日本大百科全書(ニッポニカ) 「米山(旧町名)」の意味・わかりやすい解説
米山(旧町名)
よねやま
宮城県北東部、登米郡(とめぐん)にあった旧町名(米山町(ちょう))。現在は登米市の南部を占める地域。旧米山町は、1957年(昭和32)米山、吉田の2村が合併して町制施行。2005年(平成17)迫(はさま)、登米(とよま)、東和(とうわ)、中田(なかだ)、豊里(とよさと)、石越(いしこし)、南方(みなみかた)、津山(つやま)の8町と合併して市制施行し、登米市となった。国道346号が通じる。迫川中流の低地帯にあり、広大な谷地や沼地が多かったが、仙台藩政時代の新田開発で水田地帯となった。西部の蕪栗沼(かぶくりぬま)周辺低地も1931年(昭和6)の北上川分水工事以後、水田化された。迫川の水害を防ぐため新迫川が南北を貫通し、旧迫川の土地改良事業も行われた。稲作のほか、養豚、酪農が行われ、近年では園芸作物を取り入れた複合経営が増加している。
[長谷川典夫]
『『米山町史』(1974・米山町)』
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