竹林寺(読み)ちくりんじ

精選版 日本国語大辞典 「竹林寺」の意味・読み・例文・類語

ちくりん‐じ【竹林寺】

[一] 中国、山西省北東部の五台山にあった寺。七七〇年の創建。日本の円仁(慈覚大師)もこの寺で天台教学と念仏行法とを修めた。
[二] 中国河南省北部、輝県の西南にある寺。竹林の七賢が遊んだ所で七賢祠がある。旧名、七賢観。尚賢寺。
[三] 大阪市中央区難波一丁目にある浄土宗の寺。法善寺南側にあり、千日前に近い。
[四] 高知市五台山にある真言宗智山派の寺。山号は五台山。神亀元年(七二四聖武天皇の勅命により行基が開創したと伝え、自刻とする文殊菩薩を本尊とする。大同年間(八〇六‐八一〇)空海が再興。四国八十八か所の第三一番札所。土佐文殊

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デジタル大辞泉 「竹林寺」の意味・読み・例文・類語

ちくりん‐じ【竹林寺】

高知市にある真言宗智山派の寺。山号は五台山。開創は神亀元年(724)、開山は行基空海が再興と伝える。江戸時代土佐藩主山内氏の帰依を受けた。四国八十八箇所第31番札所。土佐文殊。

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日本歴史地名大系 「竹林寺」の解説

竹林寺
ちくりんじ

[現在地名]生駒市有里町

有里ありさと集落の東部丘陵に位置する。文殊山と号し、律宗。

〈大和・紀伊寺院神社大事典〉

〔開基行基〕

行基の開基と伝え、行基が文殊菩薩の化身とされていたことから、文殊の霊場である五台山の大聖竹林寺にならって大聖竹林寺とよぶ。本尊文殊菩薩。本堂の東側には行基墓があり、国指定史跡。墓の上に永正一五年(一五一八)銘の地蔵石仏がある。「行基菩薩伝」に「爰慶雲二年、引導生母女、在(右カ)京佐紀堂、尽力教養、同四年移生馬仙房、弥竭孝養之礼、和銅三年正月、母逝化、自尓以来迄于同五年、住草野仙房」とあり、「続日本紀」宝亀四年(七七三)一一月条に、行基が修行した四〇余所のうち、大和国の菩提ぼだい登美とみ生馬いこまの三院に各田三町を施入する記事がある。生馬仙房と草野かやの仙房との関係は不明であるが、生馬院は生馬仙房のことで、「日本霊異記」には行基について「大徳住在生馬山寺」とみえ、行基に関係の深い当寺のことと推察されている。

凝然が嘉元三年(一三〇五)に著した「竹林寺略録」によると、天平二一年(七四九)行基は菅原すがわら(現奈良市)で病み、二月二日に没した。八日、遺言によって弟子らが生馬山の東陵で火葬に付し、同年四月、行基自画像を往生院に安置、これを竹林寺の奥院と号した。

竹林寺
ちくりんじ

[現在地名]高知市五台山

五台ごだい山の山頂近くにある。真言宗智山派。五台山金色院と号し、本尊は文殊菩薩。四国八十八ヵ所の三一番札所。

「四国霊場記」に「当山ハ聖武天皇霊夢ノ事アリテ、行基ニ勅シテ山中ヲ検覧セシメ、神亀元年ニ堂舎ヲ草創シ、基公七日霊瑞ヲ祈リ給フニ、暁天一星几上落、公是ヲ収テ赤栴檀ヲ以テ五髻文殊ノ像ヲ作リ、彼落星ヲ像ノ眼精トス」とみえ、聖武天皇の勅願寺として行基が開創、本尊をも刻んだとする。竹林寺縁起(「南路志」所収)によるとその後、弘法大師が四国廻国の途次当地を訪れ、山が大小五つの峰よりなることから、五峰を五鈷に配し、その間にある三つの池を三鈷に配し、竹林寺の堂宇を補修、真言密教の霊場として整えた。

