薬物性肝障害(読み)やくぶつせいかんしょうがい

六訂版 家庭医学大全科 「薬物性肝障害」の解説

薬物性肝障害
やくぶつせいかんしょうがい
Drug-induced hepatic injury
(肝臓・胆嚢・膵臓の病気)

 いろいろな病気を治すために薬は使われます。しかし、薬はのんだ人の体質によっては、薬として期待する作用以外の好ましくない作用を体に及ぼすことがあり、これを副作用といいます。過去に報告された副作用の原因となる薬では抗生剤が最も多く、鎮痛薬などを含む中枢神経作用薬や細菌などを排除する抗生物質などがこれに続きます。

 薬物が原因で起こる肝障害を薬物性肝障害と呼び、大きく分けて中毒性のものとアレルギー性のものとがあります。

 現在、日本で使われている薬剤は安全確保のため厳しい安全基準が定められており、使用量や使用法を間違えることがなければ中毒性肝障害を来すことはまれです。しかし、食品に分類されるサプリメントやせ薬ハーブを含む自然食品ではこのような安全性の確保や注意事項の表示が義務づけられていないため、それ自身がもともと含む成分や意図的に添加された薬物により、しばしば中毒性肝障害が起こったり、死亡例が出るなど社会問題になっています。

 このため最近では「薬剤性肝障害」という言葉を使うのをやめ、「薬物性肝障害」と呼ぶようになり、日本肝臓学会で「薬物性肝障害」の診断基準の改定が行われました。

どんな病気か

 アレルギー性の機序(仕組み)によるものが薬物性肝障害の大半を占めます。副作用を生じる人は特定の薬物に対する感受性が高いのですが、最初に使用する前に副作用が生じることを予測をすることは困難です。これに対し、中毒性肝障害では薬物そのものがそもそも肝臓毒であり、一定の量より多ければ必ず肝障害を来すものです。

 軽症の場合は自覚症状がなく、血液検査ASTGOT)やALT(GPT)と呼ばれる肝細胞からの逸脱(いつだつ)酵素、ALPと呼ばれる胆道系酵素やビリルビンの値が高値を示すのみですが、重症化すると全身の倦怠感(けんたいかん)吐き気、嘔吐、黄疸(おうだん)などを来し、肝不全(かんふぜん)から死亡に至ることもしばしばです。

原因は何か

 薬物の多くは肝臓で代謝(解毒)されて、胆道あるいは腎臓から排泄されるので、多くの中毒性肝障害は肝臓の代謝能力を上回る量の薬物を服用することで起こります。自殺目的の服薬や、サプリメント、やせ薬、ハーブを含む自然食品が原因になることが知られています。

 一方、アレルギー性肝障害は肝臓で薬物が代謝されたあとに、自分の体内にはない異物と認識されてアレルギー反応が起こり、肝細胞障害が生じることが原因です。アレルギー性肝障害は少量の服用で起こり、以前に服用していて大丈夫であった薬でも、何かのきっかけで突然アレルギー反応を起こすことがあります。

症状の現れ方

 副作用は服用開始後、1~4週以内に起こることが多く、60日以内にそのほとんどが観察されます。薬物性肝障害の大半を占めるアレルギー性肝障害の初期症状には、発熱や皮膚症状(発疹、発赤、かゆみ)、黄疸などがあります。

 ウイルス性肝炎でもこれらの症状を認める場合があり、症状だけから見分けることはできません。初期症状に気づいた時点でただちに服薬を中止することが大切で、中止が遅れると不可逆的な病変や致死的病変を来すことがあります。

 また、自覚症状に乏しいことも多く、血液検査で初めて気がつくこともしばしばです。新しい薬やサプリメント、やせ薬、ハーブを含む自然食品をとり始めた場合には、定期的な肝機能検査を行い、薬物性肝障害の早期発見に努めます。

