腸炎ビブリオ感染症

内科学 第10版 「腸炎ビブリオ感染症」の解説

腸炎ビブリオ感染症(Gram 陰性悍菌感染症)

(9)腸炎ビブリオ感染症(Vibrio parahaemolyticus infection)
定義・概念
 腸炎ビブリオ (Vibrio parahaemolyticus)の感染症で,急性の腸炎症状を呈する.
原因
 腸炎ビブリオは海水中に生息する腸内細菌科のGram陰性桿菌で,3%の食塩濃度で最もよく発育する.至適発育温度は30〜37℃で10℃以下では発育しない.腸炎ビブリオは夏季の海産魚介類の摂取に関連した腸炎の代表的な原因菌である.
疫学・統計的事項
 かつて日本国内で発生する細菌性食中毒の原因菌として,腸炎ビブリオはカンピロバクター属菌やサルモネラ属菌とともに主要な原因菌の1つであった.しかし,最近は食中毒としての発生件数,患者数ともに激減している(厚生労働省).食中毒ではなく腸炎と判断した場合には届け出がなされないため,腸炎ビブリオ感染症の実際の発生数は不明である.菌の発育温度の関係上,患者は6〜9月に多発する傾向がある.さらに,海外で感染した輸入感染症としても患者が発生している.
感染経路
 腸炎ビブリオは経口感染する.菌が付着した海産魚介類の生食で感染することが多い.
病態生理
 経口的に摂取された菌は小腸に達し,腸管粘膜上皮に付着し定着する.その後増殖し,耐熱性溶血毒(thermostable direct hemolysin:TDH)やTDHの類似物質であるTDH-related hemolysin(TRH)などの溶血毒を産生する(本田,2009).これらの溶血毒によって,腸管上皮細胞が傷害され発症するものと推測されている.さらに,これらの溶血毒は心筋障害を起こすこともある.
臨床症状
 海産の生鮮魚介類あるいはその加工品の摂食6〜24時間後に発症する症例が多い.上腹部痛や心窩部痛を主症状とし,悪心,嘔吐下痢発熱がみられる.便の性状は水様のことが多いが,粘液便や血便となることもある.
検査成績
 病院で行われる一般的な血液検査で,本症に特異的な検査所見はない.末梢血液の白血球数や血清CRP
値の増加を認める症例が多い.
診断
 臨床症状から確定診断することは不可能で,患者の便から腸炎ビブリオを検出して診断する.
治療・予後・予防
 当初の症状は激しいが,1〜4日で自然に回復する症例が多い.抗菌薬は必ずしも必要とは限らず,無投薬あるいは乳酸菌製剤や酪酸菌製剤のようないわゆる整腸剤を投与して経過を観察することも行われている.抗菌薬投与が望ましいと判断した場合は,フルオロキノロン系抗菌薬やホスホマイシン,テトラサイクリン系抗菌薬を経口投与する(成人患者への投与例:レボフロキサシン300~500 mg/回,1日1回,3日間経口投与,ミノマイシン100 mg/回,1日2回,3日間経口投与,ホスホマイシン500 mg/回,1日4回,3日間経口投与など).脱水に対し経口的に水分摂取を勧め,経口摂取が不良な例や重症例では経静脈的補液を行う.腹痛に対し,必要があれば鎮痛薬を投与する.
 一般的に予後は良好である.
 ほかへの感染を防止する目的で感染者には手洗い励行を勧め,医療従事者も感染者診療後は手洗いを行う.糞便が付着した可能性のある物体に触れる際には手袋を着用し,手袋を脱いだ後に手洗いを行う.
法的対応
 食中毒と診断した場合には,食品衛生法の規定に従い直ちに(24時間以内に)保健所へ届け出る.[大西健児]
■文献
本田武司:Vibrio parahaemolyticus(腸炎ビブリオ).食品由来感染症と食品微生物(仲西寿男・丸山 務監修),pp207-215, 中央法規,東京
2009.厚生労働省:病因物質別月別食中毒発生状況.
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「腸炎ビブリオ感染症」の解説

腸炎ビブリオ感染症
ちょうえんビブリオかんせんしょう
Vibrio parahaemolyticus infection
(感染症)

どんな感染症か

 腸炎ビブリオは、海水と淡水が混じり合う汽水(きすい)域を中心に、沿岸の海水中に広く棲息(せいそく)する細菌です。主として、腸炎ビブリオで汚染された海産魚介類を生で食べることにより発生する、食中毒タイプの急性胃腸炎です。

 この菌による感染症と食中毒の見分けは困難ですが、食品の汚染が原因と疑われる場合や複数の患者さんが出た場合は食中毒と、感染原因が不明か単発事例の場合は感染症と考えることが多いようです。

 腸炎ビブリオは、3%程度の食塩が増殖に最適なため、好塩(こうえん)(せい))菌といわれています。この性質のため、この菌は海水中に棲息しています。ほとんどのものはヒトには感染しませんが、ごく一部の菌はTDH/TRHと呼ばれる病原因子を産生する能力(病原性をもつ菌の指標となる)をもち、ヒトに病気を引き起こします。

 魚介類の生食を好む日本人の食習慣のためか、日本ではサルモネラ感染症と並んでよく発生する感染症です。

症状の現れ方

 さまざまなタイプの下痢と腹痛が必ず発症します。嘔吐や発熱を伴うこともあります。ほかの腸管感染症に比べ、病初期は重症感が強い傾向があります。

検査と診断

 夏季に、大人が下痢や腹痛を訴え、海産魚介類(とくに生)をおおよそ10~30時間(潜伏期)前に食べていれば、この病気の疑いが濃厚です。

 確定診断には、TCBS寒天培地など、この菌を分離しやすい培地で菌を検出します。分離された菌がTDH/TRHの産生能をもっているかどうかを調べることで病気の原因となる菌かを判定します。

治療の方法

 対症療法が中心ですが、下痢止め薬は用いないほうが無難です。抗生物質は病期を短縮するといわれていますが、十分な根拠はありません。

 多くは数日で自然に快方に向かいます。しかし、まれに死亡例の報告もあるので、十分な注意が必要です。

病気に気づいたらどうする

 医療機関を受診するのが原則です。さしあたり注意することは、脱水症の予防です。この感染症の主要な症状である下痢、発熱、嘔吐は、いずれも体の水分を失うことになるので、市販のスポーツ飲料などで水分の補給を心がけてください。

 また、体力のない人(高齢者や幼児)は、嘔吐物の誤嚥(ごえん)(間違って嘔吐物を気管に吸い込むこと)にも注意してください。疑わしい食べ物をいっしょに食べた人に連絡し、同じような症状がないかどうかを確かめると、食中毒かどうかの診断に役立ちます。

本田 武司

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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