膵癌(読み)スイガン

デジタル大辞泉 「膵癌」の意味・読み・例文・類語

すい‐がん【××癌】

膵臓すいぞうにできるがん膵管から発生するものが大半だが、膵臓内に嚢胞のうほうを形成するものやランゲルハンス島から生じるものなどもある。早期発見が難しく、予後不良なことが多い。膵臓癌

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内科学 第10版 「膵癌」の解説

膵癌(膵疾患)

概念
 膵癌は原発性に膵に発生する上皮性悪性腫瘍のうち,外分泌系の腫瘍に属するものである.60歳代に最も高頻度にみられる.男女比は1.6:1と男性にやや多い傾向がある.臓器別にみた悪性新生物による死因では男性で5番目,女性で6番目となる.近年増加の傾向にあり,年間約23000人に発症する. 原因は明らかではないが,外部環境因子としては喫煙,食習慣,飲酒などが,内部環境因子としては家族歴,糖尿病,慢性膵炎,膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)などが注目されている.
病態生理
 癌が主膵管を閉塞すると膵液のうっ滞が生じる.膵頭部癌では胆管閉塞による閉塞性黄疸や膵管閉塞による膵液のうっ滞が出現する.膵液・胆汁のうっ滞は上腹部の痛みや不快感,重苦感など愁訴の原因となる.また胆汁・膵液の排出減少は消化吸収障害をきたし,栄養不良や体重減少の原因となる.しばしばLangerhans島の機能が障害され耐糖能異常が現れる.急激な糖尿病の発症や増悪もまれではない.膵周囲の臓器,血管,神経叢への浸潤は多彩な症状をもたらす.膵頭神経叢から上腸間膜動脈神経叢・腹腔動脈幹神経叢への浸潤によって頑固な腰背部痛が出現する.
 血液生化学的には肝機能異常やCEAやCA19-9などの腫瘍マーカーの上昇が重要な所見である(図8-9-16).随伴性の膵炎によって血清アミラーゼ値など膵酵素の上昇がみられることもあるが,癌が進行した場合には主膵管閉塞から閉塞性慢性膵炎となり,むしろ低値となることもある.
診断
 画像診断では,超音波検査はスクリーニングに適している.膵癌は内部低エコーないし不均一な斑状エコーを呈する腫瘤として描出される.腫瘍より上流の胆管や膵管の拡張所見は有用である.MDCT(図8-9-17),ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)(図8-9-18),MRI/MRCPEUS(超音波内視鏡)(図8-9-19)などは存在診断や局所進行度,リンパ節転移の有無などの広がり診断に重要である.MDCTでは低吸収域として描出され,ERCPでは膵管の限局性狭窄,あるいは完全閉塞が典型像となる.確定診断を目的としたERCPによる膵液細胞診や膵管狭窄部・途絶部の擦過細胞診・生検,およびEUS(超音波内視鏡)ガイド下の生検・吸引細胞診も有用である.術中超音波(図8-9-20)などを駆使して癌の広がりを肉眼とともに確認する. 遠隔転移や腹膜播種は胸腹部CTやFDG-PETで診断する.
治療
 治療成績は不良である.根治的治療として手術が行われるが,切除率が約30%と低く,切除された症例でも5年生存率は15~25%程度にとどまる.膵癌から生還できるのは100人のうち数人ということになる.したがって,手術不能と判断された症例は化学放射線療法や化学療法を行う. 手術可能症例では膵癌を局所的に完全にとりきる外科切除が膵癌治療の必要条件であることは現在でも間違いがない.すなわち手術としてはR0の治癒切除,膵癌を局所切離断端にあらわさない,あるいは露出させない手術を目指すことが重要になる. リンパ節の拡大郭清を伴う術式は膵癌の手術成績を向上させる結果にはならず,最近の報告でも膵頭部癌に対する膵頭十二指腸切除術として,拡大手術がよいという結論にはなっていない. 膵癌の進展様式として重要なのは膵後方組織内の神経線維周囲浸潤から引き続き膵頭神経叢第Ⅰ部,第Ⅱ部を経て,上腸間膜動脈神経叢,腹腔動脈神経叢へと横方向に浸潤することである.この神経叢浸潤が膵癌の局所の完全切除にはだかる大きな因子になる.「外科医の膵癌との戦いは神経叢浸潤の戦いである」といっても過言ではない.膵後面を覆うTreitzの癒合筋膜は,右側後面は十二指腸を,左側に向かっては膵頭神経叢第Ⅰ部,第Ⅱ部から上腸間膜動脈神経叢後面にひろがって覆っている.つまり,これらの膜の前面にすべての動脈,神経線維などの重要な組織が存在する.したがって神経叢切除は,膵頭部癌の完全切除のための重要な位置を占める手技である. 膵臓取扱い規約(第6版,日本膵臓学会編,2009)によるステージ分類を表8-9-8に示した.
