色(いろ)(読み)いろ(英語表記)color

翻訳|color

日本大百科全書(ニッポニカ) 「色(いろ)」の意味・わかりやすい解説

色(いろ)
いろ
color
colour

眼(め)に入射する光によって大脳皮質視覚中枢に生じる感覚をいう。人間は光を見ると色を感じる。電磁波のきわめて狭い限られた波長範囲の放射のみが人間に視感覚をもたらす。この波長範囲を可視域とよび、可視域は一般に380~780ナノメートルの波長範囲とされている。可視域における放射を可視光とよぶ。「光」の用語は狭義には可視光をさす。

 視覚系の光に対する入力端は眼球の網膜に分布する視細胞である。しかし、視細胞の働きだけでは色を知覚することができない。視細胞には光に応答する光化学物質が含まれており、視細胞に光が入射すると、入射した光は電気的なパルス密度に変換される。この結果、光が担う物理情報はパルス密度が担う生体情報に変換されて、生体内での伝達が可能になる。生体情報はニューロン・ネットワークによる情報処理過程を経て大脳皮質の視覚中枢に伝達される。視覚中枢ではさらに複雑な情報処理が加えられて知覚反応が生じ、色の感覚がもたらされる()。この知覚反応は視覚中枢で生じるが、色が見えたと感じるのは眼である。この現象を投射とよぶ。

[佐藤雅子]

色覚メカニズム

色の研究はギリシア時代にすでに始まっていた。しかし、色覚メカニズム(色覚が成立する仕組み)の詳細はいまだ完全には解明されていない。近代科学的な色覚理論の出発点は古くはI・ニュートンにまでさかのぼる。色感覚が光に対する生体の知覚反応であるとわかったのは、ニュートンが1666年に行った光分散の実験によってである。

 ニュートンが実験室を暗室にして一方の壁に丸くて小さな穴をあけ、この穴から入射してくる太陽光を反対側の壁に導くと、壁面上に丸くて明るい光斑(こうはん)が現れた。そして、一つの稜線(りょうせん)を水平に保ったプリズムをこの光路に置くと、太陽光がプリズムの屈折作用によって方向を変えたのみならず、前には単に丸く見えていた白色の光班が上下方向に広がって虹のような種々の色が現れた。ニュートンはこの結果に驚いて、「光そのものに色がついているわけではない」と述べたと伝えられている。このようにして現れた光帯をニュートンはスペクトルと命名した。この実験によって、人間は単色光を見ると波長に対応して異なる色を知覚することが明らかになった。色と波長との対応例をに示す。知覚される色と波長との対応は観測者の視覚系の特性および順応状態に依存する。

 ニュートンの光分散の実験から1世紀有余を経て、色覚メカニズムに関する種々の仮説が提唱されるようになった。激しい論戦があり、紆余曲折(うよきょくせつ)を経たが、それらのなかでもっとも重要視されているのがヤング‐ヘルムホルツの三色説とヘリングの反対色説である。現在ではこれらの仮説が肯定的に受け入れられ、両者を概念的に採り入れた色覚モデルが種々提案されている。視細胞の段階で三色説を採り入れ、その直後の情報処理過程で反対色説を採り入れる、いわゆる段階説モデルが主流である。

 ヤング‐ヘルムホルツの三色説は1802年にT・ヤングが提唱した仮説を、その後1894年にH・L・F・ヘルムホルツが定量化して整備したものである。この仮説は互いに独立な三つの色光(たとえば赤、緑、青の色光)の適当な混合で種々の色光が等色できることを根拠とする。三色説は、「人間の視覚系は3種の独立な光応答機構を備えており、それぞれ固有の光応答特性をもつ。眼に光が入射するとこれら三つの機構に刺激が生じ(各機構の刺激は、入射光の分光分布とそれぞれの機構の光応答関数との積の可視域にわたる波長積分で定まる)、それらの刺激の大きさによって色の感覚が定まる」とするものである。三色説は仮説として誕生したが、20世紀なかばを過ぎて、3種の独立な光応答機構の存在が実験的に確かめられており、それらの機構の光受容器として機能する3種の視細胞の分光感度が多くの研究者によって推定されている。

