視空間(読み)しくうかん(英語表記)visual space

精選版 日本国語大辞典 「視空間」の意味・読み・例文・類語

し‐くうかん【視空間】

〘名〙 心理学で、視覚によって構成される空間の特性をいう。対象の大きさや形、遠近や方向、平面の広がりや奥行、および自己の位置関係などを目によって知覚すること。聴空間触空間とともに知覚空間を形成する。〔からだの手帖(1965)〕
※偽原始人(1976)〈井上ひさし〉容子先生「視空間のなかで対象を正確に把握する」

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デジタル大辞泉 「視空間」の意味・読み・例文・類語

し‐くうかん【視空間】

心理学で、視覚を通して知覚される空間的広がりをいう。遠近・方向・形・奥行きなどの性質を含む。

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最新 心理学事典 「視空間」の解説

しくうかん
視空間
visual space

視覚的に知覚される主観的な空間を視空間とよぶ。その特性は,物理的な空間の特性とさまざまな点で異なっている。

【距離と大きさの知覚】 視覚的に知覚された距離を視距離visual distanceとよぶ。視距離と実際の観察距離との対応関係は観察距離に依存する。フォリーFoley,J.E.らによると,対象までの見かけの距離は観察者からおおよそ1m程度の点を境にして過大視から過小視に転ずる。すなわち,距離評定結果に対してスティーブンスの法則Stevens' lawに基づいてベキ関数を求めると,1mよりも近い距離においては,ベキ指数は1.0近傍の値になる。それに対し,1mより遠くの距離に対しての距離評定に対するベキ指数は1.0より小さくなる。

 見かけの大きさも物理的な大きさと乖離することがある。たとえば,対象の網膜像の大きさは観察距離に反比例して小さくなる。しかし,観察距離が大きくなっても,その対象の見かけの大きさは網膜像が縮小したほどには小さくならない(大きさの恒常性size constancy)。この傾向は,距離についての情報が豊富なほど顕著となる。

 遠方の対象ほどその網膜像は小さくなるという光学的関係が,見かけの大きさと見かけの距離との間にも成り立ち,見かけの大きさが一定であれば,その対象の見かけの大きさと見かけの距離との比は一定となるという考え方は大きさ-距離不変仮説size-distance invariant hypothesisとよばれる(図1)。これは,見かけの距離が決まってしまえば,それに対応して対象の見かけの大きさが決められることを意味する。実際,網膜像の大きさは一定である場合,それを投影する距離が大きくなるほど,より大きな像として知覚される。この現象は残像を使って確認することができる(エンメルトの法則Emmert's law)。

【視方向visual direction】 視覚的に判断された対象の方向(見かけの方向)のことを視方向とよぶ。この場合の原点であるエゴセンターegocenterは,網膜の中心窩や頭部や体幹の中ほどにあるものとしてみなされることが多い。視方向は,単眼視か両眼視かによって決定過程が異なる。ウェルズWells,W.C.とヘリングHering,E.は,それぞれ異なる考察により視方向の決定規則を提案し,それぞれウェルズの法則,ヘリングの法則とよばれている。ハワードHoward,I.P.とロジャースRogers,B.J.(1995)は,視方向の決定規則を以下の5通りにまとめている。第1に,眼球中心的視方向oculocentric directionの法則によると,同じ視線上にある対象は同じ方向に見える(逆に,網膜上の異なる位置に投影された対象は異なる方向に見えることになる)。第2に,頭部中心的視方向headcentric directionの法則によると,ある点を固視した際,同じ視線上にある対象は,固視する点を変えない限り,頭部に対して同じ方向に見える。第3に,共通単眼視方向common monocular directionsの法則によると,それぞれの眼の視線は同一のエゴセンターに向かうように見える。第4に,共通両眼視方向common binocular directionsの法則によると,対象を両眼視した際,単一の対象の視方向は,両眼の中心にあると仮定されるサイクロプスの眼Cyclopean eyeから見ているように知覚される(図2)。第5に,サイクロプス投射Cyclopean projectionの法則によると,それぞれの眼の視軸(中心窩と対象を結ぶ線)上にない対象は,両眼の視軸の交点とサイクロプスの眼をつないだ線から偏倚して見える。このとき,対象の像が両眼に投影されていて,視軸と対象の方向が両眼で大きく異なる場合,それぞれの角度がサイクロプスの眼に投影され,2通りの異なる視方向が知覚されることになる。他方,視軸と対象の方向が両眼でそれほど変わらない場合,それぞれの角度は平均化されてサイクロプスの眼に投影されることで,小さく偏倚した一つの視方向が知覚される。対象の像が単眼にのみ投影されている場合,対象までの視線とその眼の視軸の成す角度がサイクロプスの眼に投影されて視方向が決定される。

