統治二論(読み)とうちにろん(英語表記)Two Treatises of Government

改訂新版 世界大百科事典 「統治二論」の意味・わかりやすい解説

統治二論 (とうちにろん)
Two Treatises of Government

17世紀のイギリスを代表する哲学者J.ロックの政治学上の主著。1689年に匿名で刊行された。《市民政府二論》《政治論》などとも訳される。R.フィルマー王権神授説を批判した第1部,契約説に依拠して〈政治的統治の真の起源,範囲,目的〉を論じた第2部からなる。1688年の名誉革命を正当化するために執筆されたと長らく考えられてきたが,現在ではラズレットPeter Raslettらの文献学的考証によってその執筆時期は名誉革命期よりも早く,むしろ1679年から81年にいたる〈王位排斥法案をめぐる危機〉の時代にまでさかのぼる事実が明らかにされている。本書でとくに強調されているのは,政治権力の正統性は人間の同意に由来すること,政治権力の目的は自然権としての所有の保全に限定されること,国民は信託違反権力に対する抵抗権を保持していること,の3点である。政治権力の絶対性を否定してその目的による制限を説くこうした主張のゆえに,本書は政治的自由主義の金字塔として,たとえばアメリカ独立宣言やフランス人権宣言に大きな影響を与えることになった。しかし最近では,本書の巨大な歴史的影響力に注目してその近代的性格や革命的性格を強調する従来傾向に対し,本書の実像を,ロック自身の真意に照らしてより厳密に洗い直すべきであるとの主張がなされている。神学を〈すべての知識を包含したもの〉とみなすロックの視点に着目しながら,本書を神に対する人間の義務を強調するロック独自の神学的思考枠組みの内部で解釈しようとする傾向は,そうした研究状況の中から生み出された最も重要な成果である。
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山川 世界史小辞典 改訂新版 「統治二論」の解説

『統治二論』(とうちにろん)
Two Treatises of Government

ジョン・ロックの主著。イギリス名誉革命直後の1690年刊行。フィルマー絶対主義擁護論批判と市民政府論の2編で構成。後者においてロックは,革命権を肯定,契約による政府の樹立を説き,市民社会の構成原理を明らかにして,名誉革命を理論的に正当化し,のちのフランス啓蒙思想アメリカの独立に影響を与えた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「統治二論」の意味・わかりやすい解説

統治二論
とうちにろん
Two Treatises of Government

イギリスの哲学者ジョン・ロックの政治哲学に関する最も重要な著作。 1690年刊。第1論文では R.フィルマーの王権神授説を論駁し,第2論文ではホッブズの『リバイアサン』などで述べられている統治の絶対主義理論を反駁しながら市民デモクラシーの基礎原理を展開している。名誉革命に理論的支持を与え,のちのアメリカ合衆国憲法,フランスの人権宣言に影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「統治二論」の意味・わかりやすい解説

統治二論
とうちにろん

政治二論

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の統治二論の言及

【基本的人権】より

…イギリス人の権利は市民革命によって人間一般の権利にまでたかめられるが,それには,近世の合理的な自然法論の与えた影響が大きい。とくに近代立憲主義の思想を体系的に示したジョン・ロックの《統治二論》(1690)は重要である。彼によれば,人は自然状態のもとで人間としての生存に不可欠の自然権として固有の所有権propertyを有し,これには生命,自由,財産が含まれるのであるが,自然権をよりよく確保し,社会の安全を維持するために,他人との合意により政治社会すなわち政府を設立する。…

【憲法】より

… なお,フランスだけでなく,より直接にはアメリカへの影響を含めて,イギリスの憲法的経験が普遍的な伝播(でんぱ)力をもつようになったことについては,J.ロックの思想の役割がとりわけ大きかった。その《統治二論》(1689)は,名誉革命の成果を維持し正当化することをみずから標榜して書かれたものであるが,古色蒼然とした中世的立憲主義を援用しながらいわば経験的に形成されていった近代憲法のあり方を,首尾一貫した論理的体系として再構成してみせた。身分的自由から出発するのでなく,人一般に固有な権利(自分自身にプロパーなもの,という意味で,生命,自由,所有を包括するものとしてのproperty)を出発点におき,それを保全する目的で諸個人によってとりむすばれた契約(〈社会契約説〉の項参照),というものを考えることによって政治社会=国家の存立を説明するこの思想は,〈個人〉こそが社会の成立ちの根拠であり目的だと考える近代立憲主義を,最もよく代表していた。…

【権力分立】より


[権力分立思想の系譜]
 権力分立論には,古代ギリシアのヒッポダモスやアリストテレスの混合政体論にさかのぼる背景があるが,近代憲法の権力分立に大きな影響を及ぼしているのは,ロックとモンテスキューの思想である。ロックの《統治二論》(1689)は,生命・自由・所有物に対する固有の権利propertyを保全するために,各人が〈自然状態〉においてもっていた〈自然の権力〉を放棄して〈政治社会〉(〈市民社会〉)をつくりあげるのだという説明を前提とし,〈政治社会〉を形成した人民の意思による意識的な法制定作用として,〈立法〉というものを位置づける。ここでは,立法とは,propertyの保全という目的によって拘束された,しかし,人民の信託にもとづいて権限を与えられた人々の意識的な作用によって創造されるものとして考えられており,そのような立法の観念を中心として,〈政治社会〉の組織原理が想定される。…

【社会契約説】より

…しかし,自然状態―社会契約―社会状態という図式を理論的に確立したのはホッブズであって,彼は自然状態を戦争状態と考え,その無秩序を克服するために絶対無制限の権力が必要であるとして,各人が特定の自然人または合議体を主権者として受けいれることを相互に契約するとき,その間に政治社会すなわち国家が生まれると説いた(《リバイアサン》1651)。これに対して,ロックはまず相互契約によって社会を構成した諸個人が,多数決によって選んだ立法機関に統治を委託すると説き,その目的を私有財産を含む個人の自由権の保障に求めることによって,権力に制限を加えた(《統治二論》1689)。 18世紀に入ると,社会生活の組織化が進み,また社会契約は歴史的事実でないという経験科学的批判が起こったが,その中でJ.J.ルソーはこの図式に新しい内容を与え,この理論の革命的意味を明らかにした。…

※「統治二論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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