自由電子(読み)じゆうでんし(英語表記)free electron

精選版 日本国語大辞典 「自由電子」の意味・読み・例文・類語

じゆう‐でんし ジイウ‥【自由電子】

〘名〙 真空または物質中を、電界、磁界、万有引力などによる束縛を受けないで、自由に動きまわる電子。電気抵抗などに大きな影響をあたえる。⇔束縛電子。〔原子の構造(1924)〕

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デジタル大辞泉 「自由電子」の意味・読み・例文・類語

じゆう‐でんし〔ジイウ‐〕【自由電子】

真空中や金属内部を自由に動いて、電気や熱の伝導役をする電子

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改訂新版 世界大百科事典 「自由電子」の意味・わかりやすい解説

自由電子 (じゆうでんし)
free electron

真空中,または物質の内部を自由に運動している電子。とくに金属の伝導電子を自由電子と呼ぶことが多い。自由電子に対して,原子や分子などの中に束縛されて自由に運動できない電子は束縛電子bound electronと呼ばれる。物質中の自由電子の概念は,20世紀の初め,ドイツのドルーデPaul Karl Ludwig Drude(1863-1906)とH.A.ローレンツが,金属の価電子が自由電子のガスとして存在すると考えると,金属の電気伝導熱伝導,光学的性質などをおおよそ説明できることを示したのが最初である。このような考え方を古典自由電子模型と呼んでいるが,この成功の一つは,金属の電気伝導度と熱伝導度との比は同一温度では金属の種類によらず同一の値をもつというウィーデマン=フランツの法則を説明できたことである。しかし,自由電子の古典的なガスの模型では,金属の比熱や常磁性帯磁率などについては実験と矛盾し,またなぜ電子が格子間隔の数百倍の距離を,あたかも真空中にあるのと同じように自由に運動できるかということも説明できない。現在では量子力学に基づくバンド理論によって,金属の自由電子模型の基礎づけがなされている。

 金属の価電子がなぜ自由電子としてふるまうかは,次のようにして理解できる。金属の原子が凝集して固体になるとき,原子の最外殻軌道にあった価電子は,もはや個々の原子には束縛されず,固体の内部を自由に動きまわるようになる。それは固体内では価電子は,複数のイオンからの同程度に強いポテンシャルを受けるようになるからである。金属の凝集力は実はこうした価電子の自由な運動によって生ずるのである。

 バンド理論によれば,価電子は外場に対して有効質量mをもった自由電子としてふるまい,周期的な格子によっては散乱されない。すなわち,結晶中における電子の波数ベクトルをkエネルギーバンドの分散を,

 ε(k)≃ε0+ℏ2k2/2m

とすれば(ただしε0はバンド端のエネルギー,ℏはプランク定数hを2πで割ったもの),電子の速度vは,によって与えられる。電場E,磁場Hがあるときのvの時間変化(=dv/dt)は,真空中の自由電子と同様の運動方程式に従う(eは電気素量)。

 有効質量mは比熱や光の反射,吸収などの実験から,その値を求めることができる。それによるとアルカリ金属アルミニウムマグネシウムのような単純金属では,mの値は真空中での電子質量mとそれほど違わない。mmの相違は,価電子とイオンとの相互作用によって生ずるのであるが,こうした金属においては,相互作用の実質的な大きさが小さくなっているのである。その理由は価電子の波動関数内殻電子のそれとが,パウリの原理によって直交していなければならず,そのための見かけの斥力がイオンの近くで生じ,クーロン引力を相殺するからである。

 強磁場における帯磁率や電気伝導度の振動を解析して,金属のフェルミ面の構造を実験的に知ることができる。それによるとアルカリ金属のフェルミ面は,自由電子で期待される球面に近い。またアルミニウムやマグネシウムのような多価金属のフェルミ面は複数個存在するが,それらはおおよそ自由電子に対する球面のフェルミ面の断片をつなぎ合わせた形をしている。この事実もまた,こうした金属で自由電子模型がよく成り立つことを示している。
バンド構造
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百科事典マイペディア 「自由電子」の意味・わかりやすい解説

