聴覚領野(読み)ちょうかくりょうや(英語表記)auditory area

最新 心理学事典 「聴覚領野」の解説

ちょうかくりょうや
聴覚領野
auditory area

聴覚情報処理にかかわる脳領域。耳と聴神経auditory nerveから成る末梢聴覚系,脳幹および視床の複数部位から成る皮質下聴覚系,および大脳皮質聴覚野に分けられる。

【末梢聴覚系peripheral auditory system】 末梢聴覚系の基本的な役割は音波sound wave(振動)を電気的な神経信号に変換することである。音波は耳介および外耳道を通過し,鼓膜を振動させる。この振動は,中耳の耳小骨によって効率よく内耳inner earへと伝えられる。内耳には蝸牛cochleaとよばれる約3回転したらせん形の管があり,その内部はリンパ液で満たされている。蝸牛は基底膜basilar membraneによって長軸方向に仕切られている。音が伝播して蝸牛内のリンパ液が振動すると,基底膜の基部(入口側)から頂部(先端側)へと向かう波状の振動(進行波)が生じる。このとき,音の周波数frequencyが高いと基部側が大きく振動するが,低くなるにつれて振動のピークが頂部側へと移っていく。こうして,基底膜はさまざまな周波数に同調した帯域フィルター群として機能し,音に含まれる周波数成分(スペクトル)の抽出に貢献する。

 基底膜上のコルチ器には,先端に硬い毛の生えた有毛細胞hair cellが並んでいる。有毛細胞には2種類あり,らせんの中心側の1列が内有毛細胞,外側の3列が外有毛細胞である。有毛細胞は聴神経とシナプス結合しているが,その大半は内有毛細胞との結合である。基底膜が振動すると,それに応じて有毛細胞の毛が折れ曲がる。その結果,有毛細胞内に電位変化が生じ,神経伝達物質が放出されて,聴神経にスパイク状の活動電位を発生(発火)させる。

 それぞれの聴神経は,接続先の有毛細胞が存在する基底膜における各部位の周波数同調特性を反映して,特定の周波数(特徴周波数)に対して最も感度が高くなる。また,聴神経の発火率(単位時間当たりのスパイク数)は,ある程度の範囲内では,音圧レベルが上昇するとともに増大する。したがって,さまざまな特徴周波数をもつ多数の聴神経の発火率パターンによって,音の周波数スペクトル(どの周波数成分がどの程度の強さで含まれているか)が表現される。

 さらに,音の周波数が約4~5kHz以下の場合,聴神経は基底膜振動の特定位相のときに発火する傾向がある。これを位相固定phase lockingとよぶ。位相固定によって,周波数成分の位相(あるいは波形の詳細なタイミング情報)が表現される。聴神経の周波数同調特性は,基底膜の振動特性を反映して,低周波数領域では鋭く,周波数が高くなるにつれて緩やかになる。また同一周波数では,音圧レベルが低いほど鋭くなる。この非線形性は,外有毛細胞が基底膜の振動に応じて伸び縮みし,ポジティブ・フィードバックによって基底膜の振動を鋭くすることに由来する。

【皮質下聴覚系subcortical auditory system】 皮質下聴覚系では,脳幹と視床の複数部位から成る神経回路によって,音のさまざまな特徴が並列的,階層的に処理されていく。まず,蝸牛の内有毛細胞に発した聴神経は脳幹に入り,蝸牛神経核cochlear nucleus(CN)に投射する。CNでは,基底膜の周波数同調特性を反映して,ニューロンの最適周波数が空間的に順序よく配列されている。これをトノトピーtonotopyとよぶ。トノトピーは,後述の聴覚野(AC)に至るまで,聴覚系の基本的な組織化原理となっている。CNは部位によって機能分化がある。CNの腹側部のニューロンは聴神経に近い比較的単純な応答特性を示すものが多い。一方,CNの背側部のニューロンは,時間的にも周波数的にも,より複雑な応答特性を示す。

