解剖図(読み)かいぼうず

精選版 日本国語大辞典 「解剖図」の意味・読み・例文・類語

かいぼう‐ず ‥ヅ【解剖図】

〘名〙 生物のからだの内部構造を克明に絵に描いたもの。
丸善三越(1920)〈寺田寅彦〉「臓腑の解剖図の様な気味の悪い色の配合

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改訂新版 世界大百科事典 「解剖図」の意味・わかりやすい解説

解剖図 (かいぼうず)

生物体の内・外部の構造を記録,あるいは解説するために表された図をいう。そのうち特に人体解剖図は単なる医学的挿図ではなかった。その歴史は,人間観とその一表現の変遷史でもあった。たとえば古代中国における陰陽五行説に基づく鍼灸の経絡図,五臓六腑の内景図,あるいはそれらから派生する通俗的な図解などは,人間の身体への一種の観念を図式化したもので,東洋諸国に根強く伝えられていた。また,イスラムの医学は古代ギリシア・ローマ医学と西欧医学との仲介者としての役割を果たしたが,イスラム世界では人間像の造形化にきわめて慎重だったために,科学的な図像化はほとんど進展しなかった。ヨーロッパで13世紀ごろ現れる五系統図(骨格,神経,筋肉,動脈,静脈)や妊婦図にもまだ医学の進歩がほとんど見られない中世的な観念による図式がみられる。世界各地に長期間にわたって上記のような図式的人間像が続いてきた理由には,人体解剖への禁忌があったというだけでなく,客観的な観察やその視覚化への意識も明確ではなかったからである。科学的観察とその表現への意識が展開されたのは西欧ルネサンス以後のことである。

 人体解剖そのものは,前2000年ころからすでにエジプトメソポタミアなどで行われ,ヘレニズム時代以後のアレクサンドリアでは解剖学が医学の基礎とされ,2世紀の同地の医学者ガレノスが動物解剖を援用しながら解剖学の集大成をはかった。その中の挿図がおおまかで,細部の図示のないままに,中世末までの西欧医学に踏襲されて五系統図の基礎をなした。美術との関係でいえば,人体解剖より前にエジプトやギリシアでは絵画や彫刻に人体の外観に関して理想的な比率を見いだしていた。ことにギリシアでは比率(カノン)だけでなく筋肉についても客観的な観察を造形化したが,このことと解剖学とは必ずしも結びついていなかった。このことは,日本の平安時代末や西欧中世末の,腐乱死体や骸骨によって表現された死の観念が医学や解剖学と無関係であったことに対応する現象であろう。14世紀の初めボローニャ大学で解剖学がおずおずと再出発し,その代表者モンディーノの解剖書は,まだガレノス説にとらわれているが,16世紀まで教科書として用いられた。例外的な写本を除くとその解剖書に簡単な図が挿入されるのは15世紀末からであった。そのころになって初めて医学に解剖学の知識が必要とされるようになり,この要求が,すでに15世紀前半から進展していた対象物を客観的に再現しようとする美術家の意識と技術とによって実現をみることになる。1593年のJ.デ・ケタム刊行の医学書はその早い例である。

 しかし人体解剖は,医学者よりも美術家のほうが一足先に開始していた。A.ポライウオロ,ベロッキオ,シニョレリ,レオナルド・ダ・ビンチ,ミケランジェロ,ロッソらである。ルネサンスの人間中心思想を反映して人物像が美術のおもな対象となったからでもある。ことにレオナルドは人体の外貌だけでなく,内臓や諸器官を観察し,その機能も考えたが,彼が残した数百枚のデッサンはほんの一部しか後人に利用されなかった。解剖学の革新はパドバ大学A.ベサリウスによってなされた。コペルニクスの遺著と同じ1543年に刊行された彼の《人体の構造》は700ページ余のフォリオ版で,ベネチア派の画家たちによる数多い精密な木版画が挿入されており,内容,挿図ともに以後の解剖書に大きな影響を与えた。18世紀後半に江戸で刊行される《解体新書》中の挿図にもベサリウス本に基づくものが数図見いだされるほどである。ベサリウス以後,解剖学は美術家から独立していくが,16世紀後半から各地に開設される美術家養成機関としてのアカデミーに解剖学講義が設けられるようになり(美術解剖学),医学解剖学と区別された。16~17世紀の解剖学では,解剖学標本を,風景や周囲の状況とともに描いて,いわば絵画作品に化する傾向をもっていた。たとえばフランスのエティエンヌCharles Estienne(1503-64)の《人体解剖書》(1545)や,ことにオランダのルイスFrederick Ruysch(1638-1731)の《解剖学宝鑑》4巻(1701-04)などは精緻な写実的描写の戦慄的な組合せによって幻想的あるいは戯画的ともいえる効果を与えている。なおアルチンボルドの異物による合成人物像の成立には,動物や仮面が装飾された冑(かぶと)などの暗示もあるが,筋肉,腱,内臓が物として堆積しているという,解体された解剖図の影響とも想定されようし,またブラチェリGiovanni Battista Bracelli(16世紀末~17世紀初め)のロボット風人物にも神経系や動・静脈系の人間像の反映が容易に推測される。このように近世において解剖図は美術家の想像力を刺激する視覚領域を拡大させた。同じように,現代の医学はX線の断層写真やグラスファイバーによる内臓撮影,造影剤による顕微鏡的映像などによって急激に視覚世界を拡大させており,それは現代美術になんらかの反映をみせている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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