職業癌(読み)しょくぎょうがん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「職業癌」の意味・わかりやすい解説

職業癌
しょくぎょうがん

職業性疾病のうち発癌を誘発する作業環境にさらされ腫瘍を発症するもの。頻度の高いものは、ベンジジン、β(ベータ)ナフチルアミンにさらされる業務に従事する人に発生する尿路系腫瘍、石綿アスベスト)にさらされる業務に従事する人に発生する肺癌中皮腫クロム酸塩または重クロム酸塩、コークスまたは発生炉ガスを製造する業務に従事する人に発生する肺癌や上気道の癌などである。

 近年では、印刷会社で働く従業員に多発する胆管癌が問題となり、厚生労働省は業務上の疾病すなわち「職業性胆管癌」として認定した。胆管癌は本来50~60歳代の中高年に好発するが、とくに印刷見本を繰り返し試し刷りする20~40歳代の「校正印刷」担当者に多発することから、印刷機のインキ洗浄に使われる揮発性の高い1,2-ジクロロプロパンを、不十分な換気環境のなかで許容濃度を超えて吸い込んだことが原因と疑われる旨報告された。このように職業癌は、発癌を誘発する化学物質に直接接触したり、吸入したりすることで発症することが多い。こうした事業場での化学物質対策や労災請求について、都道府県労働局の窓口で電話相談を受け付けている。

[編集部]

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改訂新版 世界大百科事典 「職業癌」の意味・わかりやすい解説

職業癌 (しょくぎょうがん)
occupational cancer

職業労働に従事して,その作業環境にある発癌要因によって発生する癌を職業癌という。世界で最初に発見され記載された職業癌は,煙突掃除夫のばい(煤)煙による陰囊癌である(イギリスのポットPercival Pott(1775)による)。日本では黒田静,川畑是辰によるガス炉工の肺癌が最初である(1936)。一般の生活での癌は,胃癌をはじめとする消化器癌,子宮癌,乳癌などが多いが,職業癌では皮膚,肺,膀胱など発癌物質が接触,吸入,排出される経路に多い。原因因子にさらされつつ発癌にいたる期間は十数年あるいは数十年に及ぶものが多く,第2次大戦後の産業の発展のなかでの暴露による発癌が近年しだいに目立ちはじめている。発癌因子は直接因子と補助促進因子とに分けられるが,どのような因子が挙げられるか,その評価については国際的に情報が交換され,WHOIARCによって行われている。ヒトに対して発癌性を示すことが強く疑われている因子のうち,日本の労働安全衛生法,特別化学物質障害予防規則などの法律で発癌防止の取締りの対象になっている化学物質は,禁止物質6,許可物質5,特別管理物質15である。物理的因子としては電離放射線が重要である。皮膚癌は,鉱油や石炭熱分解産物取扱い者やX線取扱い者にみられる。肺癌起因物質にはヒ素,タール,ピッチ,クロム塩(とくに3価クロム),ニッケルが,膀胱癌起因物質にはα-,β-ナフチルアミン,ベンジジンがある。近年注目されているのはブレーキライニングや建築用スレート,保温材などの石綿(とくにクロシドライト)による肺癌と胸膜,腹膜の中皮腫である。ILOは〈癌原性物質及び癌原性因子による職業性障害の防止及び管理に関する条約〉(139号)と勧告(147号)を1974年に採択している(日本批准1977)。97年度の日本産業衛生学会の許容濃度等委員会は,人間に対して発癌性のある物質21,おそらく発癌性があると考えられる物質122(このうち証拠がより十分な物質20,証拠が比較的十分でない物質102)をあげている。職業癌は,原因が明確であるという点で完全に予防可能であり,行政・企業の責任で完全な対策を行う必要がある。職業癌による労災補償件数は,91年度80(41),92年度55(38),93年度73(45),94年度79(44),95年度69(35)である(かっこ内は,補償支給決定時にすでに死亡していた者の数で,内数である)。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「職業癌」の意味・わかりやすい解説

職業癌
しょくぎょうがん
occupational cancer

ある職業についている者に多発する癌をいう。かつてロンドンの煙突掃除人に癌が多発したのは医学史上有名であるが,コールタールを扱う工場の労働者,あるいはアスファルトやパラフィン,ナフトールなどを扱う工場でも,癌の発生率の高いことが認められている。そのほか,鉱山労働者の肺癌,放射能取扱者の皮膚癌など,特定の職業と癌の発生の関係が注目されていた。近年,癌が細胞の突然変異によって生じるという仮説をもとにして,発癌因子,特に化学発癌物質に関する分子遺伝学的研究が急速に進歩し,職場環境と発癌との関係についても多くの知見が積上げられてきた。職場環境の諸条件をコントロールし,癌の発生率を抑制することは,今日の課題である。

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世界大百科事典(旧版)内の職業癌の言及

【癌】より

…(1)癌原物質探求の歴史 イギリスの外科医ポットPercival Pott(1714‐88)は1775年に煙突掃除人に陰囊癌が多いこと,それは陰囊が長い間すすにさらされているためではないか,と記載した。これは,環境中に癌原因子が存在することと,職業癌の存在に関する最初の明確な記載であった。これらの観察を基盤にR.フィルヒョーは,大著《細胞病理学》の中で,発癌の刺激説を立てた。…

※「職業癌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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