簡易裁判所(読み)かんいさいばんしょ

精選版 日本国語大辞典 「簡易裁判所」の意味・読み・例文・類語

かんい‐さいばんしょ【簡易裁判所】

〘名〙 最下級裁判所。訴額九〇万円以下の民事訴訟事件や比較的軽微な刑事訴訟事件などの第一審を簡易な手続で取り扱う。昭和二二年(一九四七)設置。簡易裁判所判事がおかれ、裁判官は一人でその事件を審理する。簡裁。〔裁判所法(1947)〕

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デジタル大辞泉 「簡易裁判所」の意味・読み・例文・類語

かんい‐さいばんしょ【簡易裁判所】

最下級の裁判所。訴額140万円以下の請求にかかる民事事件、一定の軽い刑の科せられる刑事事件などの第一審を取り扱う。簡裁。
[補説]裁判所法等の改正により、平成16年(2004)4月から、簡易裁判所で扱う民事事件の範囲が拡大され、請求の上限が90万円から140万円に引き上げられた。

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改訂新版 世界大百科事典 「簡易裁判所」の意味・わかりやすい解説

簡易裁判所 (かんいさいばんしょ)

最高裁判所を頂点にした日本の裁判所体系の最下位に位置する裁判所。全国に440近く散在する。裁判所のおもな役割である訴訟手続の観点からいうと,簡易裁判所は民事訴訟も刑事訴訟も比較的軽微な事件のみを受け持ち,手続も略式化されているし,裁判官の資格も比較的ゆるやかである。また訴訟以外の,非法律家が関与する民事紛争解決手続(調停など)の主たる受持ち機関となることも簡易裁判所の特色を示している。

 簡易裁判所の創設は,第2次大戦後,新しい憲法体制の下において制定された裁判所法による。それ以前の裁判所構成法による日本の裁判所体系では,最下位の裁判所は区裁判所であったが,簡易裁判所はそれと連続するものとはいえない。新しい憲法の下で,犯罪の捜査に関し必ず裁判官の発する令状を要する,という原則が採用されたことから,各地に散在する警察署の司法警察職員の便宜を考え,1947年に簡易裁判所が創設された。また同時に,民事に関しては,この簡易裁判所に民衆に身近な小規模の訴訟事件を略式処理する役割を果たさせようという理想も説かれているが,こちらの願望が十分実現されているといえるかは,今後のなりゆきを見守るよりほかない。

日本の場合,民事,刑事とも標準的な第一審裁判所は地方裁判所である。そのほかにこの簡易裁判所のごとく要員の構成や手続規律の面でやや略式の第一審裁判所を設けて,管轄事件の内容で標準的裁判所と区別するという発想は,早くから多くの国々で採用されている。しかしその際,標準と略式を区別する差異の度合は国によりさまざまである。一例を挙げると,イギリスの治安判事裁判所は,その地域の有識者が法律専門家でなくとも何年かずつの交替で治安判事の任にあたり,ごく略式の手続で軽微な刑事事件,扶養料請求などの家族法事件その他を処理するという制度であり,実際に裁判の手続を進める場所も公会堂を利用するなど格式ばらない形態のものである(ただしそこに法律専門家の関与がまったく排除されているのではない。治安判事には必ず補佐役として法律専門知識をそなえた書記がつき,とりわけ手続進行の法的規律を維持するために大きなはたらきをしている。また,訴訟当事者が場合により弁護士を依頼すれば,この面からも法律専門知識の導入がある)。アメリカは,連邦と各州と裁判所体系が併立していて多様であるが,やはりスモール・クレームズ・コート(少額請求裁判所)の概念で一括される略式の裁判所あるいは標準的裁判所内の一部分があり,主として少額の割賦金やローンの取立てに利用されている。なお,スモール・クレームズ・コートは,理想論としては,アメリカの弁護士業務の実情に照らして,弁護士抜きで訴訟を処理することのできる裁判所を目ざすものとして語られることもある。

 日本の簡易裁判所も,立法のときにはこのような外国法制の間接の影響を多少は受けていたのであるが,現在のところ簡易裁判所判事の資格は,標準的裁判官よりややゆるめられているとはいえ,やはり相応の法律専門家であることを要求しており,素人の有識者に認められるものではない。訴訟手続の構成も,法律の建前として若干の略式性が定められているにもかかわらず,とりわけ民事訴訟の場合に,実態は地方裁判所での訴訟手続とほぼ相似の運用になることが多いのであり,そのような運用を許さないまでの抜本的な略式化は,ようやく1996年に成立した改正民事訴訟法が,30万円以下の金銭支払請求の訴えにかぎり適用される〈少額訴訟に関する特則〉(第6編)をアメリカの例にならい導入したことにより,多少は実現することになった。