 切除標本を確認して上皮内癌(図8-9-21)か浸潤癌(図8-9-22)か確認する.膵癌手術の場合,多くは手術後に術後の補助化学療法にまわる.術後補助化学療法でエビデンスのあるものはゲムシタビン療法のみである.切除不能膵癌には局所進行症例と遠隔転移症例がある.遠隔転移を有する膵癌に対しては,化学療法単独が推奨されているが,局所進行切除不能膵癌に対しては化学放射線療法,化学療法単独どちらも推奨されている. わが国では2001年にゲムシタビンの保険適応が承認され,その単独化学療法が標準治療となっている.経口フッ化ピリミジン製剤のS-1やゲムシタビン+エルロチニブ療法なども使われる(図8-9-23). 通常型膵癌の生存率の推移を図8-9-24に示した.
鑑別診断
 自己免疫性膵炎,慢性膵炎,あらゆる膵の腫瘍(膵内分泌腫瘍,漿液性囊胞腺腫,粘液性囊胞腺腫,IPMN(膵管内囊胞粘液性腫瘍))などがある.膵の腫瘍,炎症をみたら膵癌を常に念頭におくことが重要である.
Vater乳頭部腫瘍
 胆管と膵管が十二指腸壁を貫いて開口する部分は,胆管と膵管がOddi筋に囲まれており,この部分を総称してVater 乳頭部という名称がつけられている(図8-9-25).すなわち,Vater 乳頭部は,乳頭部胆管,乳頭部膵管,共通管,Brunnel 腺,乳頭部十二指腸粘膜の総称である.これらの部から発生した腫瘍をVater乳頭部腫瘍という. Vater 乳頭部腫瘍には癌腫,腺腫,カルチノイドなどさまざまな鑑別組織が存在する. 剖検例576例の検索では共通管に異型度の高い上皮が多く,そこが癌の発生母地として最も重要と考えられている(Kimura ら, 1988).
 Vater 乳頭部癌のCT画像を構築して冠状断で示した(図8-9-26).
 癌は腸型と胆膵管型に亜分類され,腸型の方が切除後の予後がいい(図8-9-27). 明らかに良性腫瘍と考えられたものは乳頭切除を行う場合がある(図8-9-28).この場合も完全に局所の切除が重要である(図8-9-29).[木村 理]
■文献
Kimura W: Strategies for the treatment of invasive ductal carcinoma of the pancreas and how to achieve zero mortality for pancreaticoduodenectomy. J Hepatobiliary Pancreat Surg, 15: 270-277, 2008.
Kimura W, Ohtsubo K: Incidence, sites of origin, and immunohistochemical and histochemical characteristics of atypical epithelium and minute carcinoma of the papilla of Vater. Cancer, 61: 1394-1402, 1988.
Kimura W, Futakawa N, et al: Different clinico-pathologic findings in two different histologic types of carcinoma of the papilla of Vater. Jpn J Cancer Res, 85: 161-166, 1994.
膵癌診療ガイドライン改訂委員会:膵癌診療ガイドライン.日本膵臓学会編,金原出版,東京,2009.