検査と診断

 血液検査でASTやALTと呼ばれる肝細胞からの逸脱酵素、ALPと呼ばれる胆道系酵素やビリルビンの値が高値を示すことがしばしばです。しかし、時にはこれらの異常を来すことのない肝障害もあります。アセチルサリチル酸バルプロ酸による肝障害がこれにあたります。

 偶然の再投与により肝障害が再び起こった時には、その薬物が原因であるということが確実に診断できます。しかし、最初の服用の場合、診断の多くは除外診断に基づきます。

 肝障害を発見したら、①ウイルス性やアルコール性肝障害である可能性が低いこと、②薬物性肝障害の可能性の高い薬物(薬やサプリメント、やせ薬、ハーブを含む自然食品)の服用開始後比較的早期であること、③末梢血で白血球の増加を認めたり血液像で6%以上の好酸球の増加を認めることなどを参考に、薬物性肝障害を疑います。

 採血したリンパ球を用いた薬物による刺激試験もありますが、その有用性は高くありません。それは薬物性肝障害の場合、薬物そのものが原因となることはまれで、多くの場合は肝臓で代謝される過程で生じる中間代謝産物が原因となるからで、リンパ球を用いた薬物による刺激試験では、このような中間代謝産物に対するアレルギー反応を検出できないからです。

病気に気づいたらどうする

 漫然と服用を続けると、かつて問題になった「やせ薬」のように、7日間の服用で「肝移植しか治療法がない」といった状況になることもあるので、すみやかに服用を中止するのが原則です。

 なお、抗がん薬や抗不整脈薬のように最初から肝障害が予想されるものについては、薬物の必要性の程度が症例ごとに異なります。「木をみて森を見ず」にならないように、前もって主治医とよく相談して、経時的に副作用の出方とその程度を観察する必要があります。

西原 利治

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

内科学 第10版 「薬物性肝障害」の解説

薬物性肝障害(肝・胆道の疾患)