簡易裁判所判事の資格要件はおよそ次のとおりである(かつての裁判所構成法のもとにおける区裁判所の判事は地方裁判所の判事と同等の資格を要した。現在の裁判所体系では,高等裁判所と地方裁判所の裁判官が判事を中心にして構成され,簡易裁判所判事の資格はそれよりゆるやかである。ちなみに最高裁判所判事もまた独自の資格要件で任命される)。判事補や弁護士など法律専門家の職に3年以上在任した者(裁判所法44条)が任命される場合は,判事の場合の10年以上と比べ年数に差異がみられるだけであるが,そのほかに,多年司法事務に携わるなどして簡易裁判所判事の職務に必要な学識経験のある者が,簡易裁判所判事選考委員会の選考を経て任命されることになっており,現状ではむしろこの選考による簡易裁判所判事が過半数を占めている。この〈司法事務に携わる者〉に該当するのは,裁判所書記官が典型であるといえる。

さらに簡易裁判所の特色は,裁判官のほかにその補助要員として司法委員,民事調停委員が置かれているところにも一つ見いだされる。これらの委員は,必ずしも法律専門家であることが資格要件とはされていない(しかし,弁護士が民事調停委員に任命されることも少なくない)。司法委員とは,民事訴訟事件の審理に立ち会って意見を述べたり,起訴前の和解手続において裁判官を補助したりするのがその役目とされている。しかしそのような司法委員の関与が手続実施にとり法律上不可欠の条件とされているわけではなく,実際上も現在のところそれほど活用されているわけではない。民事調停委員は,裁判官とともに調停委員会を構成する。民事調停手続をつかさどる調停機関となるのがこの調停委員会であり,調停手続の実際においては裁判官はほとんど背後に控えて当事者に接することがなく,民事調停委員が手続を主導する役割を果たしている。

簡易裁判所には行政事件訴訟の管轄は認められていないが,民事と刑事の訴訟事件のうち比較的軽微なものにつき第一審の管轄を有するほか,支払督促のための督促手続など民事訴訟の隣接領域に属する手続の専属管轄を認められることもある。強制執行については原則として管轄を有しない。これら管轄の点からも,かつての区裁判所とは性格を異にすることが知られる。かつて執行事件はむしろ区裁判所の専属とされていたし,訴訟でも建物明渡しや土地境界確定などの民事訴訟事件は,訴額の大小にかかわらずその事件類型に応じて,もっぱら区裁判所に管轄を与えるという定めがなされていた。

 民事に関する簡易裁判所の管轄の要点は次のとおりである。訴訟手続については,訴額90万円以下の事件,ただしそのうちでも〈不動産に関する訴訟〉は地方裁判所にも競合的に管轄が認められている。また一般の訴額90万円以下の訴訟でも,被告の移送申立に原告が同意を与えたときは,必ず簡易裁判所から地方裁判所へ移送しなければならない。簡易裁判所における訴訟手続の進め方は,訴状の提出に代えて口頭の陳述によっても訴えの提起をすることができ,口頭弁論期日に出頭する代わりに主張を記載した書面を提出することも許されている点など,地方裁判所とそれ以上の裁判所における訴訟手続にくらべて多少は簡略化されている。新しく導入された少額訴訟手続は,簡易裁判所で行われる訴訟の,そのまた特則形態であるが,これはかなりに略式化されている。訴訟以外にも,督促手続,紛失した有価証券につき除権判決を求めあるいは手形などの無効宣言を求める公示催告手続,起訴前の和解手続,民事調停手続(調停)などがある。

 刑事に関する簡易裁判所の管轄は,刑の比較的軽い犯罪についての刑事訴訟手続および略式手続,交通事件即決裁判手続(交通違反),令状の発布などを含む。簡易裁判所は刑事事件について裁判するとき原則として罰金,拘留,科料の刑しか言い渡すことができない。懲役刑や禁錮刑の言渡しが必要な事件の第一審は地方裁判所の管轄とされる。しかし窃盗・横領・常習賭博などの犯罪についてはとくに3年以下の懲役にかぎり,刑の言渡しができる(それ以上の言渡しを相当と認める場合は,事件を地方裁判所に移送しなければならない)。令状は犯罪捜査のための逮捕状,捜索状などを意味し,ほかの裁判所でも発布されるが,簡易裁判所の裁判官がその管轄区域内の警察署所属の警察官のためにこれら令状を発布する仕事は実際上重要な地位を占めている。
審級
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「簡易裁判所」の意味・わかりやすい解説

