落・堕・墜(読み)おちる

精選版 日本国語大辞典 「落・堕・墜」の意味・読み・例文・類語

お・ちる【落・堕・墜】

〘自タ上一〙 お・つ 〘自タ上二〙
[一] 上から下へ、物の位置が急に変わる。
① 重力などで、自然に勢いよく下へ動く。落下する。
※書紀(720)天智三年三月(北野本訓)「星有りて京北(みやこ)に殞(オツ)
② 花、葉などが散る。また、露、涙などがこぼれる。
※万葉(8C後)八・一六一七「秋萩に置きたる露の風吹きて落(おつる)涙はとどめかねつも」
③ 雨、雪などが降る。また、雷が地上の物と放電作用を起こす。
※万葉(8C後)八・一五五一「時待ちて落(おつる)しぐれの雨やみぬ明けむ朝(あした)か山の黄葉(もみ)たむ」
愚管抄(1220)六「九重塔の上に雷をちて」
④ 水が勢いよく流れ下る。また、風が吹きおろす。
※万葉(8C後)一四・三三九二「筑波嶺の岩もとどろに於都流(オツル)水世にもたゆらにわが思はなくに」
※仮名草子・竹斎(1621‐23)下「激しくおつる夜嵐に」
⑤ (おりるさまが急激で落下するように見えることから) 勢いよくおりる。降下する。
※今昔(1120頃か)三「遙に飛て何くとも不知ぬ所に落ぬ」
⑥ 日や月が沈む。没する。
※頼政集(1178‐80頃)上「おちかかる山のはちかき月かげはいつまでともに我みなるべき」
⑦ 光、視線などがあるものに注がれる。
※新古今(1205)冬・六〇七「冬枯の森の朽葉の霜の上に落たる月の影のさむけさ〈藤原清輔〉」
草枕(1906)〈夏目漱石〉八「一座の視線は悉く硯の上に落ちる」
[二] 事物、人などがある所から離れてなくなる。
① ついていたものがとれる。元気などがなくなる。
古事記(712)下・歌謡「宮人の足結(あゆひ)の小鈴淤知(オチ)にきと宮人響(とよ)む里人もゆめ」
② 熱、つきものなどがとれる。病気が治る。
※今鏡(1170)七「おこりごこちわづらひ給ひけるに〈略〉おちたりける布施(ふせ)に馬をひき給へりける」
吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉七「病気は奇麗に落ちるだらうと思ふ」
③ そろっているものの一部が欠ける。入れるはずのものがもれる。
※古事記(712)上・歌謡「うち廻(み)る島の埼々かき廻る磯の崎淤知(オチ)ず若草の妻持たせらめ」
※紫式部日記(1010頃か)寛弘五年一一月二八日「文字二つをちてあやしうことの心たがひてもあるかな」
④ ある場所からひそかに逃げて行く。
※保元(1220頃か)中「北白川をさして落させ給ふ所に」
⑤ ある資格を得ようとして審査や試験などを受けて、それに失敗する。落第する。落選する。また、いっしょに進めないでとり残される。落伍する。
※妹背貝(1889)〈巖谷小波〉冬「此間の試験に落ちたのも全く故意(わざと)ではないんですナ」
[三] 物事の位置、程度が低くなる。
① 地位、品格などが下がる。貧しくみじめになる。おちぶれる。零落する。転落する。
※源氏(1001‐14頃)蓬生「やむごとなきすぢながらもかうまでおつべき宿世(すくせ)ありければにや」
② 仏道を求める心、また道義心などが薄れる。堕落する。
※古今(905‐914)秋上・二二六「名にめでて折れる許ぞをみなへし我おちにきと人にかたるな〈遍昭〉」
③ 物事の勢いが衰える。また、水や潮などがひく。
※今昔(1120頃か)五「水漸く落(おち)て本の河に成ぬ」
④ 数量が減る。
※黄表紙・莫切自根金生木(1785)上「煤(すす)はき時分切落(きりおとし)のごとく、借手の入(いり)はおちけれども」
水平より位置などが下がる。くぼむ。また、地形が傾斜して下に向かう。
※枕(10C終)一二〇「『そこもとは、落ちたる所侍り。あがりたり』など教へゆく」
⑥ 物事がある基準より劣る。
※二人女房(1891‐92)〈尾崎紅葉〉下「妹の方は三割も四割も品が落ちるから」
※吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉一〇「少し御手際が落ちますね」
