視知覚の発達(読み)しちかくのはったつ(英語表記)development of visual perception

最新 心理学事典 「視知覚の発達」の解説

しちかくのはったつ
視知覚の発達
development of visual perception

知覚は認知形成の基礎をなすものであり,その発達過程の解明は重要な主題をなす。ここでは,比較的研究が進み,また知覚機能の代表でもある視知覚の発達を述べる。

【視知覚の発達の機構】 視覚機能の発達の基盤には,視力発達と抑制系の発達がある。乳児の視力は縞視力として測定され,1歳以下の乳児の縞視力は,ほぼ「月齢=cycle/degree」の公式が当てはまり(Atkinson,J.,2000),3ヵ月児の縞視力はほぼ「0.1」,6ヵ月児の縞視力ではほぼ「0.2」に該当するといわれている。縞視力とともに視覚機能を測るのに重要とされるのが,コントラスト感度(CSF)であり,どれくらい細かい縞をどれくらい低いコントラストで見ることが可能かを測るものである。抑制系の発達を間接的に示すことができるコントラスト感度の発達からすると,生後6ヵ月の時点で成人と似たような視覚機能をもつことができると考えられている。この時期,より細かい解像度の縞を見ることが可能となり,見やすいコントラスト条件が,はっきりした高コントラストから中程度のコントラストへと進み,成人と同じようになる。

 コントラスト感度の発達には,周波数チャンネルによる発達の相違による複雑なメカニズムが関与しているが,なかでも抑制系の発達の役割が大きい。たとえば新生児では,抑制系の発達が未完成で,受容野も広く緩やかで選択性がない。このような受容野をもつ視覚系では,特定の周波数に選択がなく,低空間周波数域に偏るローパス型の反応となる。それが生後6ヵ月から8ヵ月になると,受容野が空間的に選択性をもつことで,視野全体に生じる特定の空間周波数パターンに,選択的に反応できるようになる。言い換えれば,すべてに均等に反応することを「抑制」することにより,特定の周波数のみに反応する「選択性の発達」が生じる。これを機に,各チャンネルがローパス型からバンドパス型になり,その結果,空間周波数ごとのコントラスト感度曲線が上昇し,しかも最も敏感な周波数が,成人と一致するように発達すると考えられる。

 コントラスト感度の発達が抑制システムの発達にあるという仮説を支持するいくつかの実験がある。空間周波数チャンネルが特定の周波数に選択がなくしかも低空間周波数域に偏るローパス型から,特定周波数に選択性のあるバンドパス型へと発達することを確認したのが,バンクスBanks,M.S.ら(1985)のマスキング実験である。特定の空間周波数の縞に,さまざまな周波数の縞をマスク・ノイズとして重ね合わせ,縞の検出がどの程度悪くなるかを検討した。対象となった乳児は,抑制系のシステムの発達前後の6週齢と12週齢で,6週齢では空間周波数チャンネルが低空間周波数に偏るローパス型であり,12週齢では特定周波数に選択性のあるバンドパス型であることが示されている。

 方向選択性の発達を示したのが,モローンMorrone,C.とバーBurr,D.(1986)である。平行あるいは垂直な縞を元の縞に重ねることによってマスクし,平行なマスクと垂直なマスクの効果を比較した。その結果,3ヵ月半では成人とは異なり,平行なマスクも垂直なマスクもほぼ同じ効果をもつことが明らかとなった。このことは,第1次視覚野にある,傾きを識別する検出器において,特定の方向に選択的に反応するための抑制性の結合が発達していないことを示している。

 両眼視binocular visionにおける同じ抑制の発達は,両眼視野闘争によって調べられている。左右の眼に異なる映像を入力すると,融合することなく競合し合い,それぞれの映像が交互に見える。このことから,両眼間の抑制を示すことができる。水平線垂直線を両眼に別々に呈示したところ,両眼視野闘争が3ヵ月半以前では生じないことが示され(Shimojo,S. et al.,1986),両眼間の抑制が発達していないため,成人であれば両眼で排除し合うような視覚パターンが,重なり合って同時に見えることが報告された。両眼立体視の感受性の実験から(Birch,E.E.,Shimojo & Held,R.,1985;Birch,1993),立体視が4ヵ月ころに急激かつ突然に成立することから,両眼性の抑制が4ヵ月ころに急速に発達することを意味している。

