臨床推論過程の研究

内科学 第10版 「臨床推論過程の研究」の解説

臨床推論過程の研究(患者へのアプローチの基本)

 臨床推論の過程について,これまでの研究からいくつかの知見が得られている.2006年にはそれらの集大成ともいえる総説が,New England Journal of Medicineに掲載された.その中では臨床推論の過程の鍵となる要素が図1-2-2のように示されている.この図が示している過程の構造は,前述仮説演繹法に相当すると考えられる. 注目すべきは,データを集めて(data acquisition)からの過程である.
1)症例のもつ問題を的確に表現する:
症例のもつ問題を的確に表現する(accurate “problem representation”)段階が存在することが明示されている.この段階では,医療面接などから得られた情報を整理し,ある程度抽象化して医学的な分析がしやすい形にいいかえることが初学者とベテランの違いだといわれている.たとえば,「42歳の事務系会社員.朝5時過ぎに背中の右側が痛くて目が覚めた.痛みが続いてよくならないので勤務先近くの病院にかかった.」という現病歴であれば,「中年男性に突然に発症した持続性の右背部痛」などと言いかえをする. この際に,「より的確に意味づけした言葉」(semantic qualifiers)を使うことが鍵になる.semantic qualifiersの特徴は,対比することでその特徴が明示される表現にある.この例であれば,「中年」は「小児」「若年」「高齢」などとの対比が可能で,同様に,「突然」は「徐々に」「急性」「慢性」などと,「持続性」は「間欠性」「発作性」「周期的」などと対比することが可能である.
2)仮説を立てる:
このように対比することにより,症状の特徴が明瞭になり,疾患病態に関する仮説を立てる(generation of hypothesis)ことが容易になる.この例では,たとえば「突然に生じた持続する痛みなので,血行障害や陥頓などの病態かもしれない」と考えることにつながる.
3)疾患の筋書きを見つけ出す:
仮説をたてた後に鑑別診断をいくつかあげる段階に進むが,熟練した臨床医は,単に疾患名を思い浮かべるのではなく,「疾患の筋書き(illness script)」として理解している知識の中から選び出す特徴があるという.この「疾患の筋書き」とは,危険因子や病態生理,そして臨床的特徴などがひとまとまりになった知識であり,そのような形で理解していることが初学者との違いであるとされている. そのような形で鑑別診断をあげた後は,仮説演繹法で前述したように,それを検証するためにさらに情報を集め,problem representation,hypothesis, illness scr­iptの選択を見直す.この作業のサイクルを,後述する「検査閾値」と「治療閾値」を意識しながら繰り返すのである.[大滝純司]
■文献
Bowen JL: Educational strategies to promote clinical diagnostic reasoning. NEJM, 355: 2217-2225, 2006.
Cole SA, Bird J 著,飯島克巳,佐々木将人訳:メディカルインタビュー−三つの機能モデルによるアプローチ 第2版,メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,2003.
中川米造:過誤可能性.医学の不確実性,pp30-31, 日本評論社,東京,1996.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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