日本大百科全書(ニッポニカ) 「腫瘍」の意味・わかりやすい解説
腫瘍
しゅよう
腫瘍は炎症とともに病理学的に重要な病変とされるばかりでなく、医学的にみても人間の病気は、炎症であるか腫瘍であるかの二つといっても過言ではない。腫瘍の本態についての概念として、現在一般に理解されている点をまとめると次のようになる。すなわち、生体を構成している生理的な組織細胞が種々の原因によって、本来の生物学的特徴あるいは性格を変えて、非可逆的にして自律的な過剰な増殖を示すようになった状態を腫瘍ということができる。ここで非可逆的というのは、原因が除かれても元に戻らないということであり、自律的な増殖とは、生体全体としての規律とか調和とかを無視した腫瘍自体のルールに従った異常な発育を意味している。このような状態になったものが腫瘍であり、これを構成している組織が腫瘍組織、構成している細胞が腫瘍細胞ということになる。逆に腫瘍側からみれば、元の生理的な正常な組織・細胞が腫瘍の母組織・母細胞ということができる。したがって、一般に腫瘍は、その母組織の名前末尾に「腫」(-oma)をつけてよばれている。脂肪組織に発生した腫瘍を脂肪腫lipomaというのがその一例である。
腫瘍の原因は単一なものではなく、多様な因子が組み合わさっていると考えられるが、通常、外因と内因とに分けられる。外因としては、舌癌(ぜつがん)の場合のような機械的刺激、実験的な皮膚癌として有名なコールタールの中に含まれている化学的物質などの化学的刺激、X線、ラジウムなどの物理的刺激、動物の腫瘍の場合のようなウイルスの感染などがあげられており、内因としては、素因(ある病気に対してかかりやすい性状)、遺伝、ホルモン異常などが重視されている。
[渡辺 裕]
腫瘍の形態
腫瘍は多種多様の形態を呈し、いぼ状、茸(たけ)状、ポリープ状、乳頭状、樹枝状、ハナキャベツ状などで、大きさもさまざまであり、一般に臓器の内部に発生すると結節状となることが多い。腫瘍は、血液の含有量、色素、脂肪変性、壊死(えし)の存在などによって多彩な色調を示すこともあるが、腫瘍本来の色は、普通、灰白色である。また腫瘍は、骨腫、軟骨腫などは硬く、脂肪腫、粘液腫などは軟らかいなどのように、種類によって種々の硬さを呈する。なお腫瘍の中に存在する結合組織の量や、壊死、石灰変性などの変化も硬度に影響する。腫瘍をみた医師は、その部位、大きさ、形、数、色調、硬度、さらに周囲組織との癒着などを調べ、その所見を記載し、記録しておかねばならない。以上が腫瘍のいわゆる肉眼的所見であるが、腫瘍を顕微鏡的、すなわち組織学的に観察すると、腫瘍は、腫瘍の主体をなす細胞、つまり腫瘍細胞の集団である実質と、これらの間に存在して腫瘍を支持し、栄養を与える血管、結合組織からなる基質(間質)とから成り立っていることがわかる。
一般に腫瘍細胞は、多少にかかわらず母細胞に類似性をもっている。正常な細胞は種類によって、それぞれの生物学的特徴、つまり形質を有しているが、これらの母細胞が腫瘍細胞に転化すると、その形質がなお維持されていたり、また脱落してしまったり、さらに新しい形質が付加されたりして、母細胞との類似性は、実際には複雑な様相を呈することが多い。しかし、腫瘍細胞が正常の細胞に比較して、細胞質のわりに核が大きくなり、核の染色質も増え、さらに細胞の大きさが不ぞろいとなり、細胞の配列も乱れ、核分裂(剖)像もしばしば認められるようになると、腫瘍細胞は母細胞に類似していないようになる。このような状態を、病理学的に異型性と総称している。この異型性という所見は腫瘍にとって重要な特徴で、異型性が多い、あるいは強いという表現は、腫瘍の性質上、たちが悪い、すなわち悪性腫瘍を意味すると広く認識されている。
[渡辺 裕]
腫瘍の発育と転移