簡易裁判所
かんいさいばんしょ

最下級の下級裁判所。少額軽微な事件を簡易迅速に処理する、民衆に親しみやすい裁判所として設置(1947)され、全国に438か所ある。民事事件に関しては、訴額140万円以下の民事訴訟の第一審裁判所であるとともに、少額訴訟、起訴前の和解、公示催告手続、民事調停、証拠保全などを担当する(督促手続は簡易裁判所書記官の所管事項である)。刑事事件に関しては、罰金刑以下の刑にあたる刑事訴訟などの第一審裁判所であるとともに、略式手続、交通事件即決裁判手続、令状の発付などを担当する。

 簡易裁判所は相応な員数の簡易裁判所判事で構成されるが、これはかならずしも法曹資格を有する者であることを要せず、特別の選考によって任命される者も含まれる。このほか、簡易裁判所には、民事調停委員、司法委員が配属される。事件は簡易裁判所判事1人が扱う。

[本間義信]

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百科事典マイペディア 「簡易裁判所」の意味・わかりやすい解説

簡易裁判所【かんいさいばんしょ】

裁判所法(1947年)の定める最下級の下級裁判所。アメリカの少額裁判所制度にならい,軽微な事件を一人制の裁判官によって簡易迅速に処理することを目的とし,第一審裁判所として,民事では訴額が140万円を越えぬ事件,刑事では主として刑が罰金以下の罪に当たる事件を扱う。また,身近な民事紛争を話し合いで解決するための調停制度も設けられている。1987年の簡裁統廃合法によって整理され,2013年現在全国に438ある。なお,1996年の新民事訴訟法の制定によって,新たに簡裁手続の特則として,少額訴訟手続が設けられた。
→関連項目訴え区検察庁区裁判所警察保護控訴裁判所支払督促上告審級訴状単独裁判官地方裁判所略式手続

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「簡易裁判所」の意味・わかりやすい解説

簡易裁判所
かんいさいばんしょ

下級裁判所のうち最下級のもので,少額,軽微な事件に関する第1審の裁判権のほか,法律で特に定める権限を有する (裁判所法 33,34) 。民事については,訴訟の目的の価額が 90万円をこえない請求,刑事については罰金以下の刑および選択刑として罰金が定められている罪ならびに窃盗,横領などについての裁判を管轄する。ほかに,特に法律で定められた権限 (各種の調停手続,督促手続,公示催告手続,略式手続など) をもつ。各簡易裁判所には相応の員数の簡易裁判所判事 (資格については特例がある) がおかれ (32条) ,事件は1人の裁判官が取扱う (35条) 。

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知恵蔵 「簡易裁判所」の解説

簡易裁判所

憲法76条が定める下級裁判所の一種で、主に、簡易軽微な事件に関する第1審裁判権を持つ。単独の裁判官が、簡便な手続きで事件を処理し、一定の事項について、認定を受けた司法書士による訴訟代理が認められている。民事訴訟では、訴額140万円以下の事件などを取り扱い、特に60万円以下の支払いを求める訴訟について、原則として一期日で審理を終え判決を言い渡す少額訴訟手続きや少額訴訟債権執行手続きがある。刑事訴訟については、罰金以下の刑に当たる罪など一定の軽微な犯罪を取り扱い、略式命令手続きや交通事件即決裁判手続き等が認められている。全国438カ所に設置され、国民生活に身近な役割を果たしている。

(土井真一 京都大学大学院教授 / 2007年)

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世界大百科事典(旧版)内の簡易裁判所の言及

【下級裁判所】より

…それに応じて各国とも上位・下位の関係で何種類かの裁判所を設けている。日本では,最上位が最高裁判所,その下に高等裁判所,その下に同格分担の関係で地方裁判所家庭裁判所があり,地方裁判所の下に簡易裁判所がある。地方裁判所と簡易裁判所は一面また分担の関係にあるともいえる。…

【裁判所】より

… さらに別の観点から,〈国法上の裁判所〉と〈訴訟法上の裁判所〉という意味の区別を立てることも必要である。建物その他物的設備,執務している要員などを包括して一単位の裁判所(例,新宿簡易裁判所,大阪地方裁判所,東京家庭裁判所等)が観念されるが,このとき裁判所という語は国法上の裁判所を意味している。これと異なり,たとえば,ある特定の事件につき東京地方裁判所に訴えが提起された場合にそれを審理し,判決等を下す機関としてその東京地方裁判所の内部に裁判所を考えるとき,この裁判所は訴訟法上の裁判所を意味している。…

【地方裁判所】より

…民事訴訟事件については,その第一審および簡易裁判所を第一審とする事件の控訴審を,また,刑事訴訟事件については第一審を扱う裁判所で,下級裁判所のうち基本的な地位を占めている。家庭裁判所は地方裁判所と同格であるが,受け持つ事件が限定されている。…

※「簡易裁判所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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