礼拝統一法(読み)れいはいとういつほう(英語表記)Act of Uniformity

改訂新版 世界大百科事典 「礼拝統一法」の意味・わかりやすい解説

礼拝統一法 (れいはいとういつほう)
Act of Uniformity

イギリスにおいて,英国国教会アングリカン・チャーチ)の祈禱書を全教会礼拝で統一的に使用することを命じた前後4回にわたる議会制定法。(1)エドワード6世期に,国教会の礼拝様式を規定した第1祈禱書の使用を強制した1549年法。(2)よりプロテスタント的に改正された第2祈禱書の使用を強制した1552年法。メアリー1世期のカトリック復帰によってこの法は廃棄された。(3)エリザベス1世期に,第2祈禱書を改訂した新祈禱書の使用を回復した1559年法。17世紀のピューリタン革命期にこの祈禱書は廃された。(4)王政復古に際して改正祈禱書の使用を強制した1662年法。この法によって祈禱書を拒んだ聖職者はその職を奪われ,また教育界にまで国教会の強制力が及び,国教徒と非国教徒区別が決定的となった。1689年の寛容法によってプロテスタントの非国教徒に対してはこの強制は一応緩和されたが,イギリスにおいてほぼ信仰の自由が確立されるのは1829年のカトリック解放法によらねばならなかった。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「礼拝統一法」の意味・わかりやすい解説

礼拝統一法
れいはいとういつほう
Act of Uniformity

1549年、52年、59年、1662年に発布されたイギリスの議会制定法で、イギリス国教会儀式、祈祷(きとう)の統一を内容とする。(1)1549年 「第一祈祷書」の成立と時を同じくし、違反者への罰則規定をも含む。この規定に対しては民間での抵抗が強く、西部ノーフォーク東部)で反乱が起こった。(2)1552年 祈祷書の改訂されたこと(「第二祈祷書」の成立)に伴う措置。一般信徒に教会における礼拝出席を義務づけた。信仰の国民的統一が強く意図されたとみられる。(3)1559年 「国王至上法」と相まってメアリー1世治世下の旧教会を否定し、国教会を再建するための支柱となった。52年の祈祷書をやや保守的な方向に改訂したものの使用を命じている。急進派は「聖職服規定」などについて不満とした。(4)1662年 王政復古に伴い国教会が復活するが、61年末に修正を終えた祈祷書(数回に及ぶ部分的変更を施されて今日なお使用中のもの)に全聖職者を拘束する強制力を賦与した。約2000人が従属を拒否して聖禄(せいろく)を剥奪(はくだつ)され、国教徒と非国教徒の別が明らかとなった。

[植村雅彦]

『半田元夫著『イギリス宗教改革の歴史』(1967・小峯書房)』『八代崇著『イギリス宗教改革史研究』(1979・創文社)』

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百科事典マイペディア 「礼拝統一法」の意味・わかりやすい解説

礼拝統一法【れいはいとういつほう】

英国国教会の礼拝と祈祷(きとう)を統一する法律。英国の宗教改革が左右にゆれ動き,その都度教義が変わったため,1549年,1552年,1559年と3度発布された。また王政復古後の1662年にはピューリタン弾圧のため発布された。
→関連項目エドワード[6世]エリザベス[1世]クラレンドン法典サマセット公

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「礼拝統一法」の解説

礼拝統一法(れいはいとういつほう)
Act of Uniformity

イングランド国教会の礼拝や祈祷の方式を定め,国教会への信従を強制した法。国教会の確立過程で4度公布された。1549年のそれは共通祈祷書の使用を強制し,52年のものは祈祷書の改訂に伴い再公布,59年のそれはエリザベス1世によるもので,カトリックからの復帰に伴う混乱を回避し国教会の確立をめざしたもの,1662年のそれはクラレンドン法典の一つで,ピューリタン革命後の国教会再建を期した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「礼拝統一法」の意味・わかりやすい解説

礼拝統一法
れいはいとういつほう
Acts of Uniformity

イギリス国教会の祈祷,礼拝,秘跡執行など典礼を統一した法律。 1549年にルター派の教義を取入れた第1回の普通祈祷書が制定され,その使用を強制する第1回の統一令が発せられ,52年第2回普通祈祷書の制定とともに第2の統一令が定められた。メアリー1世の反動期を経てエリザベス1世は 59年第2回普通祈祷書に改訂を加えて復活させ,第3の統一令を発した。王政復古後,1662年議会はクラレンドン法典第2条の形で第4の統一令を定めカトリック派に対抗。 66年アイルランドで第5の統一令が発せられたがその内容は 62年の法とほぼ等しい。

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