腫瘍は腫瘍細胞の分裂によって増殖、発育するわけであるが、周囲の組織を押し広げ圧排するように発育する拡張性あるいは膨張性発育と、腫瘍細胞が周囲の組織・細胞の間に浸潤しながら発育する浸潤性発育との二つの発育形式が区別されている。また、腫瘍の発育の速さも種類によってまちまちで、数か月でどんどん大きくなるというように、発育速度の迅速なものもあれば、逆に数年たっても大きさがほとんど変わらないというように、発育速度の緩徐なものもある。腫瘍細胞が初めて発生した部位、すなわち原発部位(原発巣)から遠く離れた場所に幾通りかの方法によって運ばれて、そこでまた新たに発育するような広がり方を転移とよび、その場所を原発巣に対して転移巣と表現するが、この転移という現象は腫瘍の生物学的特徴としてもっとも重要なものである。実際に脳に腫瘍を発見した場合でも、それは脳に原発した腫瘍である場合と、肺などの他の部位に原発した腫瘍が、脳に転移巣をつくった場合とがあり、臨床医学的にもこの点は十分注意しなければならない。転移は、転移をおこす方法によって、次のように分類されている。すなわち、リンパの流れを介して転移する「リンパ性転移」、血液・血行を介する「血行性転移」、気管支などの管腔(かんくう)を介する「管内性転移」、上唇の腫瘍がこの部位に触れる下唇に広がる、つまり接触によって移植されたと理解される「接触性(移植性)転移」、さらに、腹腔などの体腔のなかにばらまかれたように広がる「播種(はしゅ)(播種性)転移」である。
腫瘍は、これまで述べてきたような概念のものであるため、生体に自律性をもって寄生しているとの理解も成り立ち、腫瘍を有する個体を宿主あるいは担腫瘍体とよぶこともある。したがって、腫瘍の生体に及ぼす影響は軽視できない。とくに悪性腫瘍が発生すると、個体の皮膚の色つやが悪くなり、食欲減退とともに、栄養障害、貧血、浮腫などの全身状態の悪化をきたし、やがては死に至る悪液質または悪態症とよばれる状況を招来することとなる。
[渡辺 裕]
腫瘍の良悪性
腫瘍は、発生した臓器や個体に著しい影響を及ぼすものを悪性腫瘍、そうでないものを良性腫瘍と分類される慣習があり、腫瘍の良悪性の区別は医学的に重要である。すなわち、悪性腫瘍は良性腫瘍に比べて一般に異型性が強く、浸潤性発育をとることが多く、良性腫瘍はもっぱら拡張性発育を示す。悪性腫瘍は良性腫瘍に比べて発育速度が大きく、転移を呈し、しばしば再発する。良性腫瘍はまったく転移をせず、再発もほとんど認められない。ただし、良性腫瘍でも手術による摘除が不完全であれば容易に再発する。また、悪性腫瘍は悪液質などのように全身状態に影響を与えるが、良性腫瘍ではこのようなことはない。もちろん、良性腫瘍でも、その発生部位が中枢神経などのような生命維持に重要な組織・臓器であるときには、生命にかかわるものとなる。腫瘍はこのように良性腫瘍と悪性腫瘍とに分類されるほかに、発生母組織によって上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍とに大別される習慣があり、この2種類の分類の組合せによって、病理学的には、良性上皮性腫瘍、良性非上皮性腫瘍、悪性上皮性腫瘍、悪性非上皮性腫瘍に分類されている。良性上皮性腫瘍には乳頭腫、腺(せん)腫、嚢(のう)腫があり、良性非上皮性腫瘍には線維腫、脂肪腫、軟骨腫、骨腫、筋腫、血管腫などが含まれ、悪性上皮性腫瘍は癌腫(癌)であり、悪性非上皮性腫瘍は肉腫である。
なお、癌腫は、組織学的に、癌細胞が未分化でどのような正常上皮にも類似が得られない未分化癌または単純癌、癌細胞がある程度分化していて扁平(へんぺい)上皮に類似している扁平上皮癌、腺上皮に類似が求められる腺癌、さらに特異な構造を有し、一定臓器の構造に類似している腎(じん)細胞癌(あるいはグラウィッツGrawitz腫)、ヘパトーマ(肝細胞癌)、悪性絨毛(じゅうもう)上皮腫(絨毛癌)などに分けられる。肉腫も、未分化肉腫あるいは単純肉腫と、一定の非上皮性組織に類似している線維肉腫、脂肪肉腫、軟骨肉腫、骨肉腫、筋肉腫、血管肉腫などに分類されている。以上の分類のほか、リンパ節・脾臓(ひぞう)・骨髄などの造血臓器や、神経組織、および睾丸(こうがん)・卵巣という性腺に発生した腫瘍は、便宜的に特殊腫瘍として特別扱いをする慣習がある。さらに、腫瘍の実質が二つ以上の種類の細胞要素から成り立っているものを一括して混合腫瘍とよび、もっとも複雑なものには奇形腫という名称が与えられている。
[渡辺 裕]