 オーノOno,H.とバーバイトBarbeito,R.(1982)によると,両眼視での視方向は両眼の中心に仮定されるサイクロプスの眼によって決定され,利き眼dominant eyeによる影響はほとんど受けない。ただし,左右の眼に呈示される刺激の特性によって視方向は変動する。たとえば,マンスフィールドMansfield,J.S.とレッグLegge,G.E.(1996)は,ステレオグラムの観察に基づき,視方向がより輝度コントラストの高い刺激が呈示された眼の方向に偏倚することを示している。また,視方向には「浮かぶソーセージ」「ダブルネイル錯視」などの両眼観察場面における錯視や,「単眼交代視」のように左右眼を交互に開閉した際に見かけの位置がずれて見える錯視などが存在する。

【視空間の中心】 視方向の原点であるエゴセンターは,通常,サイクロプスの眼として両眼の中心あたりに定位されることが多い。ただし,エゴセンターのこのような定位に経験的根拠があるわけではない。実際にエゴセンターの位置を測定する方法を,さまざまな研究者が提唱している(Fry,G.A.,Funaishi,S.,Howard,& Templeton,W.B.,Roelofs,C.O.など)。信頼性と妥当性から最適の方法とされるハワード-テンプルトン法では,遠近二つの刺激を呈示し,遠方の刺激から自分に向かって引かれる線上に乗るように近方の刺激を水平方向に移動させる。このような線分を複数の方向に対して求め,それらの交点をエゴセンターとする。なお,ポインティング(指差し)などの動作課題によって求めたエゴセンターは,視覚のみで決定されたエゴセンターから偏倚する。たとえば,下野孝一らによると,ポインティング課題において求められるエゴセンターは,ポインティングに用いた手の方向に偏倚する。また,視覚刺激呈示とポインティング課題とのタイミング,視覚ターゲットまでの距離に依存して変化する(Shimono,K.,Higashiyama,A.,& Tam,W.J.,2001)。

【視空間の安定】 眼球運動に対する安定。頭部や身体の移動,回転によって得られる視覚的情報が大きく変動し,得られる情報が大きく変わったとしても,視覚を通して知覚される世界は安定して見える。この視覚世界の安定にはさまざまな機序がかかわっていると考えられる。たとえば,視空間は眼球運動に対する安定性を有している。対象観察において,視点は対象の特徴的な部位に向けられて滞留した後,別の点へとすばやく移動する。この飛翔的な眼球運動(サッカードsaccade)の間,視覚的情報処理は抑制されており(サッカード抑制saccadic suppression),その間に呈示された視覚刺激は知覚されない。サッカードの際の視覚情報処理が抑制されているということは,眼球運動のたびに視野全体が大きく変動することを避け,空間の知覚を安定させることにつながっているものと考えられる。また,この抑制の間,視覚的な情報の処理が抑制されているとしても,何も見えなくなるわけではなく,見えは時間的に途切れることなく得られている。これは,感覚記憶的に保持された視覚情報が入力の得られていない期間の情報の補完に用いられているためと考えられる。

 身体の移動によっても,得られる視覚情報は変化する。自ら身体を移動することで複数の対象の配置について新たな視覚情報が得られた場合と比べると,身体位置を変えずに対象が移動することによって同じ視覚情報が得られた場合には,対象の配置についての認知が損なわれる。このことは,身体の移動についての非視覚的情報が,異なる視点からの対象の配置についての視覚的認知過程に寄与することを示している。

