立身出世(読み)りっしんしゅっせ

精選版 日本国語大辞典 「立身出世」の意味・読み・例文・類語

りっしん‐しゅっせ【立身出世】

〘名〙 成功して世間に名をあげること。
歌舞伎幼稚子敵討(1753)二「印可さへ譲り請さっしゃれば、立身出世は見へてござる」

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デジタル大辞泉 「立身出世」の意味・読み・例文・類語

りっしん‐しゅっせ【立身出世】

[名](スル)社会的に高い地位を得て、世に認められること。「立身出世して故郷に錦を飾る」
[類語]出世利達立身功名成り上がり成り上がる栄進昇進昇格昇任栄達昇級昇段栄転累進特進格上げ進む身を立てる

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改訂新版 世界大百科事典 「立身出世」の意味・わかりやすい解説

立身出世 (りっしんしゅっせ)

社会的上昇移動についての日本における伝統的呼称。社会的上昇意欲自体は江戸時代にもたいへん強かった。武士たちはそれを立身で,町人たちはそれを出世で表現した。立身は儒教の用語で,出世は仏教から転用された用語である。しかし江戸時代は身分秩序の社会だったから,分限意識(小欲知足)のような立身出世の対抗規範が存在し,とくに身分の壁を越える上昇移動は望ましい価値とはなりにくかった。立身出世が望ましいものとされたのは明治維新以後のことである。〈官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ〉とうたった五ヵ条の誓文や,学制序文などを通じて立身出世が唱道された。それは近代化のための広い範囲からの人材補充の必要によるものであった。これに対しただちに人々が呼応したことは,福沢諭吉の《学問のすゝめ》やS.スマイルズ(中村正直訳)の《西国立志編》が爆発的なベストセラーになったことにみることができるが,そのようなすばやい呼応はすでに江戸時代にかなりの上昇移動意欲が潜在していたからである。

 1872年(明治5)の学制施行の際出された就学告諭に見られるように,明治以後は立身出世は教育と結びつけて喧伝されたから,その担い手は士族の子弟を中心にして広がった。士族は知識階級であり,教育による立身出世の準備的条件があったからである。また士族は明治以後特権が剝奪され,〈地位尊重の撤回withdrawal of status respect〉をこうむったが,このことが挽回への動機づけ(家運再興)ともなった。したがって明治20年ころまでは中等教育以上の学校の就学者の大半は士族の子弟であり,いわば士族立身出世主義の時代だった。このころは上から積極的に立身出世が鼓吹され,また社会も建設の時代だったから埋められるべき空席地位が多かったため,立身出世は開かれた明るいイメージをもっていた。立身出世市場が開かれていたので,誰かの成功が自分の失敗につながるような零和(ゼロサム)ゲームではなかったからである。同時に社会的移動の距離も大きく,短期間に政策決定者の位置に立身出世するものも少なくなかった。だから,立身出世的人間像は野心家Streber的矮小さを免れ,天下国家への気概に満ちた雄渾(ゆうこん)さをもつことができた。しかし立身出世のパイプは学校教育であり,そのかぎりではきわめて業績主義的であったので,中等教育以上の学校への進学者も急速に増大し,士族立身出世主義からしだいに総立身出世主義へと向かっていく。このような傾向は明治20年代から始まり,明治30年代には受験競争が激化してくる。受験雑誌(《中学世界》)があらわれるのもこのころからである。立身出世は学歴獲得競争に収斂(しゆうれん)し,立身出世願望者=高学歴者はいちじるしく増大し,エリート予備軍の過剰時代になった。1902年(明治35)には《成功》という雑誌が登場し,成功ブームが生じるが,このブームはむしろ立身出世競争の激化による失敗の恐怖と不安を反映したものともいえる。したがって,このころから大望に対してしばしば警告がなされるようになる。立身出世は一足飛びにはありえない。まず現在の職務で第一人者になることを心がけ,一つずつ階段を上がっていくべきという論法,つまりステップ・バイ・ステップ立身出世主義が大勢を占めるようになる。こうして立身出世はささやかな上昇移動(非凡なる凡人)になり,競争は零和ゲームとなったから,立身出世像は矮小化し,負のイメージの部分を大きくしていった。

