精選版 日本国語大辞典 「神田祭」の意味・読み・例文・類語
かんだ‐まつり【神田祭】
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東京都千代田区に鎮座する神田神社の5月15日を中心とする祭り。江戸時代より山王日枝神社の山王祭とともにその豪華さをもって〈天下祭〉と呼ばれた。また徳川将軍家の上覧があることから〈御用祭〉とも称せられた。もとは9月15日を中心に行われ,毎年同じように執行されたが,1681年(天和1)以降山王社と隔年で行うようになり,以後一時変動があったものの,丑・卯・巳・未・酉・亥年に大祭を行い,その他の年は蔭祭といった。さらに88年(元禄1)からは,神輿(みこし)が江戸城内に入り大変にぎわった。氏子各町内からは山車・屋台踊・太神楽などが数多く出て,その趣向がつねに江戸の話題になったという。9月14日が宵祭(よいまつり)で,15日が本祭であったが,しだいに一日に巡幸することが不可能になり延長された。1890-91年のコレラ流行以降,祭日を現在の5月に改めた。この祭りの様式は,関東各地の祭りに大きな影響を及ぼした。
執筆者:茂木 貞純
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
東京都千代田区にある神田神社の祭。山王祭とともに,徳川将軍が上覧したことから天下祭・御用祭ともいう。もとは9月15日に行われたが,現在は5月15日。1681年(天和元)氏子の負担を軽くする名目で幕府が介入し,山王祭と隔年で行われるようになった。祭を行わない年を,本祭に対して陰祭(かげまつり)という。祭では,社家が馬に乗って2基の神輿とともに行列の中心となり,各町からでた36基の山車(だし),雇(やとい)祭とよばれる歌舞の列とともに巡幸した。幕末には将軍の上覧がなくなり,盛時ほどではないが現在でも東京有数の祭。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…63年,吉住慈恭(じきよう)と改名。作曲には《鳥羽の恋塚》《醍醐の花見》などが,六四郎との合作には《紀文大尽(きぶんだいじん)》《神田祭》《お七》《みやこ風流》などがある。(5)5世(1908‐83∥明治41‐昭和58) 4世の子。…
※「神田祭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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