 視野の中心と周辺とでは,空間解像度や時間的特性,色覚の感度などにおけるさまざまな機能的違いがある。たとえば,視野の中心近傍の情報は,視覚皮質において受容野の小さい細胞が多数対応している領域に投影される。このことは,視野の中心ほど,より多くの視覚皮質における細胞へと投影されている。そのために,中心視野は周辺視野と比べて,空間解像度も高い。このことと対応して,視野の周辺に見えている対象はしばしばぼやけて見えたり,詳細な特徴がわかりにくかったりする。色覚に関しても,周辺視野には色彩の弁別の基礎となる錐体はほとんどない。色彩知覚も周辺に呈示された場合,ほとんど見えない。そのため,実際には,色彩についての情報は周辺視野では得られていないものと考えられる。しかし,日常生活の中で,視点を特定の対象に固定しても,あるいは移動させても,そのことにより中心視野や周辺視野において見かけの色彩が変化することに気づくことはほとんどない。これは,視野の中心あたりで得られた色彩の情報によって,周辺視野における色彩が補完されているためと考えられる。

 刺激の物理的大きさや強度が同程度であった場合,周辺よりも中心視野の方が視覚情報の処理が速い。しかし,皮質拡大係数cortical magnification rateを考慮して周辺に大きな刺激を呈示した際には,周辺の方がより処理が速くなる。このような視野内位置における処理の時間的特性の違いは,日常生活の中ではあまり知覚されない。時間的な特性についても,他のさまざまな属性と同様,さまざまな補完的な機能が関与しているものと考えられる。

 視野内に呈示されている対象の諸特性についての補完的処理だけではなく,実際には呈示されていない視覚的な情報を補うような処理がなされる。たとえば,イントラーブIntraub,H.とリチャードソンRichardson,M.は,景観などを示す写真を観察した際,実際よりも広い範囲が描かれていたように認識されることを見いだした。この現象は,画枠が広がったように知覚されることから,境界拡張boundary extensionとよばれる。とくに,対象にクローズアップした画像の観察で生じやすい。この現象は短時間のうちに生じるので,記憶の変容というよりも表象形成過程の問題である可能性が指摘されており,注意を向けた領域ほど拡張されやすくなることが指摘されている。

【視空間の異方性anisotropy of visual space】 視空間における上下左右と前後の方向はさまざまな課題において非均質性が指摘されており,方向によってさまざまな特性の違いがある。このような方向による違いを視空間の異方性とよぶ。水平方向や前後方向のように地面と平行な軸と,上下方向のように地面に垂直な軸との間に異方性がある。同じ長さであっても,地面と平行に置かれた場合と,地面に垂直に立てられた場合とでは,後者の方が大きく見える(水平垂直錯視)。このような視空間の異方性は,天頂近くと地平近くとでは天体の見かけの大きさが大きく異なって見えるという天体錯視celestial illusionを引き起こしている可能性が指摘されている。ただし,天体錯視にかかわるこの考え方については,鈴木光太郎の理論的かつ経験的批判がある(Suzuki,K.,2007)。

 刺激の定位における方向性においてもさまざまな異方性が存在する。刺激を垂直方向や水平方向に定位した場合と比べると,斜めに定位した場合に感度の低下や処理時間の伸張が生じることがあり,斜め効果oblique effectとよばれる。たとえば,正弦波格子刺激などを用いた輝度コントラスト感度の測定においては,刺激を水平や垂直方向に定位した場合と比べると,斜め方向に定位した場合に感度が低くなる。他方,幾何学的錯視は錯視を生じる部位が斜めに定位した方が,水平や垂直方向に定位した場合よりも大きくなる。

 顔刺激や文字刺激は,他の視覚刺激と異なるさまざまな固有の特性をもつ。しかし,こうした固有の特性は,倒立して呈示することにより失われることが多い。この現象は倒立効果inversion effectとよばれる。

 奥行き方向の運動(奥行き運動)の方向に対応した異方性として,観察者から遠ざかる運動を示すような縮小運動よりも,観察者に近づく動きを示す拡大運動の方が注意を引きやすい。また,3次元空間内の視覚探索課題を用いた場合,選択的注意が注視点より上方,右寄りでやや遠方の空間に向きやすいことが示されている。また,レビLevy,J.は右利きの観察者に関しては,具象的画像の観察において,右寄りに画像の主題を配置するとバランス良く見える傾向を指摘している。このような偏りは画像の具象性に依存しており,非具象的な画像の観察では,刺激配置の重心が画枠の中心と一致するような配置がバランス良く見える。これらの傾向は,具象的画像の観察において,利き手やその基礎にある大脳半球の機能差がバランスの偏好を引き起こしていることを推察させる。