 立身出世を目標とする生活態度は勤勉や禁欲などのエートスを生み,日本近代化の推進力となったことは否めないが,対外膨張主義や競争過多にともなうさまざまな病理(受験戦争など)ももたらした。第2次大戦後は立身出世という言葉がタブー視され,しだいに使われなくなったが,欲望がなくなったわけではない。地位の成功という伝統的立身出世観以外に,金銭的成功やスタータレントをモデルにした成功観が大きく台頭してきている。このような戦後的な新しい立身出世観は,大衆社会化の進行に対応したものといえる。
学歴社会 →社会移動
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「立身出世」の意味・わかりやすい解説

立身出世
りっしんしゅっせ

本人の能力、努力、才覚などによる社会的地位の上昇を是認する観念。それは、階層社会に生きる人間の欲望に根ざしており、時代や社会によってさまざまの現れ方をする。

 日本の場合を振り返ってみよう。士農工商身分制度が確立していた江戸時代においても、「立身」とか「出世」とかいうことばが庶民に向けて説かれていた。それはひとことで述べれば、質素と倹約を旨とし、欲望を抑え堪忍を重ねて「世に出て身を立てること」すなわち、世の中で自分自身の力できちんと生活していけるようになることを意味していたのであった。それは、固定的な職分社会における生活倫理を教えたもので、それぞれの職分を人々に尊敬されるようにりっぱに遂行するための行動様式を説いたものであった。

 明治維新になると社会は一変し、人々に上昇的社会移動の機会が拡大されるようになった。そして、立身出世が上昇移動と結び付くこととなった。当時のベストセラーであるスマイルズの『西国(さいごく)立志編』(1870~71)や福沢諭吉の『学問のすゝめ』(1872)は、人々に自らの才覚と努力で立身出世(=上昇移動)を勧める内容であり、また当時の個人レベルの立身出世はそのまま国家レベルの立身出世(=列強への追い付き)と重なり、立身出世は公的にも正当化された。その後明治後期からしだいに社会階層が固定化し安定化するようになると、社会的上昇移動のコースは学校や官僚制によって制度化され、それとともに立身出世の観念も当初の野性味を失い、形式化、矮小(わいしょう)化されるに至った。

 第二次世界大戦後の平等主義的風潮は、矮小化された立身出世をもマイナス・イメージに下落させることとなった。しかし、現在でも立身出世はプラス規範とマイナス規範とのアンビバレント(併存の)傾向を備えた集合意識として存在している。日本において立身出世の実現にとって必要なものは、学歴と集団主義的適応能力といわれている。

[麻生 誠]

『門脇厚司著『現代の出世観』(1977・日本経済新聞社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「立身出世」の意味・わかりやすい解説

立身出世
りっしんしゅっせ

社会移動には水平的移動と垂直的移動があるが,立身出世は後者のうちの上昇過程をさす。立身出世は,封建社会や村落社会といった身分社会においては,身分秩序を破壊するものとして否認された。社会分化の進んだ流動的な近代社会においては,逆に社会変動の要因として積極的にすすめられ,能力のある人間は競争によって階層上昇 (立身出世) が可能となった。日本でも,明治以降,国家的な欧化政策のもとで盛んに立身出世が奨励されたが,実際には能力主義に反する私的な人的関係も無視しえなかった。立身出世の方法としては特に教育が用いられ,学歴主義の悪弊を生み落した。また立身出世主義には,社会的不満のはけ口としても機能する側面がある。

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四字熟語を知る辞典 「立身出世」の解説

立身出世

成功して社会的に認められ、名をあげること。

[活用] ―する。

[使用例] 金をためて江戸へ行き、立身出世の機会をつかみたいと思うのだが[中山義秀*物ぐるい|1958]

[使用例] あんたの立身出世のために、実は周囲の不遇な連中をもんさせているかもしれないんだ[高見順*いやな感じ|1960~63]

[解説] 「身を立て世に出る」の意味。

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世界大百科事典(旧版)内の立身出世の言及

【西国立志編】より

…総発行部数は100万部以上といわれ,明治期をとおして広く読まれた。社会的栄達の方法を説くことを直接の目的とはしていなかったが,〈立身出世〉の手引書として読まれる傾向があり,本書をまねて成功の秘訣を記した書物が多数出版された。青少年の上昇意欲を喚起することで,本書は近代日本の発展の精神的支柱となった。…

※「立身出世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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