日本大百科全書(ニッポニカ) 「蝉丸(能)」の意味・わかりやすい解説
蝉丸(能)
せみまる
能の曲目。四番目物。五流現行曲。世阿弥(ぜあみ)作か。古くは『逆髪(さかがみ)』ともよばれた。盲目に生まれついた皇子蝉丸(ツレ)は、父の帝(みかど)の命令で逢坂(おうさか)山に捨てられる。護送していく臣下の者(ワキ)は嘆き悲しむが、蝉丸は前世の業(ごう)をこの世で果たさせる親の慈悲と、あきらめを語る。剃髪(ていはつ)させられ、ひとり山に取り残されると、さすがに蝉丸も泣き伏すが、博雅三位(はくがのさんみ)(アイ狂言)が庵(いおり)をしつらえて保護にあたる。姉宮の逆髪(シテ)は、狂気の放浪の途中に、この逢坂山に来かかり、蝉丸の弾く澄んだ琵琶(びわ)の音を聞きつけ、弟との対面となる。幸薄い姉弟のはかない逢瀬(おうせ)。やがて姉宮は、またあてどない旅に別れていく。悲痛な宿命を描きながら、舞台に流れるむしろ甘美な叙情性で人気曲の一つ。第二次世界大戦中は、皇室に対する不敬な能として、上演が禁止されていた。典拠は『今昔物語』『平家物語』など。
[増田正造]
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