祖谷山(読み)いややま

日本歴史地名大系 「祖谷山」の解説

祖谷山
いややま

現在の三好郡南部、近世の美馬みま郡南西部を占めた広域地名。現在の東祖谷山村西祖谷山村にあたる。史料には祖山・弥山・伊屋山などともみえ、いや谷、たんに祖谷などとも称された。吉野川の右岸、つるぎ(一九五四・七メートル)を水源とする祖谷川およびその支流松尾まつお川の流域にあたり、剣山・国見くにみ山・綱附つなつけ森・まる山といった標高一〇〇〇メートルを超す山々に囲まれた山岳地帯で、古くより秘境として知られる。地名の由来は、忌部神の住むところで、オヤマ(祖山)としたという説(名神序頌)、阿波を四国の祖としてその祖山とする説(祖志)、祖山は弥山、すなわち伊夜彦神に基づくという説(阿波国古義略考)、祖谷山はノリトヤマで祖谷はその母山であることに由来するという説(践祚大嘗祭御贄考)、ソヤマ山(背山)、つまり背面の地の意とする説(西祖谷山村史)、「いよいよ」、すなわち重畳する山々の状態に由来するという説(東祖谷山村史)など諸説が伝えられている。また地内に散在する地名は、当地を開拓したと伝える恵伊羅御子と小野老婆の事蹟によるとされる(市原本「祖谷山旧記」)。ほか平家の落人および安徳天皇伝説など伝承も数多い。特色ある民俗も豊富にみられ、焼畑も昭和三〇年代まで行われていた。寛政五年(一七九三)当地に来遊した菊池武矩の「祖谷紀行」には「祖谷は阿波の西南の辺にあり、美馬郡に属す。南北遠き所は六里、近きは三里余、東西遠きは十五六里、近き所は十二三里、其地いと幽にして一区中の如く、ほとほと桃花源の趣あり」などとみえる。戦国時代末期には東西に分れていた(市原本「祖谷山旧記」)

〔中世〕

史料に登場するのは南北朝期からで、正平五年(一三五〇)七月二二日の粟野三位中将安堵状(菅生家文書)に祖山郷内菅生名がみえ、粟野三位中将が軍忠を賞して祖山郷内の本領菅生名を菅生左兵衛尉に安堵している。南北朝期、祖谷一帯には菅生・小野寺・渡辺・小川・落合・得善(国藤)・西山などのいわゆる山岳武士が割拠しており、南朝方として活動したとされる。同二一年七月四日の政氏預ケ状写(喜多文書)では祖山一族中に対して金丸かなまる(現三加茂町)井河いかわ(現井川町)稲用いなもち(現三加茂町)等が兵粮料所として預け置かれ、建徳三年(一三七二)六月一三日の正氏預ケ状写(同文書)でも金丸庄井川いかわ庄などが同じく祖山一族中に預け置かれている。この祖山一族がどの範囲をさすか不明であるが、南朝方から菅生氏は金丸中庄内奥村おくむら分、同領家職・下司職、金丸庄安主(案主)職、金丸西庄下司職、金丸東庄(以上現三加茂町)下司公文職を与えられた(正平一七年一一月二六日「小笠原頼清安堵状」菅生家文書など)

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改訂新版 世界大百科事典 「祖谷山」の意味・わかりやすい解説

祖谷山 (いややま)

徳島県西部にある祖谷川流域の山間をさす呼称。峡谷が深く交通が不便なため,平地住民からは別天地のような感覚でみられ,平家の落人という伝承をもちそれに関する遺品や伝説も残っている。しかしながら,中世的な領主とそれに隷属する住民とを含む社会制度が近世の大名による統一支配の支障となり,徳島藩主による長期の討伐を受けて多くの小領主が滅び,残った土豪のうち,喜多氏が山中の支配を任されて勢力をふるうようになった。したがって,平氏の残党のなごりがどれほどに残りえたかは疑わしい。生業は近年まで山腹に焼畑をひらいてヒエ・アワ・ダイズ・イモなどを栽培するほか,コウゾを傾斜畑に作り和紙をすいて生活する者が多かった。そのほか狩猟・林産などに従事する者もあり,これらについてのやや古風な民俗も若干認められる。しかし,現在は住民のかなりの者が他地に出稼ぎあるいは移住し,残った住民は良好になった道路によって通勤生活者にかわったほか,前代のなごりをとどめるシラクチヅルを用いたかずら橋をはじめとした落人にまつわる伝説地,祖谷渓の風光美,祖谷温泉などを観光地として宣伝し,観光客の誘致をはかっている。
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世界大百科事典(旧版)内の祖谷山の言及

【西祖谷山[村]】より

…人口2197(1995)。吉野川の支流祖谷川の中・下流域を占め,上流域の東祖谷山村とともに祖谷山,祖谷渓(いやだに)と総称される。村域の大部分が山地で,祖谷川沿いに1920年車道が通じるまでは尾根伝いや峠越えで吉野川の低地と結ばれる隔絶山村であった。…

※「祖谷山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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