日本大百科全書(ニッポニカ) 「砂糖」の意味・わかりやすい解説
砂糖
さとう
sugar
サトウキビ(甘蔗(かんしょ))またはサトウダイコン(甜菜(てんさい))を材料としてつくったショ糖(サッカロース)を主成分とする甘味料。ブドウ糖、麦芽糖など、他の甘味をもつ糖類を含めることもある。
[河野友美・大滝 緑]
歴史
砂糖の歴史は非常に古く、紀元前327年、アレクサンドロス大王がインドに遠征軍を送った際、その司令官ネアチェス将軍がインドで発見したという。彼は「ハチの助けを借りずに、葦(あし)の茎から蜜(みつ)をつくっている」と報告している。また、前320年には、インドに駐在したことのあるギリシア人メガステネスが、砂糖のことを「石蜜(せきみつ)」と紹介した。石の字が使われているところから、当時すでに固形の砂糖が用いられていたと考えてよい。中国の文書では『異物志』の記載が最初で、それには交趾(こうち)(ベトナム)に甘蔗糖のあったことが紹介されている。また『後漢書(ごかんじょ)』(1~3世紀の中国の史書)でもインドに石蜜のあることが記されている。これらのことから、砂糖はインドで初めてつくられたと考えられ、その原料となったサトウキビは、前2000年ごろインドですでに栽培されていたようである。
砂糖は5~6世紀ごろには、インドから中国、タイ、ジャワに普及した。一方、中央アジアを経てヨーロッパにも伝わった。8世紀になると、キプロス島を経て地中海沿岸にも普及し、その後アフリカ南部にまで移植された。1492年コロンブスのアメリカ大陸発見後、スペイン人、ポルトガル人が新大陸に進出するとともに、キューバ、プエルト・リコ、メキシコ、ブラジルなどの中南米諸国にもサトウキビの栽培を伝えた。これらの地方は、16世紀ごろには世界屈指の砂糖産出国にまで発展した。
日本への砂糖の渡来は奈良時代、754年(天平勝宝6)に唐僧鑑真(がんじん)が来日の際、黒糖を持ってきたのが最初といわれている。「東大寺献物帳」(756)にも「蔗糖」の記事がみえるが、これは薬用に用いられていた。室町時代に入って、中国との貿易が盛んとなり、砂糖の輸入も多くなった。しかしその量は微々たるもので、同じような状態が江戸時代まで続いた。
日本に製糖法が伝わったのは、慶長(けいちょう)年間(1596~1615)奄美(あまみ)大島の直川智(すなおかわち)が台風のため中国福建に漂着し、そこでサトウキビ栽培と製糖の技術を習得、ひそかにサトウキビの苗を持ち帰って植え付けたのに始まるという。『南島雑話』には元禄(げんろく)年間(1688~1704)創始説も記されている。琉球(りゅうきゅう)では、1534年(天文3)サトウキビの栽培が行われていたことが記録にみえるが、製糖は奄美より遅れ、1623年(元和9)儀間真常(ぎましんじょう)が村人を貢船に便乗させて福建に遣わし製糖技術を習わせたことによる。
薩摩(さつま)藩は、三島(大島・喜界(きかい)島・徳之島)の砂糖総買入れを始め、琉球産にも貢糖制度を定めて独占を図った。黒糖のほか白糖もつくられたが、黍(きび)汁1斗から黒糖5~6斤が得られるのに対し、白糖はわずか1斤弱にすぎなかった。8代将軍吉宗(よしむね)は、砂糖の輸入を制限し、国産を奨励した。和製砂糖は初め薩摩藩の独占的産物であったが、江戸末期には、讃岐(さぬき)、阿波(あわ)、土佐、和泉(いずみ)、河内(かわち)などでも製糖が行われ、白砂糖もつくられるようになった。白砂糖をさらに精製して純白の結晶とした高級品は、三盆(さんぼん)・三盆白(さんぼんじろ)とよばれて珍重された。三盆の名は、精白のために3回、盆(土製の鉢)の上でもんだためとか、あるいはそれを舶載した中国人の官位が三品(さんぼん)であったことに由来するともいわれる。初め輸入に頼っていたが、しだいに国産(和三盆(わさんぼん)ともいう)も現れ、とくに讃岐の三盆白は上品として知られた(なお、近代製法による上白糖を「三盆白」とよんだこともある)。しかし、江戸時代の庶民にとって砂糖はまだまだ貴重品で、砂糖が本格的に日本に普及したのは明治以後のことである。