 CNの腹側部のニューロンは,上オリーブ複合体superior olivary complex(SOC)に直接的あるいは間接的に投射する。SOCでは左右の耳からの情報が比較され,音源の空間位置に関する手がかり(両耳間の時間差と音圧レベル差)が抽出される。SOCのうち,内側核には低周波数音によく反応するニューロンが多く,両側のCNから聴神経の位相固定の情報が正確に伝えられる。この情報に基づいて両耳間時間差が検出される。一方,SOCの外側核には高周波数音によく反応するニューロンが多く,同側耳への入力によって興奮し,対側耳への入力によって抑制されるので,両耳間レベル差が検出される。

 SOCやCNからの投射は,直接的・間接的に下丘inferior colliculus(IC)に至る。ICには,中心核,外側核など,いくつかの下位領域がある。このうち中心核では,SOCに由来する空間的情報と,CNの背側部に由来する時間的・周波数的な特徴に関する情報とが統合される。中心核のニューロンには,周波数に加えて,両耳間差,振幅変調周波数,周期性など,さまざまな特徴に対する選択性を示すものが見られる。一方,ICの外側核は中心核から聴覚情報を受けるだけでなく,他の経路から体性感覚情報も受ける。外側核は上丘superior colliculus(SC)に投射するとともに,SCからも投射を受ける。SCには視覚,聴覚,体性感覚の空間的な地図が層をなしており,感覚モダリティ間の情報統合に関与している。

 ICからの情報は,視床の内側膝状体medial geniculate body(MGB)に送られる。MGBの下位領域のうち腹側部が聴覚の主経路であり,主にICの中心核からトノトピーを保った投射を受ける。一方,内側部は多感覚性であり,ICの外側核に加えて体性感覚系や視覚系からの投射も受ける。また扁桃体amygdalaとも連絡があり,音と情動を結びつけると考えられる。

【聴覚野auditory cortex(AC)】 聴覚野は,側頭葉の上側頭回superior temporal gyrusにあり,中心領域coreと,それを取り囲む帯状領域belt,傍帯状領域parabeltから成る。中心領域は主にMGBの腹側部から投射を受け,帯状領域と傍帯状領域は主にMGBの腹側部以外の領域から投射を受ける。また,帯状領域は中心領域から,傍帯状領域は帯状領域からも投射を受ける。

 中心領域は,ヒトでは,シルビウス裂の内部,ヘッシェル回Heschl's gyri(ブロードマンの41野,42野)にあり,一次聴覚野primary auditory cortex(A1)を含む複数の下位領域から成る。中心領域では,それぞれの下位領域内にトノトピーがある。また,音の時間的・周波数的な空間的特徴に対して特異的な応答を示すニューロンも各種存在する。しかし,その応答特性は一般に単純ではなく,麻酔の有無,入力の履歴や課題,注意,他の感覚系への入力などによっても変化する。また,聴覚情景分析や知覚的オブジェクトの形成においても重要な役割を果たすと考えられている。

 帯状領域にも多くの下位領域があり,それぞれにトノトピーが見られるが,多くのニューロンは純音よりも時間的・周波数的に複雑な音に対してよく応答する。

 ACの中心領域以降は,機能的に異なる複数の聴覚情報処理経路が存在すると考えられている。音源の空間的位置に関する情報処理には,A1から帯状領域の尾側を経て頭頂葉へ向かう経路(where経路,あるいはdo経路)が関与しているらしい。一方,音源の識別にかかわる情報処理には,A1から帯状領域の吻側,傍帯状領域を経て前頭連合野へ向かう経路(what経路)が関与しているらしい。

【遠心性経路efferent pathway】 聴覚系には,末梢から大脳皮質へという求心性経路に加え,その逆方向の遠心性経路もほぼ全段階に存在する。とくにACとMGBの双方向の連絡は緊密である。また,SOCから両側の蝸牛へはオリーブ蝸牛束olivocochlear bundleが連絡しており,外有毛細胞を介して蝸牛基底膜の振動特性を制御する。これらの遠心性経路は,雑音下の信号検出の促進,選択的注意,学習による可塑性などに関与している可能性がある。 →視覚領野 →側頭連合野 →体性感覚領野
〔柏野 牧夫〕

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