 ヘリングの反対色説は、1878年にE・ヘリングによって提唱された。反対色説は、「人間の視覚系には赤―緑、黄―青、白―黒の各反対色に応答する三つの機構が存在し、すべての色の特性はこれらの機構の応答量の割合で示される」とするものである。この仮説は、「赤と緑の色感覚が共存できないことを示唆する視覚現象が種々認められる。赤と緑を反対色とよぶならば、これと同様の視覚現象が認められることから黄と青も反対色であり、さらに白と黒も反対色である」とのヘリングの考察を出発点とするが、20世紀なかばに、反対色に応答する三つの機構の存在が実験的に確かめられた。

[佐藤雅子]

知覚色

人間が色刺激(眼に入射して色感覚を生じさせる可視放射)を見て知覚する色を知覚色とよぶ。色がどのように見えるか、すなわち「色の見え」は心理的な現象に基づく主観的なもので、種々の要素に複雑に左右される。色の見えは色刺激の分光分布のみならず刺激面の寸法、形状、構成、および背景、さらに観測者の視覚系の特性および順応状態に依存するほか、観測者の色知覚に関連する経験、記憶、連想などの影響を受ける。色の見えのモードは物体色、表面色、開口色、発光色、非発光色、関連色、無関連色などに分類される。

 物体色は物体に属しているように知覚される色であり、表面色は物体表面から光を拡散的に反射または放射しているように知覚される色である。開口色は奥行き方向の空間的定位が特定できないように知覚される色のことで、物体などの知覚や認識とまったくかかわりをもたない。たとえば分光器の望遠鏡をのぞくと視野絞りの内側に一様な色刺激の色を見ることができるが、これが典型的な開口色である。

 発光色は一次光源として光を発している面に属するように知覚される色、または、その光を鏡面反射しているように知覚される色である。これに対し、非発光色は二次光源として光を透過または拡散反射している面に属しているように知覚される色である。また、関連色は、背景または周辺視野を伴って見えている面に属するように知覚される色である。これに対し、無関連色は背景または周辺視野を伴わず、他の色から独立している面に属するように知覚される色である。たとえば、闇夜の空間に一つだけ点灯した信号灯のように、他に比較するものがない色は無関連色である。

 表面色に分類される拡散反射面の色(以下で、単に色という)に関しては、20世紀初めごろより、一定の観測条件の下での色の見えを色知覚の三属性である色相H、明度V、彩度Cに基づいて表示する研究が進められ、色を表示するための色票集が製作された。1929年に20色相に基づくマンセル色票集が、1942年には40色相に基づくマンセル色票集がそれぞれマンセル・カラー・カンパニーから発行された。アメリカ光学会の下部組織である「マンセル色票集の視覚的均等性」を検討するための小委員会がこれらの色票集を詳細に検討して改良を加え、この改良された色票集の測色データ(補助イルミナントCを照明光とする心理物理色によるデータ。心理物理色については後記する)を基礎として1943年にマンセル表色系が確立された。

 マンセル表色系では三属性をH VCの形式で組み合わせたマンセル記号を用いて色を表示する。この表色系は1958年に、色を三属性で表示する標準システムとして日本工業規格で採用され、「JIS Z 8721:1958 三属性による色の表示方法」が制定された。その後、1964年、1977年、1993年に改正されており、現行規格は「JIS Z 8721:1993 色の表示方法――三属性による表示」である。現在、日本規格協会から発行されているJIS標準色票はこの現行規格に準拠する色票集であり、マンセル表示に対応する色票を三属性に基づいて系統的に配置する方法で編集されている。

 補助イルミナントC(以前は標準の光Cとよばれていた。日本工業規格「JIS Z 8720:2000 測色用標準イルミナント(標準の光)及び標準光源」参照)の下で、試料の色をJIS標準色票と見比べることにより、その色のマンセル表示を定めることができる。たとえば、5GY 4/4は木の葉の緑をマンセル記号で表示した例である。色の見えの一致する色票が見いだせない場合は、補間または補外の方法によって定める。JIS標準色票を用いてマンセル表示を定める方法の詳細はこの色票集に付属する解説に記載されている。

[佐藤雅子]

