たとえば家で飼われているイヌには固有の名前(たとえば「ポチ」など)が付いているだろうし,また,それは「イヌ」であると同時にイヌの種類の名前(たとえば「チワワ」)にも適用できる。また,「ペット」でもあるし,「動物」でもある。したがってこのバイアスは,ことばの学習の当初,子どもが覚える必要のある語が主にカテゴリーの階層構造において中間に位置する基礎レベルの語であるときには有用であるが,基礎レベル以外の語を学習するためには,その適用を制御されなければならない。

 相互排他性バイアスにしろ,事物カテゴリーバイアスにしろ,形状類似バイアスにしろ,これらの語意学習バイアスとよばれるものは,子どもが学習することばが未知の基礎レベルの物体名に限られる場合はうまく働くようである。しかし,基礎レベルの物体名というのはレキシコン(辞書)の中の一部にすぎない。また,ことばはレキシコンの中で独立に存在するのではなく,他のことばと関係している。ことばの学習とは当該のことばの意味を推論するだけでは不十分で,レキシコンの中に存在するほかのことばとの関係の理解が含まれなければならない。

 たとえば,すでに名前を知っているなじみのある事物に未知のラベルが付与されたとき,その名前をすでに知っている名前とどのように関係づけたらよいのだろうか。新しい名前は既知の名前の別名で,まったく同じカテゴリーを指示するかもしれない。あるいは,既知のカテゴリーを含む上位カテゴリーの名前かもしれないし,既知のカテゴリーに含まれる下位カテゴリーの名前かもしれない。二つのカテゴリーがメンバーの一部のみを共有する場合もある(たとえば「ペット」と「爬虫類」)。つまり,ひとたび基礎レベルの物体名以外の語を含めてことばを学習しようと思ったら,語意学習バイアスがあるだけでは学習は不可能で,語意学習バイアスの適用を制御し,複数のバイアスと語意学習バイアス以外の制約リソースを適宜コーディネートできるようなメカニズムが働かないと,ことばの学習はできない。

【語の文法クラスからの制約】 形状類似バイアスや事物カテゴリーバイアスは,物体の名前の推論をする場合には制約として働くが,物質の名前には適用できない。モノの固有名はそもそもある特定の対象に限定され,見た目がまったく同一の別の対象にも般用できないので,固有名の学習の場合には,形状類似バイアスを適用してはならない。もちろん,属性を指示する形容詞やモノ同士の関係を指示する動詞にも適用できない。つまり,子どもが新奇な語を聞いた場合,その語がどういう種類のことばなのかを見極めることができないと,語意学習バイアスは役に立たない。子どもは,たとえば人が動いているシーンで「ネケっている」と聞いたら,それは語尾の形から動詞だと思うが,「ネケがある」と聞けば名詞だと思う。つまり語の形態情報を,新奇な語がどのような種類の語なのかという判断に用いている。しかし,日本語は英語に比べ,語の文法クラスを区別する形態の手がかりが少ない。たとえば,英語では明示される可算名詞と不可算名詞,普通名詞と固有名詞の形態的区別は日本語ではない。では,この手がかりの少なさのため日本語母語児の語意学習が英語母語児よりも遅れるかというと,そのようなことはない。つまり,語の文法クラスの見きわめは語意推論のために必須であるが,語クラスを表わす文法からの形態的手がかりがないと語クラスの同定ができないわけではなく,以下で述べるように,子どもはどちらかというと知覚的手がかり,概念的な手がかりや状況の手がかりを用いて語の種類を判断しているようである。

【存在論の認識による制約】 物体と物質は「同じ」という基準が異なる。物体は対象全体の同一なものが「同じ」であるが,物質は「全体」という概念がそもそも適用できない。このことは,物体と物質が存在そのものとして異なる性質をもつものであることを意味するので,物体と物質の違いは存在論的違いであるといえる。「ウサギ」「コップ」のように明らかに個別性のある対象を指示することばと,「粘土」「バター」のように個別性をもたない物質を指示することばは,異なった基準で般用されなければならない。前述のように,日本語はこれらが本質的に違う種類のことばであることについて,表面上まったく手がかりを与えない。しかし,日本語母語児は英語母語児と同様,少なくとも2歳の誕生日(生後24ヵ月)までには物体と物質では般用の基準が違うことを理解しており,形状類似バイアスを誤って物質名にも適用するということはない。つまり,子どもは物体と物質の存在論的違い,それに伴うラベルの般用基準の違いを語意学習に先行して理解しており,この存在論的概念の理解が語意学習の制約として働いている。

【ブートストラッピング・プロセスbootstrapping process】 概念は下位レベル,基礎レベル,上位レベルのような階層関係をもつカテゴリーとして整理されている。このカテゴリーとは分類学的カテゴリーであるが,前述のように,分類学的カテゴリーの成員の基準となるのは形状類似性ではなく,帰納やモノに内在する属性の共通性である。5歳後半から6歳くらいになると,子どもは新奇ラベルを形ではなく分類学的な基準で般用できるようになる。しかし,これらの属性の多くは知覚的にはすぐにわからない。2~3歳の子どもは形状に注目し,概念的な類似性を無視した形でラベルの般用をしがちだが,それがどのようにして分類学的基準でのラベル般用に変わっていくのだろうか。

