[1] 〘自ア下一(ヤ下一)〙 きこ・ゆ 〘自ヤ下二〙 (動詞「きく(聞)」に、受身・自発の古い
助動詞「ゆ」の付いた「聞かゆ」から。また、「聞く」の自発形とも)
① 音声が耳に入る。聴覚に感じる。
※
古事記(712)下・
歌謡「天
(あま)飛ぶ 鳥も使そ 鶴
(たづ)がねの 岐許延
(キコエ)むときは 我が名問はさね」
※虎明本狂言・不聞座頭(室町末‐近世初)「わごりょはみみがきこゆるといふても、目が見えぬ」
② 聞いて、これこれだと受けとられる。聞いて知られる。
※源氏(1001‐14頃)花宴「いと若うをかしげなる声の、なべての人とはきこえぬ」
※
徒然草(1331頃)七三「口にまかせて言ひ散らすは、やがて浮きたることときこゆ」
③ 意味がわかる。理解できる。納得できる。
※源氏(1001‐14頃)末摘花「御歌もこれよりのはことわりきこえてしたたかにこそあれ」
※仮名草子・
東海道名所記(1659‐61頃)五「土と石との読みかへやうは聞えたれども、山の無き所に、山といふ名をつけたる故は聞えず」
④ 世に広く伝わる。評判される。
※古今(905‐914)
仮名序「ちかき世に、その名きこえたる人は」
※しん女語りぐさ(1965)〈唐木順三〉一「私の父は佐一と申しました。多少は聞えた
琵琶法師でした」
⑤ 嗅覚に感じる。におう。
[2] 〘他ヤ下一〙 きこ・ゆ 〘他ヤ下二〙
[一] 他に対して言うのを、自然にその人の耳にはいるという自発表現で表わしたもの。人に言う。告げる。また、噂する。
※古事記(712)下・歌謡「道の後(しり) 古波陀嬢子を 神の如 岐許延(キコエ)しかども 相枕まく」
[二] (一)から、言う対象を敬う
謙譲語となったもの。一説に自己の「言う」動作を、相手に聞かれるという受身表現から転じたともいう。「お耳に入れる」
気持の、
間接表現から成立した
敬語。
① 直接「言う」場合の、「言う」対象を敬う謙譲語。申しあげる。
※続日本後紀‐嘉祥二年(849)三月庚辰「長歌詞曰〈略〉狭牡鹿(さをしか)の 膝折反し 候(さもらひて) 聞(きこえ)ぞ言(まを)す 何(いか)に以聞睿(きこエ)む」
② 人を介して、また、消息などで間接に「言う」場合の、「言う」対象を敬う謙譲語。
伝言で申しあげる。お便り申しあげる。また、手紙などをさしあげる。
※後撰(951‐953頃)恋二・六九三・詞書「男の〈略〉山ごもりしてなん久しうきこえざりつると言ひ入れたりければ」
③ 自己の思いや願望などを知らせる、また、言いよるなどの意の謙譲語。望みなどを耳にお入れ申しあげる。お願い申しあげる。お望み申しあげる。
※宇津保(970‐999頃)
嵯峨院「暇
(いとま)きこゆれども、をさをさ許し給はずなどあれば」
※源氏(1001‐14頃)若菜上「前斎院をもねんごろにきこえ給ふやうなりしかど」
④ その人の名、また、地位、状態などを、世間の人が…と申しあげるの意で、呼ばれる人を敬う。
(イ) 名前や地位などを…と申しあげる場合。
※伊勢物語(10C前)九八「昔、おほきおほいまうちぎみときこゆるおはしけり」
※源氏(1001‐14頃)桐壺「にほはしさは、たとへん方なくうつくしげなるを、世の人光る君ときこゆ」
(ロ) その人が…と呼ばれるある地位、状態にあるの意で、…と申しあげる場合。
※古今(905‐914)春上・八・詞書「二条の后の、東宮の
御息所ときこえける時」
⑤ (近世文語文で用法が変化し、相手の自己に対する動作に用いて) 聞かせる。聞かせてくれる。
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)汐越の松「金沢の北枝といふもの〈略〉所々の風景過さず思ひつづけて、折節あはれなる作意など聞ゆ」
[三]
補助動詞として用いる。他の動詞に付いて、その動詞の動作の対象を敬う謙譲語。…申しあげる。
※続日本後紀‐嘉祥二年(849)三月庚辰「長歌詞曰〈略〉行(おこな)へる 此(これ)の所為(しわざ)の態を何(いか)にして 陳(の)べ聞江(きこエ)むと」
※竹取(9C末‐10C初)「竹の中より見つけ聞えたりしかど、〈略〉わがたけ立ち並ぶまで養ひ奉りたるわが子を、なに人か迎へきこえん」
[語誌](1)相手の耳に聞こえるように言う婉曲的な表現であるところから、受け手に敬意を払う謙譲語となったが、
院政時代になると急速に衰え、動詞は「申す」に、補助動詞は「参らす」「申す」などに取って代わられ
擬古文に残るだけとなる。
(2)(一)⑤の例としては、従来「今昔‐三〇」の「丁子の香極
(いみじ)く早う聞ゆ」が引用されるが、この「聞ゆ」は、現在では「かがゆ」とよむべきものと考えられている。→
かがゆ