自由電子【じゆうでんし】

原子内に束縛されず自由に運動する電子熱陰極から放出される熱電子,光電効果により生ずる光電子,プラズマ中の遊離電子等も含まれるが,普通は金属内部に存在する自由電子をさすことが多い。金属結晶内では価電子が原子を離れて自由電子となり,残部の正イオンとの間に金属結合を生じ,また正イオンの間を気体分子のように自由に運動して電気伝導,熱伝導等に関与すると考えられる。しかし現在ではこの金属の自由電子模型は量子力学に基づいてさらに精密化され,固体内電子のエネルギー帯半導体),電子と格子振動との相互作用等から金属の諸性質をほぼ完全に説明できるようになった。
→関連項目キャリア電気伝導導体

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化学辞典 第2版 「自由電子」の解説

自由電子
ジユウデンシ
free electron

真空中や物質中を自由に動きまわる電子.物質を構成している分子のなかの電子はクーロン場によって束縛され,一定のエネルギー状態にある.このような束縛された電子に対し,自由度の高い電子を自由電子と名づけている.金属の電気的性質を説明するために,H. Lorentzが金属中の電子は気体分子のように自由に飛びまわると仮定して取り扱う方法を提案し,量子力学によって多くの性質を説明することに成功して以来,このようなモデルを自由電子模型という.また,液体に放射線を照射したような場合,イオン化によって飛び出た電子が,そのとき同時に発生した正イオンのクーロン場から逃がれて液体中を動きまわるときも自由電子という.液体が水であるときは,自由電子は 10-12 s 程度で減速し,水分子によって囲まれて水和電子となる.水和電子は 10-3 s 程度の寿命で水素原子と水酸化物イオンになる.液体が炭化水素のときは,不純物として存在する酸素分子やほかの正イオンに捕そくされるまで自由に液体中を動きまわる.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「自由電子」の意味・わかりやすい解説

自由電子
じゆうでんし
free electron

一様な電場磁場以外の力を受けずに運動する電子。特に金属中の伝導電子はイオンからの力と他の電子からの力がほぼ打消し合っているため,原子の近くに束縛されず,動きやすい自由電子と考えられる場合が多い。これによって金属の電気伝導熱伝導のよいことが定性的に説明できる。導体の電気的性質を考えるときに有効な方法なので,これを導体の自由電子モデルという。実際の電子はイオンの周期的ポテンシャルを受けているため,エネルギー帯をつくり,ある運動量でエネルギーは不連続になっている。電子はフェルミ統計に従い,このエネルギー帯の下から順番に軌道を占める。金属では,電子はあるエネルギー帯の中途まで詰っていて普通の温度ではこの最高のエネルギー付近の電子だけが自由に動くため,自由電子の近似がよく成り立っていると考えられる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「自由電子」の意味・わかりやすい解説

自由電子
じゆうでんし
free electron

金属の中で、自由に動き回る電子の総称。原子の中の電子は内殻電子と外殻電子とに区分されるが、一般に化学結合にあっては外殻電子が関与する。共有結合にあっては外殻電子のいくつかが電子雲の重なりをもち、イオン結合にあっては、一方の原子から他の原子へ電子を供与して、電子対をつくる。しかし、金属の場合は、特定の外殻電子が特定の原子から移動したり、対をつくることがなく、原子核の間に電子が漂っているように分布している。これを自由電子という。このため、金属に電場をかけると電流が検知される。金属の電導性、熱伝導性、展性、延性などは、自由電子模型によって説明される。

[下沢 隆]

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世界大百科事典(旧版)内の自由電子の言及

【化学結合】より

…イオン結合と共有結合については次節で述べるので,そのほかの結合について簡単に触れておく。 まず金属結合は金属内の金属元素イオンを相互に結びつけている結合で,金属内をほぼ自由に動く自由電子(最外殻電子に由来する)とイオンとの静電的な引力が主要な凝集力と考えられる。金属の特性,たとえば金属光沢,熱伝導率が良いこと,電気伝導度が大きいこと,熱容量やエントロピーが大きいことなどは,この自由電子の存在に起因している。…

【固体】より

…このようなしくみの結合を金属結合といい,金属物質はこの結合によってつくられる。金属ではこの動きやすい電子(自由電子と呼ぶ)のために,電気や熱がよく伝わり,光に対して金属光沢を示す。 このほか,結晶をつくる結合には,分子間力による結合と水素結合がある。…

※「自由電子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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