訴訟
そしょう
社会生活上、発生した紛争や利害の対立を、国家権力によって法律的に解決調整するために、対立する利害関係人を訴訟当事者として、その主張を聞き、審理裁判する手続を一般的に訴訟という。法は本質的に強制の契機を含んでいるが、この強制を法規範的な力として、法の実効性を担保する制度が訴訟である。訴訟は、われわれが法律生活を営むについて欠くことのできない制度であり、現代の法治国家においては、司法権の国家独占によって、国家がそれを司宰・営為している。しかし国家成立以前の古代社会にも、団体的統制の一型態として長老裁判のようなものがあった。これは訴訟制度の萌芽(ほうが)とみるべきものといわれている。
いずれにしろ訴訟制度は、国家機構の発達に伴って整備され、その内容を充実して、現在のような組織体系をもつに至ったものである。近代法治国家における訴訟は一般に要件事実を認定し、それに法律を適用して行われている。訴訟の内容と形式は、時代によって変遷している。しかし訴訟を締めくくるものはつねに裁判である。訴訟となるには、まず裁判により解決せられるべき事件がある。そして裁判する者と裁判される者とが対立し、裁判する者が権威を背景として、その事件に対する法的判断を与えるのである。それが裁判であって、その裁判に至るまでの過程が訴訟である。
つまり、訴訟は、それに関与する判断機関と両当事者の段階的な訴訟行為の連続によって、裁判に至るまで進行する手続の形式をとっている。その手続が法によって規律されているから法律的手続であり、訴訟法は、主としてそのための法規である。
現在、すべての訴訟は、民事訴訟ばかりでなく刑事訴訟も行政訴訟も、形式的には原告と被告との対立する二当事者主義の構造をとっている。しかしローマ法にさかのぼる二当事者主義訴訟が本来の姿で行われているのは、民事訴訟と私人訴追主義による刑事訴訟とに限られ、日本やドイツにおけるような国家訴追主義による刑事訴訟には糾問主義が、また行政訴訟には監督主義がその背景となっていて、二当事者主義の訴訟構造は、いわば借り衣装であるということができるであろう。
なお、民事訴訟は当事者の私法上の権利保護を第一義的目的として、その主体性を当事者に置く制度として発達し、刑事訴訟は法秩序維持のため犯罪に対し刑罰を科することを目的として、国家に主体性のある制度となっている。行政訴訟は近代法治国家機構のもとに発生・発達した比較的新しい制度であって、当事者の権利保護という点では民事訴訟と同じであるが、その保護の対象は公法上の権利関係であって、本来の民事訴訟とは、その制度の目的や性格は異なっている。
[内田武吉]
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訴訟
そしょう
procedure; Prozeß
裁判によって,私人間あるいは国家と国民間の紛争,利害の衝突を法律的に解決調整するために,当事者を関与させて審判する手続をいう。審判の対象となる紛争,事件の性質によって,民事訴訟,刑事訴訟,行政訴訟などの区別がある。 (1) 訴訟の開始 民事訴訟,行政訴訟は訴えの提起により (民事訴訟法) ,刑事訴訟は公訴の提起により (刑事訴訟法) 始まる。 (2) 訴訟の終了 民事訴訟手続は終局判決の確定,訴えの取下げ,擬制的訴えの取下げ,請求の放棄および認諾,訴訟上の和解などの原因によって終了する。さらに対立当事者の地位の混同,当事者が死亡しまたは当事者適格を失い,しかも訴訟を承継すべき者がない場合でも終了する。 (3) 訴訟の承継 民事訴訟係属中に訴訟の目的である権利関係について訴訟を追行する適格に変動があった場合に (当事者の死亡,権利の譲渡,債務の引き受け) ,新適格者が旧適格者の当事者としての地位を引き継ぐ。承継の種類としては,当然承継,参加承継,引受承継などがある。 (4) 訴訟上の救助 勝訴の見込みがないわけではないが,訴訟費用を支払う資力がない者に対して裁判費用の支払いを猶予し訴訟費用の担保を免除する。訴訟費用のなかに弁護士費用が含まれず,しかも単なる支払いの猶予であって,資金貸与などは考えられていないため,不十分な制度と評価されている。 (5) 訴訟上の請求 民事訴訟において,原告の被告に対する一定の法律的主張とそれに基づく裁判所に対する特定の判決の請求をいう。単に請求ともいい,その対象となる権利関係自体は訴訟物と呼ばれる。 (6) 訴訟上の担保 民事訴訟手続を利用して自己に有利な結果を得ようとする者に対して,将来相手方に対して負担する可能性のある費用償還義務,損害賠償義務を担保するためにあらかじめ課せられる担保。
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そ‐しょう【訴訟】
〘名〙
① うったえること。公の場に訴え出て裁決を願うこと。うったえ。公事(くじ)。
※十七箇条憲法(604)「五日〈略〉明辨二訴訟一。其百姓之訟」
※平家(13C前)一「後日の訴訟を存知して、木刀を帯しける用意のほどこそ神妙なれ」
② 要求、不平、願いなどを人に伝えること。嘆願すること。うったえ。
※米沢本沙石集(1283)七「訴訟可レ申事候て、一門列参仕れり」
※浮世草子・世間娘容気(1717)一「思ひ切て亭主に訴詔(ソセウ)し、笄曲の髪を切て、二つ折に髩(つと)出して」