心理物理色

色を科学・技術の対象とするには客観的かつ定量的な色の表示が必須である。CIE表色系はこのような表示を厳密に実現できる三色表色系の国際標準である。観測面が眼に対して張る角に対応して、XYZ表色系(CIE標準表色系)およびX10Y10Z10表色系(CIE補助標準表色系)が定義されている。これらはいずれも学術分野のみならず産業界においても国際的に広く用いられている。ここで三色表色系とは、厳密に定義された三つの原刺激(いわゆる光の三原色に相当する)に基づく三つの値を用いて色を表示する表色系をさす。

 三色表色系において三つの原刺激ならびに観測条件を厳密に規定することにより、試料色刺激に対応する再現可能な三つの値を定義することができる。この三つの値を三刺激値とよび、三刺激値で表示される色を心理物理色とよぶ。

 XYZ表色系では三刺激値(X, Y, Z)、あるいは三刺激値Y色度座標xyとを組み合わせた(Y, x, y)を用いて色を表示する。ここで、xX/(XYZ), yY/(XYZ), zZ/(XYZ)の関係があることから、前者と後者は等価な表示である。

 試料の三刺激値は分光測色法に基づき、試料色刺激の分光分布から計算によって定める。三刺激値を定める方法は日本工業規格「JIS Z 8701:1999 色の表示方法――XYZ表色系及びX10Y10Z10表色系」において厳密に規定されている。なお、拡散反射面の三刺激値は試料の分光反射特性のほか、照明光の分光特性にも依存する。照明光を異なる分光分布のものに変えると同一試料の三刺激値が変化し、色の見えも変わる。

 前記の日本工業規格「JIS Z 8721:1993」において、たとえば、三属性による表示5GY 4/4(木の葉の緑)に対応する心理物理色は(Yc=11.70, x=0.3538, y=0.4284)と定義されている。この値は三刺激値(Xc=9.66, Yc=11.70, Zc=5.95)と等価である。ここで、(Xc, Yc, Zc)は補助イルミナントCの下での三刺激値を表す。また、拡散反射面の色度座標(x, y)には照明光の種類を表す添え字cをつけないことになっている。

 前記の例は、分光測色計算において補助イルミナントCを照明光として得られる三刺激値が(Xc=9.66, Yc=11.70, Zc=5.95)に等しい値をもつ拡散反射面であれば、その反射面がどのような分光反射特性をもつものであっても、補助イルミナントCの下では、JIS標準色票においてマンセル記号5GY 4/4で表示されている色票と同じ色に見えることを意味する。ただし、色の比較に用いる照明光が補助イルミナントCと異なるなど、観察条件が「JIS Z 8721:1993」の規定に適合しない場合は、両者が同じ色に見える保証はない。

 補助イルミナントCの下での拡散反射面の三刺激値(心理物理色表示)に対応するマンセル表示(三属性表示)は、「JIS Z 8721:1993」に付属する「参考1 標準の光C照明下における色の表示方法の定め方」などに従って定めることができる。

[佐藤雅子]

諸民族と色

民族による色名の差異

可視光に対する人間の視覚能力に人種差はないとされているが、本来連続体である色をどの部分でいくつにくぎるか、つまり色彩語彙(ごい)体系は文化によって異なる。たとえば日本では虹(にじ)は7色であるが、英語ではpurple、bluegreen、yellow、orangeredの6色であり、メキシコのマヤ人では黒、白、赤、黄、アオ(青と緑)の5色、あるいは赤、黄、アオの3色である。これは日本人とイギリス人とマヤ人に色の識別能力に差があるのではなく、虹をいくつの色彩語彙で表すかが言語によって異なるということであるにすぎない。またマヤ語では日本語と同じように青と緑を一つの単語で表すが、マヤ人や日本人が青と緑を区別できないのではない。さらに、同じ赤といっても、ある言語で「アカ」が表す範囲と他の言語の「アカ」の範囲が完全に一致するとは限らないのである。

 色は色相(色あい)のほか純度、明度の3要素によって規定されるが、色相より純度と明度を重視する色彩体系もある。たとえば日本の古語における色彩体系について佐竹昭広(あきひろ)は、アカ、アオ、シロ、クロの4語が基本であり、アカは明、クロは暗、シロは顕、アオは漠を表しているとしているという。すなわち、アカ、クロ、シロ、アオは赤、黒、白、青という色相ではなく、明度(アカ=明、クロ=暗)、純度(シロ=顕、アオ=漠)を示している。また、色相、明度、純度の3要素に基づくヨーロッパの色彩分類はかならずしも普遍的ではなく、たとえばフィリピンのハヌノー語では四つの主要色彩語彙は明、暗、湿、乾に関連している。文化、言語によっては物理的条件(色相、明度、純度)によらない色の概念の規定もあるのである。