竹林寺
ちくりんじ

[現在地名]河内町入野

たかむら山山頂付近にあり、篁山と号し、真言宗御室派。本尊千手観音。寺蔵の紙本著色竹林寺縁起絵巻(室町時代の作、県指定重要文化財)によると、入農郷に奇瑞を現す山があり、天平二年(七三〇)夏、行基がこの山を訪れ、山上の光り輝く桜樹で千手観音を刻んで本尊とし、桜山花王かおう寺を建立したという。この縁起はおもに上巻は当寺の申し子という小野篁の伝、下巻は篁の冥府勤仕の話からなり、寺号の縁由を小野篁に結び付けている。

竹林寺
ちくりんじ

[現在地名]右京区太秦安井北御所町

臨済宗妙心寺派。宝珠山と号し、本尊は恵心(源信)作と伝える長者地蔵尊。宝暦五年(一七五五)禅珪の開基と伝えるが(京都府地誌)、正徳元年(一七一一)刊の「山州名跡志」に「在同所(安井村)、本尊釈迦仏坐像一尺余、作不詳、面貌殊勝也、伝曰此所昔竹林長者ト曰者アリ」と記す。竹林長者については、長者地蔵菩薩縁起(竹林寺蔵)に次のような伝承を載せる。この地は嵯峨天皇のとき仏法流布の霊場として精舎が建立され、釈迦如来が安置された。

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改訂新版 世界大百科事典 「竹林寺」の意味・わかりやすい解説

竹林寺 (ちくりんじ)

高知市五台山にある真言宗智山派の寺。山号は五台山。金色院と号し,俗に土佐文殊と称する。行基が聖武天皇の命を受けて中国の五台山に似た地を探し,724年(神亀1)に一寺を創建したのが始まりと伝える。のち空海が中興したが,戦国期に荒廃し,慶長年間(1596-1615)に空鏡上人が再興した。近世には山内忠義をはじめ歴代土佐藩主の尊信を受け,1795年(寛政7)の末寺帳では脇坊6,末寺3,門徒寺38を数える。1808年(文化5)本堂(文殊堂)を除いて焼失したといい,本堂以外はその後の建築である。現在,禅宗の建築様式をとり入れた本堂をはじめ本尊の文殊菩薩座像など計19体の仏像が重要文化財に指定されている。書院前庭は池泉観賞式の名庭。四国八十八ヵ所の第31番札所で訪れる人が多い。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「竹林寺」の意味・わかりやすい解説

竹林寺
ちくりんじ

高知市五台山にある真言(しんごん)宗智山(ちさん)派の寺。五台山金色院と号する。本尊は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)。俗に土佐文殊の名で親しまれる。四国八十八か所第31番札所。寺伝では724年(神亀1)に行基(ぎょうき)が開創、大同(だいどう)年間(806~810)空海が再興し中興の祖となっている。寛永(かんえい)年間(1624~1644)山崎闇斎(あんさい)が『鐘楼記』で記しているように、当寺は静寂な地で、吸江(きゅうこう)湾を見下ろす風光明媚(めいび)な地である。本堂(室町時代、国の重要文化財)をはじめとする壮大な伽藍(がらん)がある。寺宝には木造文殊菩薩および侍者像五躯(く)、同阿弥陀如来(あみだにょらい)立像など国重要文化財の指定を受けている多くの彫刻がある。また境内には植物学の牧野富太郎(とみたろう)記念館がある。

[眞柴弘宗]


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百科事典マイペディア 「竹林寺」の意味・わかりやすい解説

竹林寺【ちくりんじ】

高知市にある真言宗智山(ちざん)派の寺。724年に行基(ぎょうき)が創建,空海が中興したという。四国八十八ヵ所第31番札所。戦国期に荒廃し,慶長(けいちょう)年間(1596年―1615年)空鏡(くうきょう)上人が再興。歴代高知藩主に崇敬された。本尊の文殊菩薩座像など19体の仏像は重要文化財。

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デジタル大辞泉プラス 「竹林寺」の解説

竹林寺〔高知県〕

高知県高知市にある寺院。真言宗智山派。山号は五台山、院号は金色院。724年、行基による開山と伝わる。四国八十八ヶ所霊場第31番札所。庭園は国の名勝、本尊の文殊菩薩像は国の重要文化財に指定。

竹林寺〔広島県〕

広島県東広島市にある真言宗の寺院。篁山の山頂付近に位置する。730年建立と伝わる。本殿は国の重要文化財に指定されている。

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