[1] 〘名〙
①
ムラサキ科の多年草。各地の山地に生える。根は太く
紫色をし、茎は高さ三〇~五〇センチメートル。全体に剛毛を密布。葉は披針形で厚い。夏、包葉の間に先の五裂した白い小さな漏斗状花が咲く。果実は卵円形で淡褐色に熟す。昔から根は紫色の重要な
染料とされ、また漢方で解熱・解毒剤とし、皮膚病などに用い、特に、紫根と当帰を主薬とした軟膏は火傷、凍傷、ひび、あかぎれに効く。漢名に紫草をあてるが、正しくは別種の名。みなしぐさ。《季・春‐夏》
※
万葉(8C後)一四・三五〇〇「牟良佐伎
(ムラサキ)は根をかもをふる人の児のうら愛
(がな)しけを寝ををへなくに」
※古今(905‐914)雑上「紫のひともと故にむさし野の草はみながらあはれとぞ見る〈よみ人しらず〉」
② 紫草の根で染めた色。赤と青との間色。紫色。また、その色の紙や布。
※万葉(8C後)一二・二九七六「紫(むらさき)の我が下紐の色に出でず恋ひかも痩せむ逢ふよしを無み」
③ 鰯(いわし)をいう、女房詞。
※大上臈御名之事(16C前か)「いはし。
むらさき。おほそとも。きぬかづき共」
④ 女をいう。〔日葡辞書(1603‐04)〕
⑤ (色が紫色であるところから) 醤油(しょうゆ)をいう。
※東京風俗志(1899‐1902)〈平出鏗二郎〉中「特に牛肉店等の如きを通じて、肉を生(なま)、葱を五分(ごぶ)、醤油を紫(ムラサキ)、これに半、味淋を加へたるを割下、香の物を『しんこ』といふ」
⑥ (紫衣(しい)を許されていたところから) 盲人の位、検校(けんぎょう)をいう。
※雑俳・雪の笠(1704)「むらさきは上みぬわしのざとう官」
[2]
[一] (「
江戸紫(えどむらさき)」から) 江戸をいう。
※雑俳・柳多留‐一三(1778)「むらさきと鹿の子をしきる揚屋町」
[二] 紫式部(むらさきしきぶ)をいう。
※雑俳・柳多留‐四(1769)「紫は石のうへにも居た女」
[三] 「源氏物語」をいう。
※雑俳・柳多留‐一三(1778)「紫の中へ出家が一やすみ」
[語誌](1)古代から中世へかけて、(一)②の色調は赤黒くくすんでいた。そのため、のちの明るい紫を江戸紫・京紫などと呼び、古い色調を
古代紫と呼んで区別することがある。
(2)染め方は、椿などの木の灰汁
(あく)を媒染剤とし、紫草の根から紫液を採って染色した。それは「万葉‐三一〇一」で、海石榴市
(つばいち)(=椿市)の歌垣を描くのに「紫は灰さすものそ」と歌い出していることでもわかる。
(3)上代から「衣服令」に、深紫は一位、浅紫は二、三位の当色とされ尊重された。平安時代には、深紫が禁色の一つとされ、高貴な色としての扱いが定着する一方で、浅紫は「ゆるし色」となって広く愛好された。「枕草子‐八八」には「なにもなにもむらさきなるものはめでたくこそあれ」とある。
(4)(一)①の挙例「古今集」の歌の影響で、「紫のゆかり」「草のゆかり」などの表現が生まれた。