 しかし、色彩用語は各言語がまったく恣意(しい)的に定めるのだとする色彩体系相対論に対して、最近では、ある色と色の境界線はたとえ言語によって違っていても、各色の焦点はほぼ一致しているとする説や、さらには、あらゆる言語を通じて厳密に11の色彩カテゴリーからなるセットがあり、各言語はそのセットから適宜にいくつかを選ぶのだとする普遍論的な説もある。

[板橋作美]

色のシンボル作用

色はしばしば単に物理的な色彩を表すだけでなく、それぞれの文化のなかで他の何かを表し意味するものとして使われる。日本では、黒は葬式のときに用いられ、死、悪、負けなどを表し、赤は成人式や還暦の祝いのときに用いられ、赤心は真心を意味し、白は結婚式に用いられ、純潔や清浄、無実、勝ちなどを表す。アフリカの農耕民ンデンブ人の社会でも、白、赤、黒は基本的な色として象徴的に用いられている。白は女性の乳、男性の精液の色であり、純潔、善、生命などを表し、黒は死による変化、腐敗の色であり、病気、死、悪などを表す。赤は血液や肉、月経の色であり、これは対比される色との関係によって、よい意味にも悪い意味にも用いられる。白と黒との対比では、白は清浄、正、生、幸を、黒は不浄、不正、死、不幸を意味し、白と赤との対比では、赤は黒と同じように悪い意味に用いられる。メラネシアのトロブリアンド島では、白は美、妊娠、多産、豊穣(ほうじょう)、純潔、高い地位を表し、赤は光、生気、魅力、性愛などを、黒は妖術(ようじゅつ)、姦通(かんつう)、喪、不浄、悪などを意味する。このように色が象徴的意味をもつことは多くの民族でみいだされるが、共通していることは、二つの対立する事柄を色の対によって表現するということである。とくに白と黒はともに異常な色として、他の正常な色(赤、青、黄……)と対比され、非日常性を象徴するものとしてさまざまな宗教儀礼のなかで用いられる。また、三つ以上の色のセットが三つ以上の対立する事柄に用いられることも多く、たとえばバリ島では、白は東、黄は西、赤は南、黒は北、雑色は中央に結び付く。中国ではさらに複雑で、青は東、春、朝と、赤は南、夏、真昼と、白は西、秋、午後と、黒は北、冬、夜と、そして黄は中央と結び付く。

[板橋作美]

色と生物

人間には発達した色覚があるが、それ以外でも多くの動物に、異なる波長の光を区別する能力がある。人間の色覚は、他のいくつかの感覚と同様に、大脳皮質における統合作用の結果として生ずるものである。したがって、人間以外の動物に光の波長の差を検出しうる受容器があるからといって、ただちに人間と同様の色覚があると考えることはできない。しかし、動物が光の波長の差を識別しうるとき、便宜的に、その動物に色覚があるということが多い。

[村上 彰]

脊椎動物の色覚

魚類や鳥類など多くの脊椎動物に色覚がある。脊椎動物の網膜には原則として色覚に関係する錐(すい)状体細胞と桿(かん)状体細胞がある。しかし、夜行性のものには錐状体細胞がほとんど、またはまったくなく、色覚を欠くといわれる。色覚の発達した魚類や鳥類などでは、後に述べるような特定の体色が、同種個体間の視覚的な信号として重要な意味があるものがある。一方、哺乳(ほにゅう)類には昼行性のものでもほとんどに色覚がなく、ヒトを含む霊長類に例外的に色覚が発達するのみである。一般的に色覚がない哺乳類の個体間の信号として、嗅(きゅう)物質によるマーキング(印づけ)が重要な働きをしている。闘牛場で闘牛士が振るケープの赤い色は、色覚がある人間に見せるためのものであり、ウシにとって意味があるのは、ケープの色ではなく、その動きであると考えられる。

[村上 彰]

