記録
きろく
広い意味では、物事を書き記したものはすべて記録といえるが、とくに日本史の文献史料に限定すれば、不特定多数の読者をあらかじめ想定している著作物・編纂物(へんさんぶつ)や、相手に意志を伝達するために書く文書(もんじょ)に対して、個人もしくは特定の機関が備忘のために書くものを記録と称する。その中心となるのは、日々のできごとを毎日記してゆく日記、すなわち日次記(ひなみき)であるが、特別な行事の際に、日次記のほかに行事の次第を別に詳しく記録した別記、さらには日次記・別記をもとに、その記載内容を事項別に分類・編集した部類記も記録のなかに含まれる。すなわち記録とは、狭い意味では日記と同義に用いられる語である。日記は、公的な日記と私日記に大別できる。公的な日記としては、『養老令(ようろうりょう)』の職員(しきいん)令に、中務(なかつかさ)省の内記が「御所記録」をつかさどると規定されているのをはじめ、太政官(だいじょうかん)の外記(げき)が記録する外記日記、当番の蔵人(くろうど)が職掌として書きとどめる殿上(てんじょう)日記などが古くより知られるが、そのほか江戸時代に至るまで、『御湯殿上(おゆどののうえ)日記』『禁裏番衆所(きんりばんしゅうじょ)日記』『禁裏執次詰所(きんりとりつぎつめしょ)日記』『院中番衆所日記』『仙洞(せんとう)御所詰所日記』『議奏日次案』など多くの公的な日記が現れた。一方、私日記は、『日本書紀』斉明(さいめい)紀などに引かれ、遣唐使の往還に関して記録した『伊吉連博徳書(いきのむらじはかとこのふみ)』『難波吉士男人(なにわのきしおひと)書』、また『釈日本紀』所引の、壬申(じんしん)の乱に関する日記である『安斗智徳(あとのちとこ)日記』『調連淡海(つきのむらじおうみ)日記』『和邇部臣君手(わにべのおみきみて)記』などが現在知られるもっとも古いものであり、また奈良時代には746年(天平18)の具注暦(ぐちゅうれき)に書き込まれた日記が正倉院文書のなかに伝わっているが、とくに10世紀以後、宮廷の儀式の作法がしだいに形成されるに伴い、それら儀礼を子孫に伝える必要上、公家(くげ)の私日記が数多く書かれるようになった。また儀式典礼の典拠とするために先人の日記を書写し、所持しておくことは公家の重要な任務の一つとされたから、必然的に多数の日記の写本がつくられ、あるいは儀式ごとに日記の記事を分類して編集した部類記、日記中の必要な記事を抜き出した抄出本も作成された。今日まで多くの日記が写本や抄出本などの形で伝来しえたのは、公家社会において日記が担ったこのような意義に負うところが少なくない。私日記の記載内容は、記主の身分や地位によって異なるものの、日記を書く目的は多かれ少なかれ朝廷の儀式作法を正確に記録して将来に備えるところにあったから、公家社会や宮廷に関する歴史的事実を的確に把握するためには、日記はもっとも重要な文献史料となる。古代・中世の日記は『史料大成』『大日本古記録』『史料纂集』などに収められて、かなり多くのものが刊行されているが、江戸時代の膨大な数に上る日記はほとんど未刊の状態である。
[吉岡眞之]
『玉井幸助著『日記文学概説』(1982・国書刊行会)』▽『田山信郎著『記録』(『岩波講座 日本歴史17』所収・1935・岩波書店)』▽『高橋隆三著『史籍解題』(1938・雄山閣・大日本史講座)』▽『高橋隆三先生喜寿記念論集刊行会編『古記録の研究』(1970・続群書類従完成会)』▽『橋本義彦著『平安貴族社会の研究』(1976・吉川弘文館)』▽『『文化財講座 日本の美術16 古文書』(1979・第一法規出版)』
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記録
きろく
すべて物事を,のちに伝えるために文字により,もしくは音声,映像その他の手段により記録すること,また記録したもの。特殊な用例としては,日本歴史の専門語として,古文書に対置される古記録,略して記録と呼ぶものがあり,また,スポーツの専門語として,さまざまの競技の公式記録の最高位の成績を記録と呼び,これを破ることが常に努力の目標となっている。また,文学上,記録文学といえば,事実の報告を本領とするルポルタージュ文学 (→ルポルタージュ ) を意味し,これに準じた記録映画 (→ドキュメンタリー映画 ) という用例もある。日本歴史の専門語としての古記録は,歴史上の人物や組織が,後日の参考のために書き残した日記やその抜書きである部類記のことをさし,日記の現存する最古のものは,平安時代の摂政であった藤原道長の『御堂関白記』である。古記録の重要なものは,従来『史料大成』『史籍集覧』などの叢書に収められ刊行されたが,さらに近年の『大日本古記録』『史料纂集』が古記録の校訂本として著名である。古記録の筆者によく用いられた略字 (菩薩を 艹艹,醍醐を酉酉と書くなど) を記録書きという。なお近代では,記録と文書の概念上の混用がみられ,文書課の保存資料を記録と呼ぶこともある。
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き‐ろく【記録】
〘名〙
① のちのちまで残す必要のある事柄を書きしるしたり、映像や
録音で残したりすること。また、その書きしるしたり、録音・録画したりしたもの。特に史料としての日記や書類など。
ドキュメント。
※中右記‐寛治八年(1094)正月七日「去康平元年正月七日、右大臣内大臣被レ叙二従一位一、然而有レ障無二参仕一、其前又久絶云々、今日有二此儀一、依レ為二珍事一、大概記録」
※史記抄(1477)二〇「玉海なんどにも其時の書籍を記録したぞ」 〔後漢書‐班彪伝〕
② 競技などの成績・結果。特にその最もすぐれているもの。また、その成績をとること。レコード。
※読書放浪(1933)〈内田魯庵〉
モダーンを語る「長時間ダンス競争があって、二十四日五百七十二時間を踊抜いて紐育の記録を破ったさうだ」
③ ある結果や数量にいたること。「歴史的
猛暑を記録」
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デジタル大辞泉
「記録」の意味・読み・例文・類語
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記録
情報を記号や形象として何らかの物質に固定する行為,もしくはその行為による産物.記号や形象は,物質の磁気状態,光の透過や反射の度合い,形状などによって表現される.記録を長期間保存し活用するためには,変形や変質がしにくく,搬送や複製が容易な物質であることが求められる.
出典 図書館情報学用語辞典 第4版図書館情報学用語辞典 第5版について 情報
きろく【記録】
日本の文献史料の一分野を指す用語。著作物である典籍や,おのれの意思・用件などを相手に伝える目的で書かれたものを文書(もんじよ)とよぶのに対し,原則として自己(近親者あるいは所属の機関なども含む)の備忘のため書きとめたものを記録といい,主として日記類がこれに該当する。この意味の〈記録〉の語の用例は,すでに8世紀の養老職員令の内記の職掌について,〈御所記録〉のことをつかさどるべしと見え,のちの内記日記につながるものと思われるが,諸家の日記を指して〈記録〉と明記した例には,《花園院宸記》の記事がある。
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普及版 字通
「記録」の読み・字形・画数・意味
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
世界大百科事典内の記録の言及
【文書館】より
…中央の政府諸官庁,地方自治体などの公的機関,宗教団体,大学,研究所などの教育・研究機関,私企業その他諸個人が,日々の業務執行上必要とされる文書・記録を保管する場所。これらの文書・記録は〈保管文書archives〉と呼ばれ,手書き,タイプ印字,活版印刷のもの,さらにそれに付属する付図や印章なども含まれる。…
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