社会的排斥(読み)しゃかいてきはいせき(英語表記)social exclusion

翻訳|social exclusion

最新 心理学事典 「社会的排斥」の解説

しゃかいてきはいせき
社会的排斥
social exclusion

対人関係集団組織からの排斥exclusionや拒絶は人の心に痛みをもたらし,時として心身に深刻なダメージを与える。このような社会的排斥によって,人はなぜ,どのように傷つくのだろうか。また排斥に伴う人の心の痛みを緩和する要因にはどのようなものがあるのだろうか。

【社会的排斥と心の痛み】 対人関係や集団からの排斥は環境適応上の大きなリスクになりうる。そのため,排斥のサインを心理的なディストレスとして敏感に感じ取り,それに対してすばやく反応するように人は進化してきたとされている。排斥に伴う心理的なディストレスは一般に社会的痛みsocial painと呼称される。社会的痛みはごく些細な排斥のサインによって惹起されることが示されている。たとえばアイゼンバーガーEisenberger,N.I.,リーバーマンLieberman,M.D.,ウィリアムズWilliams,K.D.(2003)は,参加者がパソコン画面上に示された2名の他者キャッチボールをする課題(サイバーボール課題とよばれる)で他の2名からボールを投げてもらえない状況を作り出し,その状況における脳機能画像をfMRI(機能的磁気共鳴画像)を用いて分析した。分析の結果,排斥が身体的痛みに関連する部位である前部帯状回背側部dorsal Anterior Cingulate Cortex(dACC)を賦活させることが示された。しかもこの賦活は,排斥が意図的なものでなく機器の不調によって生じたものであると知らされても生じていた。また,ザドロZadro,L.,ウィリアムズ,リチャードソンRichardson,R.(2004)はサイバーボール課題で参加者が相手にしているのが実在人物ではなくコンピュータ・プログラムであることが明らかな場合であっても,ボールを受け取る回数の少ない参加者は強い心理的ディストレスを報告することを示した。これらの研究は,人が明確な意図を伴わない形だけの排斥を受けても,それによって脅威を感じることを示すものである。

 これらサイバーボール課題を用いた排斥実験においては,他者と比較して相対的に低い頻度でしかボールを受け取らない条件での反応が検討されている。これに対して,川本大史・入戸野宏・浦光博(2011)は,他者と同じ頻度でボールを受け取る条件における自身にボールが来ない試行での人の反応を事象関連電位event-related potential(ERP)を用いて検討している。それによると,自身にボールが来る試行と比較してボールが来ない試行において,より強くフィードバックエラー関連陰性電位feedback error-related negativity(fERN)が惹起されることが示されている。fERNは期待される報酬が得られなかったときや金銭的損失,あるいは他者からの否定的な反応によって惹起されることが知られている。このfERNが自身にボールの来ない試行において観察されたことは,人が他者から公正な扱いを受けている場合においてさえ,他者から選択されないことがネガティブに認知される可能性を示すものである。

【社会的排斥の影響】 社会的排斥が人の心身に及ぼす影響について多くの検討が行なわれてきた。ノーランNolan,S.A.,フリンFlynn,C.,ガーバーGarber,J.(2003)は子どもを対象として小学生から中学生になるまでの3年間にわたる縦断的な調査を行ない,周囲の人びとからの排斥や拒絶が子どもの抑うつ傾向を高めることを明らかにしている。また,排斥されることで人が生きていることの有意味性の感覚を低下させること(Stillman,T.F.,Baumeister,R.F.,Lambert,N.M.,Crescioni,A.W.,DeWall,C.N.,& Fincham,F.D.,2009)や,自己あるいは他者の苦しみや喜びに対する無感覚性numbnessを生じさせること(DeWall,C.N.,& Baumeister,2006)なども明らかにされている。

 さらに,バウマイスターBaumeister,R.F.,ドゥオールDeWall,C.N.,シアロッコCiarocco,N.J.,トゥウェンジTwenge,J.M.(2005)によると,人は排斥されたり将来の排斥を予期したりした場合,攻撃的にふるまい,向社会的にはふるまわず,論理的な推論が損なわれ,時間知覚を歪め,将来よりも現在を強調し,無気力な受動性を示し,自己破壊的な傾向や不健康な選択を行なうなど,さまざまな非適応的な反応を示すという。彼らは排斥がこれらの諸反応を生じさせるのは,それによって人びとの自己制御self-regulationが損なわれるからだろうと予測した。彼らによる一連の実験はこの予測の妥当性を支持すると同時に,被排斥経験によって自己制御が損なわれるのは,それによって人が自己覚知self-awarenessを避けるようになるからであることを明らかにしている。

【社会的排斥の悪影響の緩和】 このように排斥が人の適応を損なう過程に自己制御機能の低下が介在しているとすれば,被排斥経験の悪影響の緩和には,自己調整機能を維持・高揚させる条件が必要であることがわかる。この自己制御機能の維持・高揚にいかなる要因がかかわるのかについて神経科学的な検討が行なわれている。コーエンCohen,J.R.,バークマンBerkman,E.T.,リーバーマンLieberman,M.D.(2011)によると,腹外側前頭前野ventrolateral prefrontal cortex(VLPFC)が自己制御の神経基盤であるという。とするならば,他者や集団から排斥を受けた際のVLPFCの活性を低下させる要因は排斥の悪影響を促進し,逆に被排斥経験時にVLPFCの活性を高める要因は排斥の悪影響を緩和する機能をもつといえる。

 クロスKross,E.,エグナーEgner,T.,オクスナーOchsner,K.,ハーシュHirsch,J.,ダウニーDowney,G.(2007)は拒絶感受性rejection sensitivityの高い者は低い者と比べて排斥的なイメージの絵画を見たときの右腹外側前頭前野right Ventrolateral Prefrontal Cortex(rVLPFC)の活性が低いことを明らかにしている。ダウニーらによる一連の研究は,拒絶感受性の高い者はそれの低い者と比較して,他者からの些細な拒絶のサインに対して過剰に敵対的な反応を示したり,統制的な行動を取ったりすることを示している。これらの反応は,拒絶感受性の高い者が他者からの拒絶のサインを適正に制御できずに内的な不安を表出してしまうことによると考えられる。

 一方,被排斥経験後のrVLPFCの活性を高める個人特性として,柳澤邦昭・増井啓太・古谷嘉一郎・野村理朗・浦・吉田弘司(2010)は,一般的信頼の効果を明らかにしている。彼らはサイバーボール課題を用いた実験で,一般的信頼の高い者はそれの低い者と比べて被排斥経験時のrVLPFCの活性が高いこと,そしてrVLPFCの活性が排斥と主観的に報告された社会的痛みとの関係を仲介することを明らかにしている。この一般的信頼と同様の効果が,一時的な時間的距離temporal distanceのプライミングによっても見られる。彼ら6人の実験(2011)では,サイバーボール課題前に近い将来の自身の生活をイメージするよう求められた者と比較して遠い将来をイメージするよう求められた者は,被排斥経験時のrVLPFCの活性が高く,かつその活性が主観的な社会的痛みを抑制することが示されている。 →自己制御
〔浦 光博〕

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