無脊椎動物の色覚

無脊椎動物にも顕著な色覚のあるものが知られている。ミツバチは、単色光について黄(波長650~500ナノメートル)、青緑(500~480ナノメートル)、青(480~400ナノメートル)、紫外色(400~300ナノメートル)の4色を識別し、可視光の範囲は人間のものよりも100ナノメートルほど短波長側にずれている。人間では、可視部スペクトルの両端にあたる赤とすみれ色を混ぜると、新しい色である紫を生じ、スペクトル光をすべてあわせると白色(または灰色)となる。ミツバチを訓練し、どのような色を識別しうるかを調べた結果、可視部スペクトルの両端にあたる黄と紫外色を混合すれば、他の色と区別しうる新しい色「ミツバチ紫」を生じ、紫外色を含めた可視部スペクトル光を混ぜると、さらにどの色ともはっきり区別される「ミツバチ白」ができることが明らかにされた。ミツバチはこのように、人間とは異なる波長域の光を見ているが、その色覚には人間とかなり共通した生理的基盤があることが示唆される。ミツバチのほかにもマルハナバチをはじめハエ、アブ、チョウ、ガなどに色覚のあるものがいる。無脊椎動物においては、脊椎動物の錐状体細胞に相当する形態的に区別される視細胞は発見されていない。しかし、ミツバチの複眼には、緑受容細胞、青受容細胞、紫外受容細胞の3種が、また赤が見えるアゲハチョウでは、それに赤受容細胞と紫受容細胞を加えた、計6種の視細胞があるといわれている。

[村上 彰]

花の色と動物

ミツバチなどの昆虫の可視光域は人間とは異なるため、ミツバチの見る花の色は、人間の見る花の色とは異なっている。一方、花には、風によって花粉が運ばれて受粉する風媒花、昆虫による虫媒花、鳥による鳥媒花がある。風媒花は目だたず香りもない。虫媒花は種に特有のよく目だつ色によって虫を引き付け、受粉を成功させている。虫が花に引き付けられるのは、その色のためであることは、青い花を訪れるツリアブが、その傍らに置いた青い紙も同様に訪れることを示した実験などにより容易に示される。虫媒花の色は、受粉を媒介する昆虫の色覚にあった色をしているはずであり、可視光から長波長側にずれている赤色の花はほとんどない。しかし、ヒナゲシなどには虫媒花でありながら赤色をしたものがある。ミツバチも盛んにこの花を訪れる。けれども、傍らに置いた赤い紙は無視される。種々のフィルターを用いて写真を撮ることにより、この花が紫外光を強く反射していることが示された。ミツバチは、人間に見える赤とは異なる色、紫外光を見てこの花に飛んでくるのである。さらに、人間の目にはほとんど同じような黄色に見えるエゾスズシロ、セイヨウアブラナ、カラシの花の色をミツバチは区別することができるが、紫外光による写真撮影をすると、これらの花が紫外光をそれぞれ異なる割合で反射していることが示される。つまり、ミツバチにとってこれらは異なる色調がある「ミツバチ紫」の花に見えていることになる。

 虫媒花には蜜標(みつひょう)honey-guideとよばれる蜜の所在を示す特徴的な模様のあるものがあり、花を訪れる昆虫は、ハニー・ガイドの名のとおりこの模様が示す中心に導かれることが、花のモデルを使った実験によって明らかにされている。紫外光による写真撮影の結果、人間の目には何も見えなかった蜜標が、多くの花にあることが明らかになった。花の色に誘われてきたミツバチは、さらにその花の香りによって止まる行動が促される。逆に、あるチョウでは、花の色に誘引される行動が、花の香りによって解発(かいはつ)(動物が、同じ仲間どうしがもつ特性によって特定の行動を誘発されること)される。ミツバチなどが蜜のある花を探しているときには、ミツバチはある特定の花の色を探索している。多くの花の色のなかからミツバチは特定の花の色のみを選び、その花を訪れて能率的に蜜を集めるが、また、花のほうでは花粉を同種の花に運んでもらって受粉の目的を果たす。花粉を運ぶミツバチが次々に異なる種の花を訪れても、正常な受精は成立しない。ミツバチを誘引する花の色は、植物からミツバチに送られる信号の役割を果たしている。一方、ハチドリやタイヨウチョウのような鳥によって花粉が運ばれる鳥媒花では、紫外色を含まない真の赤い花が多く、青い花は少ないが、これは鳥類の目が赤によく反応する事実とよく対応している。

[村上 彰]

