記紀歌謡(読み)ききかよう

精選版 日本国語大辞典 「記紀歌謡」の意味・読み・例文・類語

きき‐かよう ‥カエウ【記紀歌謡】

古事記」「日本書紀」に記載されている歌謡。詞章は一字一音の仮名で表記されている。なお、「古事記‐下」、また「日本書紀‐顕宗即位前紀」に記載されている袁祁(おけ)王(のちの顕宗天皇)の名のりの詞章は音訓交用形式で表記されており、編者意識では歌謡と区別されていたと考えられる。「万葉集」記載の定型固定以前の歌謡から記紀成立当時の創作歌までを含む。

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デジタル大辞泉 「記紀歌謡」の意味・読み・例文・類語

きき‐かよう〔‐カエウ〕【記紀歌謡】

古事記日本書紀に記載されている歌謡。重複分を除くと約190首で、上代人の日常生活全般を素材とし、明るく素朴で民謡的要素が強い。歌体は片歌かたうたから長歌までさまざまだが、定型・五七調はまだ成立していない。

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改訂新版 世界大百科事典 「記紀歌謡」の意味・わかりやすい解説

記紀歌謡 (ききかよう)

〈記紀〉つまり《古事記》《日本書紀》の2書に収められた歌謡を〈記紀歌謡〉と呼ぶ。《万葉集》の時代(7~8世紀)およびそれ以前の,日本の最も古い歌の姿を示すものである。歌の数は《古事記》に112首,《日本書紀》に128首見られるが,ほぼ同一の歌で記紀の双方に出てくるもの40~50首を含むので,約200首前後が記紀歌謡の実数としてよい。記紀の叙述は神話,伝説にはじまって7~8世紀の時期に及んでおり,その各所に歌謡が含まれるが,7~8世紀のものを除く大部分は叙述された時代の所産とはなしがたい。記紀の編纂期になんらかの由緒を伴いつつ伝承されていた歌が収録されたものであろう。ただ歌の形式・内容ともに《万葉集》のそれよりも古態を保ち,集団歌謡の特性が多くの歌に認められる。

歌謡は実際にうたわれるものであるためその言葉(歌詞)は音楽(旋律)と不可分の関係をもつが,記紀歌謡の場合,さらに人間の所作(舞踊)が結びついていた形跡が著しい。たとえば《古事記》の〈八千矛(やちほこ)の神の歌〉の冒頭部をあげると,〈八千矛の 神の命(みこと)は 八島国(やしまくに) 妻枕(ま)きかねて 遠々(とおどお)し 高志(こし)の国に 賢(さか)し女(め)を 有りと聞かして 麗(くわ)し女を 有りと聞こして さ婚(よば)ひに 在(あり)立たし……〉のように,歌詞が2句ずつ正確に切れている様がうかがえる。この歌は1首が約40句20行にわたる長さを持ち,そうした歌が4首,八千矛の神と沼河日売(ぬなかわひめ)および妻,須勢理毘売(すせりびめ)との掛合いの形で構成されている。すなわち演者がこれらの人物に扮し舞いつつうたったものと思われ,2句切れの詞型は舞踊の足どりにもとづくと見られる。また言葉も身体行動に即して具体的である。

 記紀歌謡の形式はこの〈八千矛の神の歌〉のような数十句にわたる長大なものから1首が3句のみの歌(片歌(かたうた))にいたるまで,長短さまざまな態様を示している。その中でもっとも多いのは,5句からなる短歌形式で総数の約5分の2に達しており,これが古代日本の基本的詩型であったことを示す。しかし他の大部分の歌よりすれば記紀歌謡の場合,定型に固定する以前の自由な形式が保たれていたとみなされる。同じ短歌形式でもここでは,〈八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を〉のような繰り返しを多く含む謡いものの特徴が顕著である。

 記紀の本文には歌謡の前後に特定の歌曲名を記す場合が少なくない。おそらく宮廷において同一の歌が繰り返し誦詠されたことから生じたものであろうか,多様な命名の仕方によっている。たとえば歌の内容・歌詞にもとづくものに〈神語(かむがたり)〉(上記の〈八千矛の神の歌〉),〈思国歌(くにしのびうた)〉〈夷振(ひなぶり)〉〈宮人振(みやびとぶり)〉〈天田振あまだぶり)〉,歌唱者(集団)にもとづくものに〈久米(くめ)歌〉〈天語(あまがたり)歌〉,歌唱法にもとづくものに〈志都(しず)歌(静歌)〉〈志良宜(しらげ)歌(尻上げ歌)〉,歌の場にもとづくものに〈盞(うき)歌〉〈寿(ほぎ)歌〉〈酒楽(さかくら)の歌〉〈童謡(わざうた)〉などがあげられる。

