研究の自由(読み)けんきゅうのじゆう

大学事典 「研究の自由」の解説

研究の自由
けんきゅうのじゆう

「研究の自由」は「学問の自由」に含まれる概念で,具体的な実験的研究の遂行を含む「研究活動の自由」「研究成果の発表の自由」,そして成果を制限なく「教授する自由」よりなる。帝国大学令1条にあるように,日本の大学は最初から「攷究」すなわち「研究」することをその使命とした。以来,日本の大学は,研究を遂行する機関として,帝国大学令にあるこの精神に規定されている。研究は単なる精神的営為ではない。とくに自然科学系,医学系,工学系分野では,研究費と研究を行う場所が確保されない限りは「研究」自体が存在せず,したがって「研究の自由」も存在しない。研究の場所を確保し研究費を獲得すること,そしてそれらをどのように使っていけるかが「研究の自由」の実現にかかっている。

[グループ制での自由]

日本の大学における「研究の自由」は,大学での教員のあり方に大きく依存している。1893年(明治26)帝国大学に講座制が導入されたが,新学制下の大学設置基準改正(2006年)によってその規定が削除された後も,とくに理工系,医学系では教授を中心とするグループ制(研究)で研究が行われている。そこでは,研究課題の設定や実際に研究実験を遂行する大学院生の指導に関して,最終的な方針の決定は教授(あるいは研究室を主宰する教員)が行うのが一般的である。よって,少なくとも形式上は,教授以外の各教員は,研究課題の設定やその遂行に大幅な裁量を持ちはするが,完全な「自由」を持つとは言えない。しかし,これは合意のもとに研究グループを組んで研究を遂行する上での問題であるので,グループの「研究の自由」がなんらかの制限を受けているわけではない。

[研究費の分配]

国立大学では,基本的に旧文部省(現,文部科学省)の積算公費(日本)(現在の運営費交付金(日本))によって研究活動が行われてきた。科学研究費補助金のような外部資金とは異なり,この経費は学内で分配され,その配分の仕方により各教員が受領する研究費の額は変化する。研究費の減少は研究の遂行に大きな影響を及ぼすので,大学執行部等による研究費の分配の仕方そのものが,大学教員個人それぞれの研究の自由を実質的には制限することになる。

[政府による研究の規制]

どこの国であっても,分野によっては行えない,あるいは行うには政府あるいは所属大学の許可等が必要な研究がある。現在,クローン胚移植技術,ゲノム編集技術など,それが無制限に実施されれば人間の尊厳が崩壊しかねない由々しき事態が生じ得る技術が驚くべき速さで開発されている。このような技術の利用あるいはさらなる技術開発に制限を設けるため,政府による規制がガイドラインの制定という形で行われている。問題は,これらの規制は日本国憲法23条で保障された「学問の自由」における「研究の自由」に抵触しないのかどうかである。

[軍事研究の規制]

日本学術会議は1950年(昭和25)に「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない」決意を表明したが,2015年(平成27)以降,その再検討が行われている(2017年3月「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表)。その背景には防衛省の「防衛生産・技術基盤戦略」に基づく「安全保障技術研究推進制度(日本)」による,大学や民間の研究者が応募し得る競争的資金の導入(日本)(2015年度開始)があり,これは,政府の「防衛にも応用可能な民生技術(デュアルユース)の開発」という考えに基づいている。ここで,そのような研究費に応募しないことを大学が決定したとき,「研究の自由」にとって問題が生じる。つまり,その判断がそこに所属する大学教員の研究費への応募の意志に影響をもたらし得る,という問題である。軍事的研究とそうでない研究との線引きは簡単ではない。ロボット放射線の高い区域での作業もできるが,兵士の代わりに戦闘行動も行い得る。また,防衛省以外からの資金で研究を遂行したとしても,その研究成果が兵器開発等に利用されることは十分にあり得る。

 以上のように今日,「研究の自由」の問題は,おもに自然科学や生物医学系の研究の進展によって非常に複雑化している。伝統的な精神的営為としての考える自由,発表の自由,教える自由の概念を超えて,研究課題によってはそもそも研究を行ってよいのかどうか,それ自体が問われるようになっている。これらはみな,研究の発展に伴い,人間の尊厳や個人の権利などに関係して,研究という行為とその内容そのものから生じてくる問題である。これまでの大学の歴史において,たとえば「平賀粛清」のように,時の権力者あるいは大学管理者によって,大学教員の「研究の自由」が奪われたことが確かにあった。今後,このような公権力による「研究の自由」の侵害ないし弾圧が起きないように注意を払っていくことはもちろん重要であるが,それに加えて研究者としての大学教員自身が,研究資金の調達の仕方とその性格も十分に考慮しつつ,すべての大学とそのメンバーに「研究の自由」の恩恵がもたらされるべく努力していくことが強く求められるであろう。
著者: 赤羽良一

参考文献: 島田雄次郎『ヨーロッパの大学』玉川大学出版部,1990.

参考文献: R.D. アンダーソン著,安原義仁,橋本伸也監訳『近代ヨーロッパ大学史―啓蒙期から1914年まで』昭和堂,2012.

参考文献: 大浜啓吉「市民社会と行政法 第42回 学問の自由とは何か」『科学』岩波書店,86巻10号,2016.

参考文献: 日本学術会議:http://www. scj. go. jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/anzenhosyo-setti. pdf

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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