網干(読み)あぼし

日本歴史地名大系 「網干」の解説

網干
あぼし

揖保川と大津茂おおつも川に挟まれた両川の河口部に位置する。地名の由来は魚吹うすき八幡神社の放生会に網を干して祭を行ったので網干祭といわれたことによるという(網干町史)。中世から湊として栄え、近世には余子浜よこはま興浜おきはま新在家しんざいけの三ヵ村は網干三ヵ村と称された。

〔中世〕

文治二年(一一八六)一〇月一日の源頼朝書状(尊経閣文庫蔵)によれば、網干浜は山城神護じんご寺領として文覚が知行しており、同所に対する乱妨は頼朝配下の武士によるものではないので、朝廷方で処罰すべきであると答えている。当地は瀬戸内海航路に開けた湊として、神護寺領福井ふくい庄の年貢運送に必要な倉敷地があったと思われる。兵庫北関入船納帳によれば、文安二年(一四四五)五月一三日・二四日、六月二五日・二九日・三〇日などたびたび網干船籍の船が赤米・小鰯などを積んで兵庫北関(現神戸市兵庫区)に入港している。兵庫北関雑船納帳の同年五月二六日条には「網干アキ舟」がみえる。長享元年(一四八七)と推定される福井庄村名注文(吉川家文書)に福井庄二八ヵ村の一として「あほし村」がみえる。天正四年(一五七六)一月、織田信長は網干での軍勢の乱妨、山林伐採、矢銭・兵粮米の課税を禁じている(「織田信長禁制」網干郷文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「網干」の意味・わかりやすい解説

網干
あぼし

兵庫県南部姫路市の一地区。旧網干町。揖保(いぼ)川の三角州上に発達した町で、古くからの漁村河口港でもある。北部にJR山陽本線網干駅、南部に山陽電鉄山陽網干駅がある。野菜栽培で知られ、塩田もみられたが、明治末期の大日本セルロイド工場(現在のダイセル化学工業)を先駆けに、第二次世界大戦の前後に相次いで近代工場が進出し、木材港も開かれるなど工業地帯変貌(へんぼう)した。盤珪(ばんけい)国師の開いた臨済宗妙心寺派の竜門寺、網干まつりでにぎわう魚吹八幡宮(うすきはちまんぐう)がある。

大槻 守]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「網干」の意味・わかりやすい解説

網干
あぼし

兵庫県南部,姫路市南西部,揖保川河口の三角州上にある工業地区。旧町名。 1946年姫路市に編入。かつて野菜栽培で有名なところであったが,明治末期の化学工場の進出に続き,第2次世界大戦前から戦後にかけて工業化がさらに進んだ。天徳山竜門寺は盤珪禅師ゆかりの名刹

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