蔗軒日録(読み)しゃけんにちろく

百科事典マイペディア 「蔗軒日録」の意味・わかりやすい解説

蔗軒日録【しゃけんにちろく】

室町時代中期の五山(ござん)僧である季弘大叔(きこうだいしゅく)の日記。〈しょけんにちろく〉ともいう。大叔は京都東福寺住持を務め,日記は晩年を過ごしたの海会(かいえ)寺(現大阪府堺市)で記された。1484年から1486年までの記事が現存し,当時の自治都市としての堺の状況,そこで行われた日明(にちみん)貿易の様子,さらには宗祇(そうぎ)ら文人との交遊などについても記される。→京都五山

蔗軒日録【しょけんにちろく】

蔗軒日録(しゃけんにちろく)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「蔗軒日録」の意味・わかりやすい解説

蔗軒日録
しゃけんにちろく

3巻。禅僧季弘大叔 (別号蔗軒) の日記。文明 16 (1484) ~18年という堺滞在中の短期間の日記だが,応仁の乱後の状況,特に禅林文芸や堺での遣明船帰着に関する記事は豊富である。『大日本古記録』に収録。

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世界大百科事典 第2版 「蔗軒日録」の意味・わかりやすい解説

しゃけんにちろく【蔗軒日録】

〈しょけんにちろく〉とも読む。3巻。室町中期の代表的な五山文学僧であり,東福寺住持であった季弘大叔(きこうだいしゆく)が,晩年を過ごした堺の海会寺(かいえじ)で記した日記。1484‐86年(文明16‐18)の記事が現存する。彼の信仰や日常生活,東福寺を中心とする仏事・行事,応仁の乱後の畠山氏や京都の禅寺・禅僧の動向,堺の町や会合衆(えごうしゆう)・遣明船のようす,連歌師宗祇・琵琶法師城菊ら文人との交遊などが記され,当時の社会状況を語る好史料。

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