記紀歌謡の大半は7~8世紀の宮廷のしかるべき機会に誦詠されたもので,個々の歌にはそれ相当の由緒・縁起が伴われていた。たとえば上記の〈八千矛の神の歌〉(神語)は大嘗(だいじよう)祭,新嘗(にいなめ)祭の〈豊明(とよのあかり)〉(無礼講的宴)で演じられたが,その多分に性的で滑稽な表現が宴の歓楽に即しているとともに,男女の神による〈烏滸(おこ)〉のしぐさにはまた多産・豊饒をもたらす魔術的意義が含まれていたであろう。こうした性愛にかかわる歌が少なからず見えるのも同じ理由にもとづく。大嘗祭を場として歌われたものにはなお久米歌,酒楽の歌,天語歌等があって,久米歌には戦闘歌の面影がある。いずれも久米部(戦士団)等の特定集団により行われ,その集団と宮廷との伝統的結びつきを確認しつつ宴の興趣を高めたものらしい。また《古事記》のヤマトタケル物語に出てくる一連の葬歌は,〈今もなお天子の大葬に用いられる〉と注されるが,どの歌も死者をいたむ〈慟哭〉をあらわしており,《万葉集》の〈挽歌〉の源流をなすものである。

 なお記紀歌謡中には,〈国見(くにみ)〉の歌,〈歌垣(うたがき)〉の歌等があり,これらは《万葉集》の叙景歌,相聞歌の先蹤(せんしよう)といえる。さらに地方歌謡も若干みられ,これらは諸国の歌舞が宮廷に貢上されたものの一部であろう。また別に〈童謡〉という巷間の流行歌も《日本書紀》に収録されている。

 記紀の歌謡はすべて一定の物語の中に見られる。歌謡と地の文とのあり方に照らすと,個々の歌の持つ由来の重さが物語の核となっている様がうかがえる。とりわけ《古事記》の説話は〈歌謡物語〉というべきで,聖なる宮廷の本縁が歌を軸として語られている。もっとも宮廷の歌と地方歌謡,童謡とは質的にほとんど差がなく,そこにこの時期の歌の集団的・社会的性格があらわれており,歌の作者も特定の個人に帰属する例は非常にすくない。
歌謡
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百科事典マイペディア 「記紀歌謡」の意味・わかりやすい解説

記紀歌謡【ききかよう】

古事記》《日本書紀》所載の歌謡の総称。重複を除いて約200首。万葉時代およびそれ以前の日本の歌の最も古い姿をとどめる。記紀では多く物語・説話と結びついているが,もとはなんらかの由緒をともないつつ独立して伝承されていた歌が,記紀の編纂(へんさん)者によって物語にとりこまれたものだろう。恋愛,戦闘,狩猟,祭祀など古代人の生活全般が明るく素朴にうたわれている。個人の創作というより民衆共同の作であり,集団歌謡の性格が強い。形は片歌短歌旋頭歌(せどうか),長歌などに当たるものが多いが,定型に固定する以前の段階を示す。日本文学の源流として注目され,また一字一音の万葉仮名で記されているため,古代の音韻,語法,単語を知るうえで国語学研究上の価値も高い。
→関連項目琴歌譜和歌

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「記紀歌謡」の意味・わかりやすい解説

記紀歌謡
ききかよう

古事記』および『日本書紀』所収の歌謡の総称。『古事記』に 112首 (一説に 113首) ,『日本書紀』に 128首あるが,多少詞句を変えながらも重複するものがあり,実数は約 200首。所収文献の伝説などに合せてつくられたもの,個人の抒情詩としてつくられたものも少くないが,中心をなすものは,実際に歌われ,ある場所に関して奉仕的機能をもつ歌謡であったとみられる。国見,国ぼめ,歌垣関係の歌謡をはじめ,大嘗会 (だいじょうえ) の歌謡,酒宴歌謡,家 (宮) ぼめの歌謡など,儀礼,ことに宮廷儀礼に関係をもつものが多い。歌体の点では,長歌,短歌,旋頭歌,片歌があるが,長歌にはいわゆる定型長歌になっていないものが多く,この点でも『万葉集』以前の段階を示している。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「記紀歌謡」の意味・わかりやすい解説

記紀歌謡
ききかよう

古代歌謡

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