藤原行成(ふじわらのゆきなり)(読み)ふじわらのゆきなり

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

藤原行成(ふじわらのゆきなり)
ふじわらのゆきなり
(972―1027)

平安中期の公卿(くぎょう)、能書家。小野道風、藤原佐理(すけまさ)とともに「三蹟(さんせき)」の一人。「こうぜい」ともいう。右近衛(うこんえ)少将義孝(よしたか)の子、一条摂政伊尹(せっしょうこれただ)の孫。正二位・権大納言(ごんだいなごん)に上り、公任(きんとう)、斉信(ただのぶ)、俊賢(としかた)とともに「四納言」と称されて多芸多才で聞こえたが、とりわけ能書で名をあげた。23歳で宣命(せんみょう)の清書を奉仕したのをはじめ、上表文(じょうひょうもん)の清書、大嘗会悠紀主基屏風(だいじょうえゆきすきびょうぶ)の色紙形(しきしがた)や内裏(だいり)の殿舎・門額(もんがく)の揮毫(きごう)、願文(がんもん)の清書などと活躍し、輝かしい能書事蹟を残す。伝統的な王羲之(おうぎし)書法と私淑した小野道風の書法を規範としながら、洗練された優麗典雅な独自の書風で和様の完成者としての地位を築いた。その書は「権跡(ごんせき)」とよばれて尊重され、わが国書道史に多大な影響を与えた。万寿(まんじゅ)4年12月56歳で没。日記『権記』を残す。真蹟では書状のほか『白氏詩巻』(東京国立博物館)、『本能寺切(ぎれ)』(京都・本能寺)、『白氏文集(もんじゅう)切』(静岡・MOA美術館ほか)が伝存する。

 また行成の一系は代々能書の家柄として栄え、つねに宮廷書道界を支配して和様の伝統を保ち続け、17代の行季(ゆきすえ)(1472―1532)にまで及ぶ。行成が外祖父源保光(やすみつ)の邸を伝領し、改築して世尊寺(せそんじ)を建立したが、8代行能(ゆきよし)がそれを家名としたことから後世世尊寺流とよばれる。

[神崎充晴]

『中田勇次郎編『書道芸術 15 藤原行成』(1975・中央公論社)』『小松茂美監修『日本名跡叢刊 12 藤原行成/白氏詩巻・本能寺切』(1977・二玄社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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