動物の体色

一方、動物の色に目を向けると、一般的に、色覚の発達した種では、体色が、同種間の異なる個体間の情報の伝達手段、つまり一種のことばとして働いている場合が多い。体色は、大きく隠蔽(いんぺい)色と標識色とに分けられる。隠蔽色とは、体色が背景の色や模様の間に溶け込んでしまうようなものをいい、保護色が含まれる。一方、標識色は体色が周囲から浮き出て見えるものをいい、警戒色、認識色、威嚇色などが含まれる。トゲウオの雄は繁殖期になると背が青白色、腹が赤色の婚姻色を示す。これは認識色の一種で、腹の赤色は雄に対しては攻撃を誘発し、雌に対しては産卵に至る一連の行動を引き起こすための鍵(かぎ)刺激として重要な役割を果たしている。また、セグロカモメの雛(ひな)は、親の嘴(くちばし)の先にある赤い模様に反応してこれをつつき、餌(えさ)をねだる。雛のつつく行動をおこさせる要因としては、親の頭などは必要とせず、嘴の赤い色にもっとも重要な意味がある。これらの例のように、色が種々の行動を解発する要因(リリーサー)として働いている場合が数多く知られている。

 軟体動物頭足類のコウイカの雄は、生殖期に他の個体と出会うと、体全体にはっきりとした縞(しま)模様を誇示する。もし相手が雄であると雄どうしの闘いが始まる。頭足類には、中心の色素細胞(イカでは茶、赤、黄がある)の周辺に放射状の細い筋繊維がついた独特の色素胞器官があり、数分の1秒以内に体色を変化させることができる。タコはこれによって体色を巧妙に背地の色にあった色(隠蔽色)に変えて身を隠す。タコの色素胞には、褐色、黄の2色がある。しかし奇妙なことに、行動の研究からも、網膜電図をとった実験からも、タコに色覚があることを示す確かな証拠は得られていない。隠蔽色発現の機構には、少なくとも一部分は、通常の色素胞器官の下層にある虹(こう)色素胞、白色素胞による受動的な光の反射が関係していることが示唆されている。そうであれば、タコは自らが識別しえない色調に体色を変えていることになる。

 魚類などの体色変化は、複雑な形をした色素胞の中にある色素顆粒(かりゅう)が、中心に集まったり(凝集)、周辺に移動したり(拡散)しておこる。このように色素胞の生理的応答による体色変化を生理的体色変化とよぶ。体色変化にはこのほかに、色素または色素胞の増減による形態的体色変化がある。

[村上 彰]

『藤井良三著『色素細胞』(1976・東京大学出版会)』『フォン・フリッシュ著、木下治雄監訳『ミツバチとの対話』(1979・東京図書)』『江森康文他編『色――その科学と文化』(1979・朝倉書店)』『市川宏編集・企画『眼科MOOK16 色覚異常』(1982・金原出版)』『日高敏隆著『動物の体色』(1983・東京大学出版会)』『日本色彩学会編『色彩科学事典』(1991・朝倉書店)』『池田光男・芦沢昌子著『どうして色は見えるのか――色彩の科学と色覚』(1992・平凡社)』『ジュール・ダビドフ著、金子隆芳訳『色彩の認知新論』(1993・マグロウヒル出版)』『『JIS Z 8721:1993 色の表示方法――三属性による表示』(1993・日本規格協会)』『金子隆芳著『色の科学――その心理と生理と物理』(1995・朝倉書店)』『日本色彩学会編『新編色彩科学ハンドブック』第2版(1998・東京大学出版会)』『飛田満彦著『色彩科学――色素の色と化学構造』(1998・丸善)』『内川恵二著『色覚のメカニズム――色を見る仕組み』(1998・朝倉書店)』『中原勝儼著『色の科学』改訂版(1999・培風館)』『『JIS Z 8701:1999 色の表示方法――XYZ表色系及びX10Y10Z10表色系』(1999・日本規格協会)』『『JIS Z 8720:2000 測色用標準イルミナント(標準の光)及び標準光源』(2000・日本規格協会)』『日本比較生理生化学会・寺北明久・蟻川謙太郎編『見える光、見えない光――動物の多様な生き方1動物と光のかかわり』(2009・共立出版)』『金子隆芳著『色彩の科学』(岩波新書)』


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