背
せ
動物の胸部と腹部の後面にあたる縦に長い部分で、俗に背中(せなか)、背部(はいぶ)ともよぶ。解剖学上でいう背の部分には脊柱(せきちゅう)が含まれるため、頸椎(けいつい)のある後頸部も背の部分に属するという説もあるが、一般には後頸部は別に項(こう)部(うなじ)とよんでいる。
ヒトの場合、背の表面をみると、中央に縦に走る溝(みぞ)(後正中溝(こう))がある。後正中溝は、脊椎骨の棘(きょく)突起の配列に一致して走る溝で、その深さは個人差に富む。項部の下方では、この溝の位置に沿って突出した部分が認められる。これは第7頸椎の棘突起であるが、容易に皮下に触れることができるため、他の椎骨の順位の同定に役だっている。この突出部と肩の両端の隆起部(肩甲骨の肩峰の先端部)を結ぶ線を、背の上方の境と考えればよい。肩から首すじにかけてのなだらかな縁(へり)は僧帽筋の上縁によるものである。また、背の下方の境は、仙骨の外側縁と骨盤の後壁上縁(左右腸骨の腸骨稜(りょう))を結ぶ線と考えればよい。
背の全面を解剖学的に区分すると、肩甲部、(左・右)肩甲上部、肩甲間部、(左・右)肩甲下部、脊柱部および腰部に区分される。背の皮膚は、全身の皮膚のなかではとくに厚く、汗腺(かんせん)、皮脂腺、毛包も多い。また、背の筋肉は大きいため、外表からも同定するのが容易である。後正中溝の両側の盛り上がりは脊柱起立筋群によるもので、これらの筋群は体の姿勢保持や運動に重要な働きをしている。なお、後正中溝の異常な彎曲(わんきょく)は、脊柱の異常彎曲を示すものとして、診断上たいせつなものである。
脊椎動物の場合、背と中枢神経系(脳脊髄)の発生とは密接な関係にある。胎児(仔(し))の発生のきわめて初期には、外胚葉(がいはいよう)という組織が中枢神経系形成の基になる神経管を形成するが、この際、同時にこの外胚葉から背部の外皮が形成される。動物胚を用いて、実験的に、将来は腹部となるべき部位に、脊髄が発生するはずの組織を移植すると、その移植部分は背へと変化する。
[嶋井和世]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
そ‐む・ける【背】
〘他カ下一〙 そむ・く 〘他カ下二〙 (「背(そ)向ける」の意)
① 物や体などを、後ろの方へ向かせる。反対方向やわきの方へ向かせる。
※源氏(1001‐14頃)帚木「火ほのかに壁にそむけ」
(ロ) 表裏あるものなどについていう。背を向ける。
※仮名草子・恨の介(1609‐17頃)上「遊ばせしその琴を壁にそむけて置かせられ」
(ハ) 人のからだについていう。身をかわす。背をむける。
※大観本謡曲・土蜘蛛(室町末)「枕にありし膝丸を、抜きひらきちゃうと切れば、そむくる所を続けさまに〈略〉薙ぎ伏せつつ」
(ニ) 人の顔や視線などについていう。そらす。
※浄瑠璃・夕霧阿波鳴渡(1712頃)上「逢ひたや見たやと心も急(せ)き、そむけて向ふ客の顔」
② 心を離す。離反する。
※苔の衣(1271頃)二「びんなかりけるとて、うちのうへもそむけ給はば、さてこそ侍らめ」
③ 予想したり意図したりしたことと逆になるようにする。また、人の道や物事の道理に反するようにする。
※咄本・茶の子餠(1774)遺言「あまの邪鬼のやうな子息(むすこ)めゆへ、ゆいごんはそむけていふがよい」
そ【背】
〘名〙 せ。せなか。「そびら(背━)」「
そがい(
背向)」「そとも(
背面)」「そしし(膂宍)」「そむく(背)」など複合して用いることが多い。
※古事記(712)上・
歌謡「辺つ波 曾
(ソ)に脱き棄
(う)て」
はい【背】
〘名〙
① せ。せなか。
※花柳春話(1878‐79)〈織田純一郎訳〉三「背(〈注〉ハイ)を撫し徐ろに問て曰く」 〔孟子‐尽心・上〕
はい‐・する【背】
〘自サ変〙 はい・す 〘自サ変〙 背中を向ける。
後ろ向きになる。また、そむく。
※花柳春話(1878‐79)〈織田純一郎訳〉四〇「起って衆客に背(ハイ)して室隅の榻に凭る」
そ‐ぶ・く【背】
〘自カ四〙 「そむく(背)」の変化した語。
※御伽草子・
岩屋(室町末)「おほせをいかで、そふくべきと申ければ」
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
デジタル大辞泉
「背」の意味・読み・例文・類語
そ【▽背】
せ。せなか。多く、他の語と複合して用いる。「背びら(背)」「背とも(背面)」
「辺つ波―に脱き棄て」〈記・上・歌謡〉
そ‐びら【▽背】
《「背平」の意》せ。せなか。
「其二人に冷かな―を向けた結果に外ならなかった」〈漱石・門〉
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せ【背 dorsum】
背中ともいう。身体の背面のこと。動物がふつうの姿勢でいるときの体の上方の側をいうが,動物によってその姿勢は異なることが多いから,大多数の動物の例によって,形態的には次のように定義される。すなわち消化管に対して脊索動物では脊索・神経管がある側,その他の動物では神経索ではなくて心臓・主血管がある側である。消化管が体の前後軸にそって通っている左右相称性の動物では,一般に背腹の分化がはっきりしている。しかし,海綿動物,腔腸動物,棘皮(きよくひ)動物などの放射形の動物では,前後軸も背腹の区別も認め難く,体軸には口側‐反口側の軸をとるのがふつうである。
出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報