 「抑制の発達」で説明される知覚機能の発達は順番に進み(Wilson,H.R.,1988),空間周波数チャンネルにおける低空間周波数領域への抑制の発達は,傾きの弁別や両眼間の抑制のシステムよりも若干早く2ヵ月ころに成立し,6ヵ月から8ヵ月にかけて,徐々にさまざまな抑制系が発達すると考えられる。こうした発達を通じて,静止しているものを細かく見る総合的な能力,つまり「視力」が発達するのである。

【視知覚の発達の研究法】 注視を指標として用いた乳児を対象とした行動実験には,選好注視法と馴化-脱馴化法がある。選好注視法preferential looking methodは,ファンツFantz,R.L.(1958,1961,1963)により定式化された。ことばの通じない乳児を対象とした実験を行なうために考案されたこの方法は,特定の図形パターンを好むという乳児の一般的な性質を利用している。ファンツは,生後46時間から生後6ヵ月までの乳児を対象として図形パターンへの好みを調べる実験を行ない,乳児の好む図形パターンを明らかにした。さまざまな図形パターンを呈示してそれぞれの図形への注視時間から,柄がないものよりも柄のあるもの,一様なパターンよりも同心円のものや縞模様,さらに顔図形も好まれることがわかっている(Fantz & Yeh,J.,1979)。特定の図形パターンに対する注視時間が一貫して高いという性質を利用したこの方法は,現在でも乳児を対象とした行動実験においてよく使用される手続きである。視覚実験ではコンピュータ・モニター上に横に二つ刺激を並べて呈示し,それぞれの刺激への注視時間を比較することにより,選好を調べる。この方法をより単純化して洗練させたのが強制選択選好注視法forced-choice preferential looking methodで(Teller,D.Y.,1979),縞視力やコントラスト感度も,強制選択選好注視法で測定される(Atkinson,Braddick,O., & Braddick,F.,1974)。一様なパターンと比べてコントラストが検出できる縞を乳児が好んで注視するという性質を利用し,各々の乳児の検出感度を調べるのである。強制選択選好注視法では,乳児の注視時間を測定せずに,実験者の判断を直接計測し指標とする。実験者はターゲットの位置を知ることなく,乳児の行動からターゲットの位置を判断し,その判別力から乳児の刺激の弁別力を推定するのである。

 選好注視法には限界があり,刺激に対する乳児の選好を前提としているため,好みが同等なもの同士の図形の区別は調べることができない。このような場合は,人工的に一つの刺激への馴れを作り出すことにより対象間の弁別を調べる馴化法habituation methodが用いられる(Fantz,1964;Caron,R,F.,& Caron,A.J.,1968)。乳児には,馴れた刺激と比べ,新奇な刺激を好んで見るという,いわゆる新奇選好があり,この性質を利用するのである。馴化-脱馴化法habituation-dishabituationでは,刺激を変えたことによる新奇な刺激への注視時間を計測する。実験では,数分程度の短い時間で,人工的に「馴れ」の状態を作り出す。最初に呈示した刺激への注視時間を基準に,注視時間が半分にまで減少したところで「馴化した」と判断する。乳児制御infant controlではオンラインで刺激への注視時間を計測しつつ実験を行ない,各々の乳児のペースで半減する時点を決めるため,乳児によって馴化が成立するまでの時間が異なることになる。より簡便な方法では,あらかじめ試行数を固定しておき,馴化の前半と後半の間で注視時間を比較することにより,馴化の成立を確認する。馴化を経て,テストでは新たな刺激を呈示し,注視の復活を確認し,注視の復活(脱馴化)が生じた場合,馴化した刺激と区別が成立しているとみなす。この際,新たな刺激と馴化した刺激を継時的に呈示する方法や,左右に対で呈示する方法がある。いずれも,新しい刺激への選好の復帰がどの程度生じるかを検討する。なお,テスト期とまったく同じ刺激対を用いて,事前に単なる選好,すなわち自発選好spontaneous preferenceの割合を測定し,馴化期を経た後に,ターゲットである新しい刺激への新奇選好の割合が自発選好よりも有意に上昇するかを判断することもある。また,馴化とテストでまったく同じ刺激を用いるのではなく,似た刺激を使用する場合は,馴化ではなく慣化familiarizeとよばれることもある。 →視覚 →知覚 →両眼視
〔山口 真美〕

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