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改訂新版 世界大百科事典 「膵癌」の意味・わかりやすい解説

膵癌 (すいがん)
cancer of the pancreas

膵臓癌ともいう。膵臓に発生する悪性腫瘍。膵臓は胃の背側にあり,長さ12~15cm,第1~2腰椎の高さで十二指腸から脾臓まで横たわる。そこで便宜上,十二指腸側を頭部,脾臓側を尾部,その中間を体部と分けている。同じ膵臓内でも癌の発生する部位によって,症状が異なることから,膵頭部癌,膵体尾部癌というように区別することもある。膵癌は大多数が40~70歳にみられ,男女別では男が女の2~3倍と多い。膵癌による死亡は,全癌中,男は第7位,女は第8位(1995)で,年々増加している。

膵頭部では,膵臓が肝臓内で作られた胆汁を導く胆管と接していることから,癌発生当初より胆管が閉塞されて黄疸(閉塞性黄疸)を起こす。膵体尾部癌では,黄疸が出現するのはかなり腫瘍が発育してからのことであり,随伴する膵炎や神経への浸潤などによる上腹部不快感ないしは腹痛~背部痛が初めの症状であることが多い。急に発症する糖尿病も,膵癌の発生を示唆することがあり注意を要する。隣接する腸管へ癌が浸潤すればイレウス(腸閉塞)症状を呈し,腹膜に波及した癌性腹膜炎では腹水がみられる。肝臓への転移例も多い。

閉塞性黄疸で発症した場合には診断は比較的容易である。胆道閉塞により拡張した肝内胆管へ細い針を刺入し,そこから造影剤を注入(経皮経肝胆囊造影法)すれば,胆汁の流れにそって胆管が造影され,閉塞部以下へは進まない。さらに,十二指腸カメラを用いて,胆汁,膵液の出口である十二指腸乳頭部から逆行的に膵管を造影すれば(内視鏡的逆行性胆道膵管造影法),膵癌による膵管の閉塞や狭窄部が判明し,膵臓における癌の発生部位が明らかとなる(胆囊造影)。またCT(コンピューター断層撮影),超音波検査法といった画像診断法によれば,肝内胆管拡張の有無が明らかになるとともに,ある程度腫瘍の大きい例では腫瘍の形状から,腫瘍の尾部膵管の拡張までを映し出すことができる。また膵管内視鏡検査,膵管内超音波検査や超音波検査法を用いた膵生検法などもある。しかし,体尾部癌などで黄疸が出ない場合は,上腹部痛などの症状が発現したときにはすでに外から触ってわかるほど癌が大きくなっている場合が多く,早期発見についてはいまだに困難な場合が多いが,USやMRCPなどを駆使することにより,最近では発見頻度が増加している。

黄疸がある場合になすべき最初の治療は黄疸を軽減すること(減黄術)であり,まず経皮経肝胆道ドレナージ法(PTCD)がなされる。これは,胆道の閉塞部より上流の肝内胆管にやや太いカテーテルを開腹しないで挿入し,胆汁を体外へと導く方法である。こうした減黄術により黄疸が軽快したところで外科的療法が行われるが,手術すべきかどうかについては,肝臓や膵臓への支配血管である腹腔動脈,上腸管膜動脈造影などが参考とされる。手術方法としては,胃・十二指腸から膵頭部までを摘出する膵頭十二指腸切除術,もしくは膵全摘術がなされるが,頭部癌でも膵管内浸潤により尾部まで病変が及ぶことがしばしばあるので,術前の十分な検査が必要である。しかし,こうした診断法の進歩,手術方法の改良により膵癌の術後5年生存率が向上しつつあるとはいえ,まだまだ満足しうるものではない。ことに体尾部癌では悲観的とさえいえる現況である。手術不能例では制癌剤投与や放射線療法が主体となるが,ある程度の延命効果しか期待しえず,高カロリー輸液や対症療法にとどまる。

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百科事典マイペディア 「膵癌」の意味・わかりやすい解説

膵癌【すいがん】

膵臓癌とも。発生部位により頭部・体部・尾部癌に分類される。初期には,食欲不振,全身倦怠(けんたい)感,下痢,嘔吐(おうと)などの胃腸症状が主で,診断は困難。50〜60歳に多く,2/3は総胆管に接する膵頭部癌で,次第に増強する黄疸(おうだん)や発作性の上腹部痛がその末期症状。治療には膵頭部,十二指腸の摘出を必要とする場合が多い。体部・尾部癌では背中に痛みがあり,手術は普通,その部位(体部の場合は尾部も)を切除。開腹して直接膵臓及びその周辺に放射線を照射する術中照射が行われるようになり,5年生存率が高くなっている。→

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「膵癌」の意味・わかりやすい解説

膵癌
すいがん

膵臓癌

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世界大百科事典(旧版)内の膵癌の言及

【膵臓】より

…このようなわけで,膵臓はあまり注目されなかった臓器であり,外国の教科書にもsilent organ(沈黙の臓器)と書かれており,平素は,その存在が気づかれずにいる臓器である。しかし近年,膵臓の病気が注目されてきているが,これは,診断法の進歩によりそれと診断される例が多くなり,また実際に,急性膵炎,慢性膵炎,膵癌など膵臓の病気が増加しているからである。
[位置と形]
 ヒトの膵臓は腹部の深部に位置し,第1,2腰椎の前,胃の後方にあり,腹部の血管系と密接にかかわりあっている腹膜後臓器である。…

※「膵癌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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