 形状類似バイアスは,子どもが基礎レベルカテゴリーに近似したカテゴリーにラベルを付けていくことを可能にする。すると子どもは,同じ名前をもつモノ同士を比較し,共通性を抽出しようとする。このプロセスによって,同じ名前をもつモノ同士は,見た目が似ているだけでなく,行動特徴や性質,目に見えない属性を共有することに徐々に気づいていき,カテゴリーで大事なのは形状類似性ではなく,内的な属性の方であることという気づきに至る。つまり子どもは,ラベルは○○の基準でほかのモノに一般化できるということを教えられなくても,また抽象的な知識をもたなくても判断できる知覚情報,つまり形状を用いてとりあえず暫定的なラベルの外延カテゴリーを作り,そこから自分で知覚属性を超えた抽象的で本質的なカテゴリーの内包を学習するという自己生成的な学習をしている。これをブートストラッピング・プロセスという。

【動詞の学習】 これまで名詞の語意推論について述べてきたが,文の核となる動詞の語意はどのように学習され,どのように制約されているのだろうか。動詞語意を推論するに当たり,子どもは社会的手がかり,文法の形態的手がかり,文の項構造argument structure(たとえば,項を一つしかもたない自動詞か,二つ以上もつ他動詞か)と意味との対応づけの知識など,さまざまな手がかりを用いることができることが示されている。たとえば,2歳のときにはすでに子どもは他動詞は因果的なイベントを,自動詞は自発的な動きのイベントを指示することを知っている。それにもかかわらず,インプット言語の性質によらず,動詞の語意推論は名詞のそれよりもかなり遅れる。動詞は名詞を変数とし,名詞の間の関係を表わすので,必然的に動詞の意味は名詞よりも抽象的である。しかもモノと違い,動詞が指示する動作は時間的な恒常性をもたず,時間軸に沿って動作はダイナミックに変化していくし,アクションシーンのどこが当該の動詞の対象の動作の最初で,どこが最後かも明確ではない。このような動詞の意味的性質により,動詞の学習は幼児にとって名詞の学習よりも困難である。今井たちは,英語,中国語,日本語など異なる言語で共通して3歳児は新奇動詞の般用が非常に困難であることを示した(Imai,M.,Haryu,E.,& Okada,H.,2005)。これは多分に動詞語意の本質であるモノ同士の関係だけに注目し,項であるモノと切り離して関係だけを基準として動詞を般用することが困難だからである。しかし,名詞の場合のように急速ではなく,緩慢にではあるが,幼児は動詞の語意にとって名詞が変数であるにすぎないことを理解していき,5歳くらいになると,動詞の項であるモノ(動作主,動作対象)が変わっても同じ動作に動詞を拡張できるようになる。

【語意の再編成】 これまで述べてきたさまざまな制約やバイアスは,子どもが言語獲得の最初期においてどのようにして単語の参照対象を即時に絞り込むのかを説明するためのものであった。しかし,当然ながら子どもの語意学習は,この絞り込みができればそれで十分というわけではない。多くの場合,言語獲得初期の子どもの語意理解は,おとなの母語話者のそれとは大きく異なるものである。先に動詞の学習の所で述べたように,名詞以外の品詞では,そもそも最初の般用基準の切り出し自体がうまくいかない場合も多い。つまり,先に触れたように制約やバイアスが可能にするのは限られたタイプの語の参照対象や般用基準に対する大まかな絞り込みであり,その後,子どもが自らの語意知識をおとなの語意知識へと成長させていくためには,多様な場面で語の運用に触れる経験から語意を精緻化していく語意の再編成過程が重要である。

 子どもは1歳後半にもなると語彙爆発(語彙のスパート)vocabulary spurtの時期を迎え,急激に語彙数が増える。また,自発的な語の産出も盛んになり,過剰/過小般用なども頻繁に見られる。この段階において,子どもが膨大な数の語を適切に運用できるようになるためには,単に語が自身の知覚経験のどの部分と結びつくかというマッピングのレベルを超えて,膨大な既知語同士の言語的な意味関係semantic relationがどのように成立しているのかを理解しなければならない。そもそも動詞のように抽象的な関係を指示する語は,言語的な意味関係を理解しない限り語意を適切に理解できないのである。また,どのような語でもひとたび運用上での適切な使い分けを考慮に入れた場合,同じような意味をもつ類語との含意connotationを含めた意味の違いを理解することが必要となる。実際の語のもつ意味は多くの場合,排他的というよりは互いに重なり合っているが,完全に重なることはなく,成人母語話者は細かい点で運用上使い分けている(「意味論」の項を参照)。たとえば,子どもは当初「おわん」と「ちゃわん」などの語を知ってはいても,それらが当該言語において,どのように区別されているのかを理解しないと適切に運用することはできない。この言語的な知識の精緻化は,子どもにとっては非常に難しい。実際に,「容器」に関するさまざまな名詞や,「モノを持つ」動作を表わすさまざまな動詞といったような,おとなから見れば基本的な語同士の意味関係であっても,その意味知識の習熟には就学期以降までの長い時間を要することがわかってきている。

 語意学習の全体像を適切にとらえるためには,制約によって成立する即時マッピングと,意味の再編成のように時間をかけて習熟していくタイプの語意学習の両者の側からのアプローチが必要である。 →意味論 →言語教育 →言語発達
〔今井 むつみ・佐治 伸郎〕

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