 刺激の視空間内の位置とそれに対する動作的反応との対応関係においても異方性が存在する。刺激の位置と反応効果器の位置的対応関係が,ターゲット検出課題などにおける反応時間や正答率に及ぼす効果として検討され,視覚刺激と効果器との空間的位置の一致が反応時間の短縮や正答率の上昇を引き起こすこと,逆に,視覚刺激と反対の位置にある効果器とを組み合わせた際には反応時間が伸長し,正答率も下降する(刺激-反応一致効果stimulus-response compatibility effect)。このとき,刺激の上下方向と組み合わせて反応を促進する空間軸は上下だけではなく,上方の視覚刺激と前方の効果器,下方の視覚刺激と後方の効果器とを組み合わせた場合も,反応の促進が認められる。この現象は,視空間における上下方向が,身体空間における上下方向および前後方向と強く結びつけられていることを示唆している。

【変換視実験experiment of transformed vision】 ウェッジプリズムを装着すると,視方向が角度変換される(図3)。ポインティングや歩行などの動作課題はその影響を受ける。この変換が持続した場合,数分程度で動作課題の成績が改善されるような順応的変化が生じる。その際,変換されていることについて気づいていた方が顕著な順応が生じる。19世紀のストラットンStratton,G.M.による研究以来,直角プリズムなどを使って視野の上下軸や左右軸を反転させたり,視野を180°回転させる極変換のもとで,視覚とその他の知覚様相における方向的関係の調整や視覚運動協応過程の適応的変化がどのように生じているのかが調べられている。これらのプリズムを装着した当初は,方向判断課題における精度や反応時間が長くなったり,視野の安定性が崩れたりする。さらに,自律神経失調のために,めまいや吐き気などを生じることもある。こうした極変換を数日間にわたり持続させた場合,さまざまなレベルで順応的変化が生じる。たとえば,当初崩れていた視野の安定性が回復し,自律神経失調も治まる。方向判断課題の成績もしだいに向上する。ただし,視野の反転のような極変換の場合,ウェッジプリズム装着による角度変換に比べると,より長い順応時間を要することが多い。

 これまでの研究においては,この順応的変化の過程において,上下軸での反転や180°回転した場合よりも左右軸の反転に対する調整がより困難であることが示されている。つまり,方向判断課題における正確さや反応時間は,左右反転した場合に最も大きく損なわれ,順応的変化により成績の改善が認められるまでの時間も長い。この順応における異方性は,地面のように顕著な方向的意味づけをする視覚的材料がある上下軸と比べると,左右軸には明確な方向弁別を可能にする視覚的材料がないことに起因するものと考えられる。

【視空間における参照枠】 垂直の線分を示す際,線分の周囲に傾いた画枠が呈示されていた場合,画枠の方が垂直に正立していて,線分が画枠の傾きとは逆方向に傾いているように知覚されることがある(図4)。このような傾きの誘導の錯覚は,自己の身体の傾きの知覚においても生じ得る。すなわち,部屋が傾いたり,倒立していた場合,その中にいる人は自分の身体の方が傾いていたり,倒立しているように感じられることがある。こうした現象は,視覚刺激においてより広い視野にわたって呈示された刺激が正立の基準となって知覚的な正立方向を規定し,そのうちにあるより小さな視覚刺激の傾きや,自己の身体の方向についての見かけの方向を決定することを示している。傾きや身体方向あるいは運動などは,本来相対的なものであるが,知覚系は基準との比較でそれを絶対的なものと判断する。この基準を参照枠frame of referenceという。

 視覚刺激の運動によって,自己の身体が運動しているような知覚を生じることも知られている。とくに,周辺視野において線形的な運動や放射状の運動を呈示すると,身体が移動しているような知覚(ベクションvection)を生じる。たとえば,画像の中心から周辺に向けて放射状に拡散運動する刺激の観察によって,自己の身体が前方に進むような知覚が生じる。右方向に進行する刺激の観察によって身体は左方向に進むように知覚され,時計回りに回転する刺激の観察によって身体は反時計回りに回転するように知覚される。つまり,視覚刺激の運動とは逆方向に自己の身体が移動するように知覚されることである。

