日本大百科全書(ニッポニカ) 「箸」の意味・わかりやすい解説
箸
はし
食事や調理の際に食物を挟む、一対の細い棒状の器具。東洋独特のものである。日本の古代の箸は、竹を細く削って二つに折り曲げたピンセット状のものであったという。『万葉集』のなかにも詠まれているように、中国文化の影響を受けて、奈良時代にはすでに2本の箸の使用が一般化していた。箸の語源は鳥の嘴(はし)あるいは端(はし)ともいわれる。
[河野友美]
種類
箸の材料には、竹・杉・柳のほか、ナンテン・ヒノキ・桑・紫檀(したん)・黒檀などの木材、金・銀・鉄・アルミニウムなどの金属、象牙(ぞうげ)・シカの角・獣骨など動物の骨角、およびプラスチックなどが使われている。木箸は木地のままのものと塗り箸があり、塗り箸には蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)を施したものもある。形は丸型、角型、太型、細型、先細型、平(ひら)型、割り箸などがある。
[河野友美]
用途
箸は、日常の食事のほか、儀式その他の行事などに、いろいろな箸が用いられてきた。日常的なものでは、用途別に、調理用の菜箸(さいばし)、一つの器に盛られた料理を取り分けるための取り箸、個人用の銘々箸などがある。菜箸は調理や料理の盛り付けに使う丸箸で、竹製のものが多い。焼き物・揚げ物用は30センチメートルくらいの長いもの、和(あ)え物、煮物用はやや短い。そのほか、細かい料理や刺身を盛り付けるための先が金属製の盛り付け箸、柄(え)が木製で先は金属製の揚げ箸、普通の菜箸よりずっと太い、木製のてんぷらの衣づくり用箸などがある。菓子箸は、接待用の取り箸の一種で、主として生(なま)菓子に添える。茶道では黒文字(くろもじ)(クロモジの木でつくった箸)が用いられる。祝い箸は祝儀に用いる丸箸で、柳の木を使った太い丸箸が本式とされ、これを柳箸ともいう。柳は折れにくいとして祝儀に用いられた。とくに正月用を雑煮箸という。利休(りきゅう)箸は、杉製の角箸の面をとり、両端を細く削ったもので、両方から使える。千利休が考案し茶懐石に用いられたが、現在では一般の料理にも使う。割り箸は、木製の割って用いる使い捨ての箸で、便利さと清潔さを備えた日本独特のものである。江戸時代末期に考案され、飲食店や来客用に広く普及している。そのほか、特殊な箸である真魚(まな)箸は、儀式や特別の席で魚や鳥などを調理するのに用いられる。箸の付属品としては、古くは箸台とよばれた箸置き、箸箱、箸を挿しておく箸壺(はしつぼ)、箸筒などがある。
[河野友美]
使用法
正しい箸の持ち方、食事作法のうえでの箸の使い方のエチケットなどが、しつけとして伝えられている。たとえば、おかずからおかずへ箸を移す移り箸、あれこれ迷う迷い箸、口の中へ箸で押し込む込み箸、椀の中をさぐるさぐり箸、汁物などをかき回す回し箸、箸についた飯粒をなめてとるもぎ箸、食べようとして箸をつけてから引っ込めるそら箸などは、行儀の悪いこととされている。
[河野友美]
民俗
箸に関する民俗は多く、正月をはじめ、盆(ぼん)、節供(せっく)、神祭り、誕生祝いなどには、とくにクリ、ヤナギ、アシなど清い木を切って新箸(にいばし)をつくるのを古風とする。たとえば、年越しの行事に箸を削って年神に供えたり、正月行事に年男がクリの木で箸をつくって用い、これを保存してアワ播(ま)きの日の食事に使うという地方もある。また旧暦6月末には、新箸の祝い、青箸の年取りなどといい、カヤやススキの箸を供え、これで食事する地方もある。このほか、盆には麻幹(おがら)の箸、10月の亥(い)の子には長箸、11月の大師(だいし)講には3本箸が用いられた。一方、弘法(こうぼう)大師、源頼朝(よりとも)など聖人・貴人が、食事に用いた箸を逆さに地面に挿したところ、芽を吹き、大木になったという箸立(はしたて)伝説も広く行われている。また、食事中に箸が折れるのは凶事の前兆であるとか、2人が箸で挟み合うのは葬式の骨拾いとして嫌われるとか、野外で食事をしたとき、使った箸は、かならず折って捨てないと、妖怪(ようかい)に拾われ、病気になるなどといわれている。
[宮本瑞夫]
『川瀬勇著『箸とフォーク』(1976・広済堂出版)』▽『東畑朝子著『箸とフォークとクッキング』(1982・東京書籍)』▽『本田總一郎著『箸の本』(1985・日本実業出版社)』