[四] 物事が終わりの段階に到達する。
精進(しょうじん)などの状態が終わる。精進落ちをする。
※土左(935頃)承平五年一月一四日「かぢとりのきのふ釣りたりし鯛(たひ)に、銭(ぜに)なければ米(よね)をとりかけておちられぬ」
② 問いつめられて自白する。
※今昔(1120頃か)二四「強(あながち)に問ければ、遂に落(おち)て云く」
③ 城や陣地などが、敵に攻め取られる。陥落する。
※白氏文集天永四年点(1113)四「涼州陥(オチ)てよりこのかた四十年」
④ あちこち回って最後に行き着く。落ちつく。
洒落本・浪花色八卦(1757)檜扇卦「酔さましに歩行(ある)きまわって此所へ落るもあり」
⑤ 相手にせまられて承知する。言い寄られて従う。なびく。
※歌謡・隆達節歌謡(1593‐1611)「つれなの振りや、すげなの顔や、あのやうな人がはたと落つる」
⑥ 終わりまで行きつく。特に、けもの、鳥、魚などが死ぬ。人間が死ぬことにもいう。
※石山寺本法華経玄賛平安中期点(950頃)三「諸の有情類の終没ちむ欲るに臨名て死時為ふ」
⑦ 気をうしなう。特に、柔道などで、締められて気絶する。
※初年兵江木の死(1920)〈細田民樹〉三「ここ四十分許り焦熱地獄が展(ひら)けるのである。毎年誰かが『落ちる』ことをよく知ってゐるし」
[五] 人、物事などがある範囲にはまりこむ。また、事がらの所属、結果などがきまる。
① 穴などにはまりこむ。引き込まれる感じのする状態にはまりこむ。比喩的に、しかけたものにかかる。
※書紀(720)欽明二年七月(寛文版訓)「汝等妄に信(う)けて既に人の権(はかりごと)に堕(オチ)き」
※行人(1912‐13)〈夏目漱石〉友達「眠りに落(オ)ちた」
② 判断、話、物事の成り行きなどが、最後にある点にゆきつく。帰着する。
※太平記(14C後)一一「官軍戦ひに負けて、天下久しく武家の権威に落ぬ」
※家(1910‐11)〈島崎藤村〉上「若いもの同志の話は木曾少女(きそをとめ)の美しいことに落ちて行った」
③ 好ましくない状態にはまりこむ。
※地図的観念と絵画的観念(1894)〈正岡子規〉上「唯抽象に過ぐれば理屈に落ちて殺風景となり」
④ ある人の手にはいる。
(イ) 入札などの結果、ある人の所有になる。落手する。落札する。
※蔭凉軒日録‐寛正五年(1464)八月二七日「一百年余之後、今日此物落我乎」
※太政官(1915)〈上司小剣〉五「わしが受けた時分にゃ、六十両でも高いちうたんやが、近年は二百両下で落札(オチ)たことがない」
(ロ) よそから一時的に来た人々によってその土地や場所で金銭が消費される。
※日本拝見‐千歳(1957)〈中野好夫〉「米軍に十億円ほどの金は出ているはずだが、むろんそれがすべて千歳町に落ちるはずはない」
⑤ (多く「心、腹、腑、胸に落ちる」などの形で) なるほどと納得する。わかる。
※浮世草子・風流曲三味線(1706)五「何の証拠もなくて密夫との仰(おほせ)かけられ、ちと愚意に落(オチ)兼候」
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)四「それが此方(このほう)のとんと心(むね)に落(オチ)ぬ所ぢゃ」
⑥ (「口、目に落ちる」の形で) 話のたねになる。また、目にはいる。
※太平記(14C後)二五「楠帯刀左衛門正行に打ち負けて、天下の人口に落ぬる事、生涯の恥辱也」
※草枕(1906)〈夏目漱石〉一一「眼に落つるのは花ばかりである」
⑦ (多く「案におちる」の形で) 考えが一致する。
※源氏(1001‐14頃)藤袴「かく、人のおしはかる案におつることもあらましかば」
⑧ 手形が約束の日で現金になる。
⑨ 収支の決算が正確に合う。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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