肥猪村(読み)こえいむら

日本歴史地名大系 「肥猪村」の解説

肥猪村
こえいむら

[現在地名]南関町肥猪

肥猪町の南、西は坂上さかのうえ村、東は江栗えぐり(現菊水町)、南は久井原ひさいばる(同上)と接する。東部から北部を豊前街道が通る。正平六年(一三五一)一〇月一八日の三池頼親軍忠状(三池文書)に「肥猪原」がみえ、同一日のせき城攻撃を前に九月二九日、当地一帯に軍勢が参集している。同一八年一月二〇日の玉名東郷久井原四至境注文案(広福寺文書)によれば、広福こうふく(現玉名市)領久井原の四至のうち、西が「こゑいのやまミち」であった。弘治二年(一五五六)一一月一九日に大友氏から斎藤兵部少輔は、小原鑑理との合戦の賞として鑑理の跡「西肥猪弐拾壱町并拾町分」を預け置かれている(「大友義鎮領地預ケ状案」大友家文書録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android