 この現象は,とくに周辺視野に運動刺激を呈示した場合に生じやすい。また,異なる奥行き面に運動刺激が呈示された場合,より遠方で背景となった面に呈示された運動によって身体運動感覚が影響される。

【3次元の知覚】 2次元的な網膜像から外界の3次元的な特性についての表象を得る過程は,古くから視覚研究における主要な問題であった。2次元的な画像と対応する3次元的な対象は無数に存在し得るため,実際に成立する3次元の知覚は決して「正しいもの」ではない。しかし,人間や多くの生物の視覚系において,短時間のうちに,大間違いが生じない程度の精度での処理が実現されている。このような奥行きの知覚は,線遠近法や大気遠近法,大きさ,親近性,遮蔽などさまざまな奥行き手がかりdepth cueからの奥行き情報の抽出に基づいて成立するものと考えられている。

 こうした奥行き手がかりからの奥行き情報の抽出は,実空間内での観察においては外界対応的な視空間の形成に寄与している。しかし,絵画や写真のような2次元的画像の観察においては,奥行き情報の誤適用によってさまざまな錯視が成立することが指摘されている。

 たとえば,遠近法手がかりの消失点が画枠中央から左右どちらかに偏倚した写真を2枚並べることによって一方の写真の角度が過大評価される「双子の塔」の錯視(図5)では,2枚の写真が同じ空間にあったとしたら,消失点の偏倚している側の写真がより大きな角度で消失点に収束しているように見えることだろう。シェパードShepard,R.N.のテーブル板の錯視(図6)についても奥行き情報の寄与が指摘されている。紙面上では同じ平行四辺形ではあるが,テーブル板として見せるような情報(遮蔽を示すTジャンクションや立体的角を示すYジャンクションなど)が付加されると,紙上では同じ平行四辺形であっても,もはや同じ平行四辺形には見えない。奥行きをもつ構造物の一部であることを示す情報があると,それは3次元空間内の奥行き構造の一部として知覚されることになり,2次元面上の形状の知覚を困難にするものと考えられる。奥行き情報の誤適応が幾何学的錯視の基礎にあることに基づく仮説は,ミュラー・リヤー錯視,ポンゾ錯視,ポッゲンドルフ錯視などに関しても提案されている。 →眼球運動 →空間知覚 →恒常現象 →錯覚 →視覚 →視覚刺激 →視野
〔一川 誠〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「視空間」の意味・わかりやすい解説

視空間
しくうかん
visual space

心理学用語。視覚を通して三次元空間内での自己と対象との位置関係、対象の大きさ・形・奥行、対象相互間の位置関係、あるいは空間内での自己の位置などを知ることによって形成される知覚空間をいう。これに対して、聴覚によって形成される知覚空間は聴空間、触覚や運動感覚などの体性感覚によって形成される知覚空間は触空間とよばれる。視空間、聴空間、触空間はそれぞれが相補って全体としてまとまった知覚空間を形成するが、これらの間に矛盾がある場合には、視空間を中心とする知覚空間が成立する。

[吉岡一郎]

視空間の異方性

物理学的空間や幾何学的空間が無限、等質で固定的であるのに対して、視空間は有限、非等質で可塑的である。すなわち、視空間は自己を中心として、上下、左右、前後の主要な3方向に分化し、自己からの方向や距離に応じて対象は異なって知覚されるのである。たとえば、同じ長さの垂直線分と水平線分とでは垂直線分が長く見え、垂直線分を2等分すると上半分が下半分よりも長く見えるし、地平線や水平線上の月は中天の月よりもずっと大きく見える。このように、自己からの方向が異なることによって、視空間の性質が異なることを視空間の異方性という。

[吉岡一郎]

