社会契約(読み)しゃかいけいやく(英語表記)social contract

翻訳|social contract

改訂新版 世界大百科事典 「社会契約」の意味・わかりやすい解説

社会契約 (しゃかいけいやく)
social contract

労働組合が労働条件(賃金,労働時間など)の改善要求を自粛する見返りとして,政府が労働者の生活改善に資するような社会・経済政策の実施を約束する,政府と労働組合の間の協定イギリスで1974年に労働党内閣とTUCとの間で結ばれたものが代表的であるが,これに類する動きは各国でみられる。その性格は紳士協定であり,労働運動の進め方の一つとして理解されている。

 イギリスではスタグフレーション(経済成長の停滞と物価上昇が同時的に起こる現象)を回避するため,たびたび所得政策によって賃金抑制が図られたが,労働組合の反発によって不成功に終わった。74年3月に政権を獲得した労働党は,選挙綱領で保守党のヒース内閣が制定した労働組合活動を規制する労使関係法を廃止するほか,雇用保護法および産業民主化法の制定,所得分配についての常設王立委員会の設置などを公約し,ついで同年10月の選挙に際しても食料品価格補給金,消費者保護,資本移動防止,富裕税,労働関係法改正,社会保障改善,身体障害者給付の改善などの項目を公約した。これに対してTUCは,中央での賃金交渉実質賃金の維持に抑制し,賃金改定期間を12ヵ月に延長するほか,コストの引下げや能率向上に有益な協約や賃金制度改善を促進したり,調停・仲裁機関を利用して紛争の早期解決を図ることを約束し,これによって社会契約の成立をみた。しかしTUCの方針は加盟組合の間で激しい論議を呼び,大勢は条件付き賛成であったが,一部には強硬に反対する組合もみられた。そのため生産性上昇を条件とする賃上げや賃金制度変更にともなう特例など付帯条件がつけられ,適用にあたって混乱を招くことになった。1973年秋からの石油危機による急激な物価騰貴の結果,賃金上昇率は30%以上にのぼり,社会契約の効果はほとんどみられなくなったため,75年7月に政府は新たな賃金抑制策を打ち出し,社会契約は一応の終止符を打つことになった。

 日本では社会契約という名称で進められた運動はないが,1973年の石油危機の際の賃金上昇に対して日経連がガイドラインを打ち出し,賃上げ要求に強硬な姿勢を示したのに対して,労働組合側が〈国民春闘〉という名称で国民一般にかかわる経済・福祉政策の要求項目を運動目標としたことがあり,これが社会契約的運動とみられる。その後の不況の長期化にともない,日本経済や企業経営の許容しうる範囲内に賃上率なり運動を自粛する〈経済整合性〉重視の運動が主流となり,この運動を指して社会契約とみる見方もある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「社会契約」の意味・わかりやすい解説

社会契約
しゃかいけいやく

政府が実質賃金を確保するならば、これに対応して労働組合が賃上げの自主的な抑制を約束するという、賃金抑制のための取決めをいう。イギリスでは第二次世界大戦以降数次の所得政策が進められたが、実質賃金の低下を伴うために労働組合の反対にあっていずれも挫折(ざせつ)せざるをえなかった。これにかわって新しく登場したのが社会契約である。これは、賃上げの抑制をねらっていることでは所得政策と同じ目的に貫かれるが、なんらかの強制による団体交渉への干渉という形をとる所得政策に比べ、労働組合の政府に対する信頼と協力を基礎に、団体交渉による賃金決定を方向づけようとするところに特色がある。

[三富紀敬]

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世界大百科事典(旧版)内の社会契約の言及

【ルソー】より

…田舎で書き上げた小説《新エロイーズ》(1761)は世紀のベストセラーとなった。62年《社会契約論》(4月刊)の翌月出版された《エミール》の筆禍により,逮捕を避けてスイスに赴いたが,ジュネーブ政府もこの両書を発売禁止処分とした。スイスのモティエにいったん落ち着いたものの,村民の迫害を受け,66年イギリスに渡った。…

※「社会契約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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