職権濫用罪(読み)しょっけんらんようざい

改訂新版 世界大百科事典 「職権濫用罪」の意味・わかりやすい解説

職権濫用罪 (しょっけんらんようざい)

公務員が職権を濫用する罪をいう。広義では,(1)主として国民に対する犯罪としての職権濫用罪(刑法193~195条),(2)収賄罪(197~197条の5。賄賂罪),(3)その他,公務員による逃走援助罪(101条),公務員による虚偽公文書作成罪(156条。文書偽造罪),等を含む。刑法典は,(1)(2)をあわせて汚職の罪(刑法第25章)として規定している。狭義の職権濫用罪は(1)のみをさすのが通常である。

 (1)はさらに4個の類型に分かれる。(a)公務員がその職権を濫用し,人に義務のないことを行わせ,または,行うべき権利を妨害したときは,2年以下の懲役または禁錮に処せられる(刑法193条。公務員職権濫用罪)。職権濫用とは,公務員が自己の一般的職務権限に属する事項につき,職権行使に名を借りて実質的・具体的に違法,不当な行為を行うことを意味するが,判例によれば,この一般的職務権限は必ずしも法律上の強制力を伴うものであることを要せず,事実上,相手方の行為を強要するに足りるものであればよいとされている。町議会議員が不当な操作により過当な課税を負担納付するに至らしめた場合,裁判官が司法研究の目的に藉口(しやこう)して受刑者の身分帳簿の閲覧を求め,刑務所長をしてこれに応じさせた場合等が本条にあたる。(b)裁判,検察,警察の職務を行い,またはこれを補助する者が,その職権を濫用して人を逮捕または監禁したときは,6ヵ月以上10年以下の懲役または禁錮に処せられる(194条。特別公務員職権濫用罪)。裁判,検察,警察の職務を行う者とは,裁判官,検察官,司法警察員(原則として巡査部長以上)をいい,補助者とは,裁判所書記官,検察事務官,司法巡査等を意味する。(c)刑法194条の行為主体が,その職権を行うにあたり,刑事被告人その他の者に対し暴行・陵虐の行為をしたとき,または,法令により拘禁された者を看守・護送する者が,被拘禁者に対し暴行・陵虐の行為をしたときは,7年以下の懲役または禁錮に処せられる(195条。特別公務員暴行陵虐罪)。判例によれば,陵虐とは陵辱苛虐を意味し,本条の対象とされた事案の多くは,取調べ警察官による猥褻・姦淫の事例である。(d)刑法194条,195条の罪を犯し,よって人を死傷に致した者は傷害罪(204条),傷害致死罪(205条)と比較して,法定刑上限下限ともそれぞれの重いほうに従って処罰される。

 狭義の職権濫用罪については,現行憲法において,公務員は全体の奉仕者である旨が宣言され(憲法15条2項),また公務員による拷問が絶対に禁止された(36条)ことにより,1947年の改正で法定刑が加重されて現在に至っている。しかし,現実には,職権濫用罪による起訴はほとんど行われることがない。刑事訴訟法は,公務員同士によるかばい合いを考慮して,本罪につき起訴独占主義の例外としての準起訴手続を定めているが(刑事訴訟法262~270条),ほとんど所期の機能を果たしていないのが実情である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「職権濫用罪」の意味・わかりやすい解説

職権濫用罪
しょっけんらんようざい

公務員がその職務を行うにあたり、職権を濫用する罪。国家法益に対する罪の一種で、国家の司法・行政作用の適正を害する罪である。実際的には、国家権力の濫用から国民の自由や人権を守るうえで、重要な意義を有する。そこで、日本国憲法、とくに第15条2項や第36条の趣旨を受けて、職権濫用罪の法定刑は全般的に引き上げられるとともに、刑事訴訟法上も、準起訴手続の制度が新設された(262条以下)。

 現行刑法には、職権濫用罪として、公務員職権濫用罪(2年以下の懲役または禁錮、193条)、特別公務員職権濫用罪(6月以上10年以下の懲役または禁錮、194条)、特別公務員暴行陵虐罪(7年以下の懲役または禁錮、195条)のほか、後の2罪については結果的加重犯の規定(196条)がある。公務員職権濫用罪は、公務員が、その職権を濫用し、人に義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害する罪である。特別公務員職権濫用罪とは、裁判・検察・警察の職務を行う者、またはこれらの職務を補助する者が、その職権を濫用して、人を逮捕または監禁する罪である。特別公務員暴行陵虐罪は、裁判・検察・警察の職務を行う者、またはこれらの職務を補助する者が、その職務を行うにあたり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行または陵辱もしくは加虐の行為を行う罪、および、法令によって拘禁された者を看守または護送する者が、被拘禁者に対して暴行または陵辱もしくは加虐の行為を行う罪とからなる。

[名和鐵郎]

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百科事典マイペディア 「職権濫用罪」の意味・わかりやすい解説

職権濫用罪【しょっけんらんようざい】

公務員が職権を濫用する罪(刑法193条以下)。公務員が職権を濫用して人に義務のないことを行わせ,または行うべき権利を妨害する罪(狭義の公務員職権濫用罪,刑は2年以下の懲役・禁錮(きんこ))のほか,裁判・検察・警察関係の公務員が人を不法に逮捕・監禁する罪(特別公務員職権濫用罪,6月以上10年以下の懲役・禁錮),前記の特別公務員や看守等が刑事被告人等を暴行・陵虐する罪(特別公務員暴行陵虐罪,7年以下の懲役・禁錮)がある。公務員による拷問禁止を宣言した新憲法を受けて,刑法改正により刑が重くなった。被害者の泣寝入りをさけるため準起訴手続がある。
→関連項目汚職罪

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「職権濫用罪」の意味・わかりやすい解説

職権濫用罪
しょっけんらんようざい

公務員がその職権を濫用し不法な行為をなすことによって成立する犯罪で,刑法は公務員による強要,権利妨害と裁判,検察,警察の職務を行う特別公務員による逮捕,監禁ならびに暴行陵虐を処罰している。国家作用の適正を害するとともに,個人の身体・自由という法益を侵害する犯罪である。犯人の訴追に関しては準起訴手続が認められている。

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世界大百科事典(旧版)内の職権濫用罪の言及

【汚職罪】より

…刑法の表記現代化以前は〈瀆職(とくしょく)罪〉とよばれた。その職権を濫用して不正を行う職権濫用罪と,その職務に関して不正な利益供与を受ける収賄罪とに分かたれる。職権濫用罪賄賂罪【町野 朔】。…

※「職権濫用罪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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