③ 詫びて、とりなすこと。
※咄本・楽牽頭(1772)三人兄弟「もふ親父どのに知れても、そせうはせぬ」
④ 裁判によって法律関係を確定し対立する当事者間の紛争を解決したり、刑罰権を実現したりするため、事実の認定ならびに法律的判断を裁判所に対して求める手続き。民事訴訟、刑事訴訟などに分けられる。〔
哲学字彙(1881)〕
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訴訟【そしょう】
裁判権に基づいて紛争や利害の衝突を法律的・強制的に解決する制度ないし手続だが,特に,対立する利害関係人を当事者として関与させて行う手続をいう。対象とする事件の性質により,民事訴訟・刑事訴訟・行政訴訟の別がある。訴訟は,裁判所,当事者などの行為の連鎖である点で手続の形をとるが,訴訟制度の理想実現のために,この手続は,訴訟法によって規律される。→仲裁/調停/非訟事件
→関連項目クラス・アクション
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デジタル大辞泉
「訴訟」の意味・読み・例文・類語
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そしょう【訴訟】
社会に生じる利害の衝突を公正に処理するために,裁判所が,対立する利害関係者を当事者として審理に関与させ,双方に対し,その言い分を述べ,証拠を出す機会を平等に与えて主張・立証を尽くさせ,これらを公正に判断して判決を下す手続をいう。しかも,近代国家においては,その判断の基準も手続の進め方も法律によって規律されているものである。裁判と同義に用いられることが多い(裁判)。
[訴訟の種類とそれぞれの特色]
現在は,訴訟といわれるものには,民事訴訟,刑事訴訟,行政訴訟の3種類がある。
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世界大百科事典内の訴訟の言及
【公事師】より
…江戸時代,出入師・公事買などとも呼ばれた非合法の訴訟代理業者。訴訟当事者の依頼を受けて訴訟技術を教示し,書面の代書を行い,内済(ないさい)(和解)の斡旋をするほか,当事者の親族・奉公人あるいは町村役人などを偽称して出廷し,訴訟行為の代理ないし補佐を行って礼金を得,また古い借金証文や売掛帳面などを買い取り,相手方が訴訟による失費や手間をいとい内済すると見通して出訴するなど,裁判・訴訟に関する知識や技術を利用したさまざまな行為を稼業とした。…
【裁判】より
…したがって,かつての軍法会議のように,国民の特定の一部や特定の事件を特別の機関が裁くということは認められない。すべての国民には,国家とその機関に対する苦情を含めて,すべての法的争訟を正規の裁判所に訴え,原則として公開の裁判を受ける権利が保障され(〈裁判を受ける権利〉〈訴訟〉の項参照),高度の専門的訓練を受けた弁護士の助力を受けることができる(刑事事件では被告人は国費で弁護士を依頼する権利をも与えられている。国選弁護)。…
【仲裁】より
…争いの当事者双方が,争いの解決を第三者にゆだね,それに基づいてなされた第三者の判断が当事者を拘束することにより紛争の解決に至る制度。仲裁は当事者の合意により紛争が解決される調停,当事者の一方の申立てに基づき,国内のまたは国際的な裁判所が強制的に紛争を解決する訴訟とは異なる(国際法上の仲裁裁判については〈国際裁判〉の項参照)。
[民事上の仲裁]
民事上の仲裁には,〈公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律〉の定めるもののほか,制定法上のものとして公害紛争処理法(1970公布)および建設業法(1949公布)によるものがあるが,ここでは前者のみ説明する。…
【中世法】より
…しかし公家法では,検非違使庁(けびいしちよう)で法の解釈・運用に当たった明法(みようぼう)家によって贖銅法が多用されるようになったほか,本所法・武家法において財産とくに所領(しよりよう)没収の刑が広く行われるようになり,ここに没収刑は追放刑と並んで,中世の刑罰体系の中心に位置づけられたのであった。 第3に私権保護のための訴訟法の発達がある。王朝・幕府の分立,統治権の部分的委譲を得た多数の本所の存在,このような権力状況と対応して,公家法・幕府法・本所法が並存し,それぞれ固有の法圏をもち,法廷を用意したことが,競合と相互刺激による訴訟法の発達を促したことは否むべくもないけれども,やはりその根底には私権保護,むしろ私権の所有者がみずから私権を護るという私権防衛の思想があったことを重視しなければならない。…
【庭中】より
…庭の意から転じて法廷,さらに特定の手続または内容の訴訟をいう。鎌倉末・南北朝期,朝廷の記録所や院の文殿(ふどの)に庭中と呼ぶ訴訟手続があり,暦応雑訴法の規定では,手続の過誤の救済を求めるものと思われる。…
※「訴訟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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