脳低体温療法(読み)のうていたいおんりょうほう

百科事典マイペディア 「脳低体温療法」の意味・わかりやすい解説

脳低体温療法【のうていたいおんりょうほう】

交通事故や脳卒中などで,脳に著しい損傷を受けた患者を蘇生する治療法。低脳温療法ともいう。1991年,日本大学板橋病院・林成之教授のグループが初めて行った。同教授らは,瞳孔(どうこう)が開くなど脳死状態に近い患者75人にこの治療法を実施,うち35人が日常生活ができるまでに回復した。現在では,全国で数十の病院が導入している。 大けがや脳の病気などで急激に脳障害を起こすと,脳が腫れて血液循環が悪くなる。このため,脳温(脳の温度)は体温より1〜3度も上昇して,44度になる場合もある。こうなると神経細胞に障害を起こす物質が出てきて,脳損傷はさらに進んでしまう。 この療法では,タオルでくるんだ患者の身体を,冷水の通るゴムマットなどでおおい,体温を31〜32度に保つ。これによって脳の代謝を抑えて神経細胞の破壊をくいとめ,この間に酸素栄養素を送って回復させる。容体が落ち着いたら,1〜2日かけて体温を徐々に戻していく。 最大の課題は,身体を長時間冷やすために心臓肝臓に負担がかかること。このため免疫力が低下し,感染症にかかりやすい。しかし1996年から林教授らは成長ホルモンの投与によって,感染率を9%に抑えることに成功した。 脳障害を起こした患者への救急医療としては,このほかに,麻酔薬を使って脳の代謝を抑える昏睡(こんすい)療法があるが,この方法では脳死か植物状態になるのを避けられない。また,これまでは瞳孔が開いた状態が蘇生の限界とされていた。こうした意味でも,脳低体温療法は画期的な救命方法として,世界から注目されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「脳低体温療法」の意味・わかりやすい解説

脳低体温療法
のうていたいおんりょうほう

重症の脳障害患者の新しい治療法。患者の体温を32℃ぐらいに下げ、脳の温度もそれに近い状態にし、神経細胞の損傷を抑える。日本大学教授(救急医学)の林成之は1991年から頭のけがや脳卒中で意識を失って間もない人に応用を始め、従来なら救命困難な75人中56人を救命、35人が日常生活に戻るという画期的な成績をあげた。なかには「刺激にほとんど反応なし」という状態で、脳死基準の一部に合致する患者もいた。さらに林は、脳低体温療法後に植物状態になった患者もあきらめず、細胞のはたらきを活発にする機能促進薬と下垂体ホルモンを併用、5人が半年から1年後に植物状態から回復した。また、大阪医大教授(脳外科)の太田富雄らは1999年、風船つきの管で5℃のリンゲル液を脳に送る急速脳冷却法を開発した。温度を下げる時間を約1時間から数分に短縮、温度もより低くできるので、これまでは手遅れになっていた脳外傷や脳卒中患者の救命に役だつという。しかし、アメリカのテキサス大学チームが、頭の怪我で意識不明になった患者を二分し、摂氏(せっし)33℃48時間の低温群と通常治療群の比較を行ったが両者の差はなかったと有力誌に報告するなど、欧米では日本ほどは評価されていない。

[田辺 功]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「脳低体温療法」の意味・わかりやすい解説

脳低体温療法
のうていたいおんりょうほう

外傷や脳卒中などで脳に著しい損傷を受けた患者を冷却し,その間に治療を施す方法。体温を 32~33℃に保つことにより脳の代謝を抑え,神経細胞の破壊を阻止しながら回復をはかる。後遺症の発症が低く抑えられるほか,日常生活が可能なまでに回復する比率も高い。

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