定義・概念
 薬物投与によって生じる肝細胞障害および肝内胆汁うっ滞と定義される.薬物によって生じる肝疾患(肝腫瘍,脂肪肝など)を総称して薬物起因性肝疾患とよぶこともあるが,近年は上記のように狭義に取り扱うことが多い.
 肝障害のタイプ別には,肝細胞障害型,胆汁うっ滞型および混合型の3つに分類され,便宜的には診断時の血清ALT値とALP値から判定する(表9-9-1).
疫学
 英国やフランスの報告では,年間に10万人あたり2.4~8.1件と推定されているが,わが国のデータは存在しない.
 1997年から2006年の薬物性肝障害1676例の解析(堀池,2008)によると,年齢は50歳代をピークに中高年が多く,薬物投与開始から発症までの期間を図9-9-1に示すが,30日以内が62%で,90日をこえる症例も16%あった.起因薬としては抗生物質,精神科・神経科用剤,健康食品の頻度が高かった(表9-9-2).臨床病型では肝細胞障害型が59%,混合型が19%,胆汁うっ滞型が21%であった.
病因・病態生理
 薬物性肝障害は,成因別には予測可能なものと予測不可能な特異体質によるものに大別される.欧米に多いアセトアミノフェン肝障害に代表されるような予測可能で濃度依存性に肝障害を起こす薬物はむしろ例外的であり,多くは特異体質に基づく予測ができない肝障害である.
 図9-9-2にアセトアミノフェンによる肝細胞障害の機序を示す.アセトアミノフェンは肝で硫酸およびグルクロン酸抱合で解毒されるが,服用量が多くなるとチトクロームP450 2E1により反応性の高いN-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(NAPQI)が生じる.NAPQIはグルタチオン抱合で解毒されるが,グルタチオンが消費され抱合されなくなると,蛋白に共有結合し肝細胞壊死を引き起こす.
 特異体質による肝障害はさらにアレルギー機序によるものと,個体の特異体質のために産生された肝毒性の高い代謝物により肝障害が生じると考えられる代謝性に大別される.アレルギー性肝障害の診断は発熱,発疹,皮膚瘙痒,好酸球増加などのアレルギー所見が得られれば診断の確実性が増加する.これに対して,代謝性の特異体質による肝障害は診断しにくく,特定の個人で生じる特異な代謝物の同定は非常に困難である.
臨床症状
 典型例は,急性肝障害の症状(全身倦怠感や食欲不振など)もしくは肝内胆汁うっ滞(黄疸やかゆみ)を呈するが,症状がなく血液生化学検査値の異常により発見されることも多い.アレルギー性の機序による肝障害では発熱,皮疹がみられる.
検査成績
 血液検査では肝酵素の上昇が特徴で,肝細胞型ではASTおよびALTの上昇が主体で,胆汁うっ滞型ではALPおよびγ-GTPの上昇が主体となる(表9-9-1).両型とも,中等度以上では直接型優位のビリルビン上昇がみられる.アレルギー性の機序による肝障害では好酸球増加がみられ,薬物リンパ球刺激試験も補助診断として有用である(保険未収載).肝細胞障害型で重症化するとプロトロンビン時間が延長する.
診断・鑑別診断
 薬物性肝障害の診断には薬物投与と肝障害の推移との関連と除外診断が重要である.なお,民間薬や健康食品などで肝障害が起こる場合もあり,患者が意識していない場合もあるので忘れずに聴取する.
 除外診断としては,急性ウイルス肝炎,アルコール性肝障害,過栄養性脂肪肝,自己免疫性肝炎,原発性胆汁性肝硬変,胆石症,閉塞性黄疸,ショック肝などがあげられ,これらの疾患を念頭において詳細な病歴聴取と検査とを行う.具体的には,海外渡航歴,なま物の摂取,性交渉(以上,急性ウイルス肝炎),飲酒歴(アルコール性肝障害),体重の急激な変化(脂肪肝や悪性腫瘍による閉塞性黄疸),右季肋部痛(胆石症),黄疸が著明な場合の尿と便の色(閉塞性黄疸,急性肝炎,ほか)を聴取し,IgM HA抗体,HBs抗原(IgM HBc抗体),HCV抗体(HCV-RNA),IgM CMV抗体,IgM EB VCA抗体,IgG,IgM,抗核抗体,抗ミトコンドリア抗体の測定と腹部超音波検査を行う.
 診断基準としては,日本消化器関連学会機構(Digestive Disease Week-Japan; DDW-Japan)-2004のワークショップで提案されたもの(滝川,2005)が現在広く用いられており,厚生労働省や日本肝臓学会のホームページにも掲載されている.これは,表9-9-1に基づいて肝障害のタイプ分類をした後,発症までの期間,経過,危険因子,薬物以外の原因の有無,過去の肝障害の報告,好酸球増加,薬物リンパ球刺激試験,偶然の再投与が行われたときの反応の8項目のスコアを計算し,総スコア5点以上を可能性が高い,3,4点を可能性あり,2点以下を可能性が低いと判定を行うものである.
経過・予後
 多くは無治療で治癒し予後良好であるが,慢性化する症例も数%あり,長期間にわたり胆汁うっ滞が持続する症例もある.一部,劇症化し予後不良となる例が存在する.
治療
 肝細胞障害型ではグリチルリチン注射薬やウルソデオキシコール酸経口投与が行われることが多いが,きちんとしたエビデンスはないのが現状である.胆汁うっ滞型では,ウルソデオキシコール酸,プレドニゾロン,フェノバルビタールが投与される.劇症化例では血漿交換と持続的血液濾過透析を行い,無効の場合は肝移植が唯一の救命法になる.[滝川 一]
■文献
堀池典生,村田洋介,他:薬物性肝障害の実態―全国調査―. 薬物性肝障害の実態(恩地森一監修),pp1-10,中外医学社,東京,2008.
滝川 一, 恩地森一,他:DDW-J 2004ワークショップ薬物性肝障害診断基準の提案. 肝臓, 46: 85-90, 2005.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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