大きさの恒常現象

地上の自動車を高い所から見下ろしたり遠くから眺めると、自動車は玩具(がんぐ)のように小さく見えるが、たとえば2メートルの距離から見た自動車の大きさは、その倍の4メートルの距離から見たものと変わらない。しかし、目の網膜に映る像の長さは、4メートルの所では2メートルの所での像の2分の1になっているはずである。網膜像の大きさがこのように変化するにもかかわらず、対象の知覚された大きさはあまり変わらないことを大きさの恒常現象という。暗黒空間内の対象や、視野を制限したり、片方の目だけで対象を見たりするときなど、対象までの距離が明確に知覚されない場合には、対象の大きさは網膜像の大きさにほぼ比例して知覚されるが、視空間が、距離を知覚する手掛りとなるものが豊富な、日常経験する空間に近づくほど、対象そのものの大きさに近く知覚され、恒常現象が起こりやすい。恒常現象は大きさの知覚だけでなく、方向、形、明るさ、色の知覚においても認められ、視空間の安定に役だっている。

[吉岡一郎]

奥行知覚の手掛り

網膜像は二次元的な広がりしかもたないが、対象までの距離(絶対距離)や対象の奥行あるいは対象相互間の距離(相対距離)を知り、空間を三次元的に知覚する手掛りとなるものを、奥行知覚の手掛りという。奥行知覚の手掛りは、片方の目で見る(単眼視)場合でも有効な単眼手掛りと、両眼で見る(両眼視)ときに働く両眼手掛りとに分けられる。単眼手掛りには、(1)線遠近法(平行線間の隔りが遠くになるほど狭くなっていく)、(2)大気遠近法(遠くのものほど輪郭や色彩が不明瞭(ふめいりょう)になり、青みがかってくる)、(3)きめの勾配(こうばい)(遠くなるにつれてきめが細かくなる)、(4)相対的大きさ(遠くにあるものほど小さい)、(5)ものの重なりぐあい(隠しているものは近く、隠されているものが遠い)、(6)陰影(陰になっているところが引っ込んで見える)、(7)運動視差(動いているときに、注視している対象より近くにあるものは運動方向の逆方向に、遠くにあるものは運動方向と同じ方向に動くように見える)、(8)調節(近くのものを見るときには水晶体を厚くし、遠くのものを見るときにはそれを薄くして、網膜に鮮明な像が結ばれるように調節するときの筋感覚で、有効範囲は2メートル以内)などがある。

 両眼手掛りには、(1)輻輳(ふくそう)(両眼で1点を注視するとき、左眼と右眼の視線が注視点で交わることを輻輳というが、遠対象を注視するときには眼球が内転し、近対象のときには外転する。眼球が内転あるいは外転するときの筋感覚が手掛りとなる。有効範囲は20メートル以内)、(2)両眼像差または両眼非対応(人間の目は左右に離れてついているので、両眼で同一対象を注視するとき、その対象の網膜像は左眼と右眼で少し異なっている。この網膜像の相違を両眼像差または両眼非対応という。異なった二つの網膜像が融合すると、一つの奥行のある対象として知覚される)がある。イギリスの学者ホイートストンが1838年に考案した実体鏡は、同一対象を左眼で見たときと右眼で見たときの像を別々に描いた絵や写真を、それぞれ一方の目だけに見えるようにして鮮やかな立体感を生じさせる装置である。

 アメリカの心理学者J・J・ギブソンは視空間を視覚野visual fieldと視覚世界visual worldとに分けたが、視覚野が、1点を注視したときに経験され、注視点を動かすと変化する視空間であるのに対して、視覚世界は、それに基づいて行動が生起する視空間であり、注視点の移動によっては変化しない。視空間は自己を中心とする三次元的座標系として形成され、この座標系に対象が位置づけられるに伴って座標系は外在化し、ついには自己がそのなかに位置づけられる視覚世界が成立するものと考えられる。

[吉岡一郎]

『田崎京二・大山正・樋渡涓二編『視覚情報処理』(1979・朝倉書店)』『W・メッツガー著、盛永四郎訳『視覚の法則』(1968・岩波書店)』『J. J. GibsonThe Perception of Visual World (1950, Houghton Mifflin, Boston)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「視空間」の意味・わかりやすい解説

視空間
しくうかん
visual space

視覚を通じて構成される行動空間のことで,空間知覚の基礎となる。視覚だけでなく,重力によって生じる感覚なども,視空間を規定する重要な要因となる。上下,左右,前後の3方向は主要方向と呼ばれ,これら以外の方向にはない特別な重みをもっている。対象の主軸が主要方向と一致する場合は,知覚が正確になる。ただし,主要方向の間でも空間の異方性が存在する。

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