(読み)うちき

精選版 日本国語大辞典 「袿」の意味・読み・例文・類語

うち‐き【袿】

〘名〙 (後世「うちぎ」とも)
表衣(うえのきぬ)である狩衣(かりぎぬ)や直衣(のうし)の内に着る衣。女性は唐衣(からぎぬ)の内に着る。正装以外のくつろいだときには、表衣を略して用いる。肌着の単(ひとえ)の衣に対して、袷(あわせ)の衣とする。保温、装飾を兼ねて数枚重ねて着ることが多い。〔十巻本和名抄(934頃)〕
② (袿姿で仕えたことから) 天子の髪をあげること。また、その人。
源氏(1001‐14頃)紅葉賀「うへは御うちきの人めして」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「袿」の意味・読み・例文・類語

うち‐き【×袿】

《「うちぎ」とも》平安時代以来、貴族の男性が狩衣かりぎぬ直衣のうしの下に着た衣服。女性の場合は唐衣からぎぬの下に着た。単にきぬともいわれる。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「袿」の意味・わかりやすい解説

袿 (うちき)

公家女子の服装の一種。〈袿〉という文字は,中国の古代では婦人の上衣であった。これが日本にも伝わって,〈うちき〉という国語ができたが(《和名抄》),この言葉には〈うちかけて着る〉という説と,表着(うわぎ)と単(ひとえ)との中間に着るので〈内に着る〉という説とがある。その形は垂領(たりくび)(今日の着物のような打合せ),広袖で,袷(あわせ)である。そして,襟,袖,裾まわしで,裏が少し出て,重色目(かさねいろめ)の美しい色彩を見せるようになっている。しかも,この袿を5枚,7枚,8枚と重ねて,袖から重色目を何重にも重ねる色彩美をくふうするようになった。王朝時代の女房の感覚が,これを発達せしめたのであった。この重ね袿も,後世には5枚に定められ,五衣(いつつぎぬ)と呼ばれるようになった。物具姿(もののぐすがた)(いわゆる十二単)は,唐衣(からぎぬ),裳(も),表着,打衣(うちぎぬ),それに袿と袴と単とを着たものであるが,この正装に対して,ただ袿と袴と単とだけの袿袴けいこ)という略装が平安中期(10世紀末)に広く行われるようになった。つまり,表面に重ねて着ていたものを脱いで,内部に着ていた袿が表に出て,これが表着となったのである。袿は本来袷であったが,その襟,袖,裾の中間にさらに中倍(なかべ)という裂(きれ)を入れて,表,中,裏と重色目を3色に見せたものを小袿といった。高貴の女姓などは,この美しい小袿を着用した。侍女などは,正装の物具姿で宮仕えをしていたが,これものちには袿袴を用いるようになり,さらに鎌倉時代の末あたりになると,袴を略して,袿のみを小袖の上に着るようになった。袿には,色目,地質などに身分的な差別もでき,また模様にも時代的に変遷があったことはいうまでもない。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「袿」の意味・わかりやすい解説


うちき

公家(くげ)の衣服の一種。垂領(たりくび)形式で襟、身頃(みごろ)、衽(おくみ)、袖(そで)よりなる。女子の袿は、広袖で身幅、袖幅も広く、丈も長く全体に大形につくられている。着装は、単(ひとえ)の上に一領ないし数領を襲(かさ)ね、五領一組のものを五衣(いつつぎぬ)とよんでいる。袷(あわせ)仕立てのものでは、表地と裏地を毛抜き合せにしたもの、おめりといって、表地が襟、袖口、裾(すそ)の各縁(ふち)で裏地より1センチメートルほど、控えて仕立ててあるもの、また表地と裏地の間に中陪(なかべ)といわれる生地を加えたものがある。盛夏には、単物(ひとえもの)を数領襲ねる単襲(ひとえがさね)、5月と9月には「ひねり襲」といって、表地、中陪地、裏地をそれぞれ縁をよりぐけ仕立てで単物とし、3枚あわせて一領としたものも用いた。地質は表地に綾(あや)、浮織物、二陪織物。中陪地は平絹。裏地は近世のものは平絹であるが、中世では菱文(ひしもん)の綾を用いたものもある。夏のものには生絹(きぎぬ)、紗(しゃ)、縠(こめ)などを用いる。色目は禁色以外は比較的自由であるが、四季折々の襲色目に趣向を凝らした。なお男子も内衣として、丈のやや短いものを着用する場合もある。

[高田倭男]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「袿」の意味・わかりやすい解説


うちき

うちぎとも読む。平安中期以後の貴族女性や女官の正装の一つで,表衣 (うわぎ) の下に重ねて着た角形広袖の衣服。内衣 (うちぎ) ,衣 (きぬ) ,御衣 (おんぞ) ,重ね袿,ときには (あこめ) とも呼ばれ,その上に唐衣 (からぎぬ) と裳を着けて正装とした。重ねの枚数は平安時代末期になって5枚に落ち着き,五衣 (いつつぎぬ) と呼んだ。垂領 (たりくび) の袷仕立てで,襟,袖口,裾などの縁辺で裏地が表から見えるように仕立てられ (これをおめり出しという) ,重ねの色目を楽しんだ。材質は主として表地には綾を,裏地には平絹を用いた。また男性の直衣 (のうし) ,狩衣などの下に着たきもの型の衣服をいうこともある。 (→唐衣裳 )  

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「袿」の意味・わかりやすい解説

袿【うちき】

平安時代の女性の中着。着物衿(えり),広袖(そで)の袷(あわせ)で,単(ひとえ)の上に何枚も重ね,一番上を表着(うわぎ),下を重ね袿といった。後世5枚と定まり五衣(いつつぎぬ)と称した。十二単の正装に用いられたほか,袿と袴(はかま)だけの袿袴(けいこ)という略装も行われ,鎌倉末期には袿のみを小袖(こそで)の上に着るようになった。
→関連項目打衣大袖

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

山川 日本史小辞典 改訂新版 「袿」の解説


うちき

褂(うちき)・衣(きぬ)・衵(あこめ)とも。肌着である単(ひとえ)と表着(うわぎ)の間につけた内着。裏をつけてしたてる。平安時代末の肌小袖の登場まではこの数によって寒暖を調節したため,3領から8領重ねた。とくに女子の場合は多く重ねて華美になったので,過差(かさ)の禁令により5領を限度とし,五衣(いつつぎぬ)の名称がうまれた。それぞれの衣の色に趣向をこらし,襲色目(かさねのいろめ)として装飾とすることもある。男装では袴の中に着こめるため裾をより短くしたてるのがふつうで,これを衵という。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

旺文社日本史事典 三訂版 「袿」の解説


うちぎ

古代の女子服
女房装束の中心をなした。肌着である単と表着の間に着ける広袖の丈の長い衣。数枚重ねて,うちかけるように着用し,その枚数で寒暖を調節した。

出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報

世界大百科事典(旧版)内のの言及

【衣】より

…このような観念は平安時代まで受け継がれて,一般的に上級の衣服の総称となって〈うえのきぬ(袍)〉〈あこめきぬ(衵)〉などのように称された。しかるに,いつかこの一般的な〈きぬ〉という名称が平安時代からは袍(ほう)や唐衣(からぎぬ)の下に着る実用的な衣服をさすこととなって,(うちき)や(あこめ)をただ〈きぬ〉とのみいうようにもなった。たとえば,五つの重袿(かさねうちき)のことを五衣(いつつぎぬ)というのがそれである。…

※「袿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android