海軍軍人。松山藩士族の出身。兄好古(よしふる)は陸軍大将。1890年(明治23)海軍兵学校卒業。1897年アメリカ留学、1899年イギリス駐在、1900年(明治33)に帰国、常備艦隊参謀となる。日露戦争では、連合艦隊兼第一艦隊参謀として、黄海(こうかい)海戦、日本海海戦などの作戦を担当した。戦後海軍大学校教官、1914年(大正3)海軍省軍務局長となったが、1917年病気のため中将で待命となり翌大正7年2月4日死去。海軍きっての戦略家といわれ、日本海海戦の「丁字(ていじ)戦法」などの発案者とされている。また名文家でもあり、彼の起案した日露戦争中の大本営への報告文は広く知られている。正岡子規(まさおかしき)は同郷の友人。司馬遼太郎(しばりょうたろう)の小説『坂の上の雲』の主人公となった。
[藤原 彰]
『島田謹二著『アメリカにおける秋山真之』上下(朝日選書)』▽『司馬遼太郎著『坂の上の雲』全8巻(文春文庫)』
(岸本昌也)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
明治・大正期の海軍軍人。愛媛県松山出身。陸軍大将秋山好古の弟。1896年軍令部諜報課課員となり,アメリカ,イギリスに駐在し,のち軍務局第1課課員,海軍大学校教官を歴任。日露戦争では連合艦隊作戦参謀として各海戦の作戦を指揮した。第1次世界大戦では海軍省軍務局長として活躍。1917年中将。海軍きっての戦略家として知られた。
執筆者:粟屋 憲太郎
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1868.3.20~1918.2.4
明治・大正期の海軍軍人。愛媛県出身。1890年(明治23)海軍兵学校卒。日清戦争に砲艦筑紫の航海士として参加し,戦後アメリカに留学して米西戦争を観戦。米・英駐在の3年間に海軍の戦略・戦術・戦務の3概念を具体化し,帰国後海軍大学校教官となり普及させた。日露戦争では連合艦隊作戦参謀として活躍。1914年(大正3)海軍省軍務局長となり,第1次大戦で艦隊の地中海派遣を推進した。中将で没。
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