一方、サトウダイコンを材料としてつくる甜菜糖がヨーロッパに普及したのは、ナポレオンが1806年にヨーロッパ大陸を封鎖したとき以来のことで、日本へは1876年(明治9)に黒田清隆(きよたか)が北海道開拓使長官のとき移入された。日清(にっしん)戦争(1894~1895)後の台湾領有によって本格的な製糖業が行われ、砂糖生産額は飛躍的に伸びたが、現在では粗糖のほとんどを輸入に頼り、国内で精製する方式をとっている。
[河野友美・大滝 緑]
種類
砂糖の種類としては、その原料面から分けると、サトウキビからつくる甘蔗糖、サトウダイコン(テンサイ、ビート)からつくる甜菜糖(ビート糖)、サトウカエデの樹液からつくるかえで糖(メープルシュガー)、サトウヤシやココヤシの樹液を集めてつくるやし糖、サトウキビに似たモロコシの茎から汁を絞ってつくるもろこし糖(ソルガムシュガー)などがある。主力は甘蔗糖と甜菜糖である。また製法から分けると、糖蜜分を含む「含蜜糖」と、糖蜜分を分離した「分蜜糖」の二つとなる。日常使用されているのは、ほとんどが分蜜糖である。
含蜜糖は糖蜜を含んでいるため色が黒く、また強い甘味とともに特有の糖蜜臭をもっている。成分はショ糖分であるが、無機質やビタミン類が少量含まれている。黒糖は普通、黒砂糖とよばれ、サトウキビを絞った汁に石灰を加えて液を中性にし、夾雑(きょうざつ)物を漉(こ)してそのまま濃縮し、固まらせた砂糖で、日本では沖縄、奄美大島で産する。このほか赤褐色の小さい塊の混ざった粗い粉状の赤糖、小さな結晶粒子の混ざった半固形の白下(しろした)糖、各種の含蜜糖や精製糖、糖蜜などを配合し、加熱し直してつくる再製糖などがある。四国では、白下糖に水を加えて絞ることを繰り返してつくる高級和菓子用の和三盆(三盆白)がつくられる。
分蜜糖は、糖蜜が分離され、精製されているので、色の白いものがほとんどである。生産地でサトウキビの絞り汁から不純物を取り除き結晶化させたのち糖蜜を遠心分離機で除いたものが原料糖で、これを精製工場で精製したものが精製糖である。サトウキビから直接白砂糖をつくることもあるが、この場合の白砂糖は耕地白糖とよばれる。精製糖は、車(くるま)糖とざらめ糖に大きく分けられる。車糖は結晶が細かくしっとりした感じがあり、ソフトシュガーともよばれる。なお、車糖には、湿潤性の保持と固結防止のため、ビスコ(砂糖を塩酸で分解してブドウ糖と果糖にしたもの)がふりかけられている。果糖を含むため甘味が強く、このために車糖はビスコを加えないざらめ糖より甘ったるい。日本で通常よく使用されるのは上白糖で、これは車糖に属し、白砂糖とよばれている。このほか上白糖よりやや純度が低く淡褐色の中白糖(ちゅうじろとう/ちゅうはくとう)や、中白糖よりさらに純度が低く黄褐色の三温糖(さんおんとう)があるが、中白糖は最近は一般にはほとんどみられない。ざらめ糖は、車糖に比べて結晶の大きい精製糖で、ショ糖分の純度が高い。ざらめ糖は結晶の感じが固いので、ハードシュガーともよばれている。ざらめ糖のなかでいちばん結晶の小さいのがグラニュー糖で、家庭で紅茶、コーヒーなどに用いられる。このほか白ざら糖、白ざら糖よりやや純度が低く、うすい黄褐色をした中ざら糖(黄ざら糖)などがある。また白ざら糖にも結晶の大小があり、一般に結晶の大きいものほど純度がよく、高級品である。中ざら糖では、カラメルで着色したものもある。
砂糖を加工したものに、粉糖(ふんとう)(粉砂糖)、角砂糖、氷砂糖などがある。いずれも、グラニュー糖や白ざら糖を原料としてつくられる。粉糖は、白ざら糖やグラニュー糖を粉砕したもので、固結防止に可溶性デンプンなどを添加したものが多い。フルーツやケーキの飾りに使われる。角砂糖は、グラニュー糖に、少量の水に溶かしたグラニュー糖を混ぜて立方体、あるいは各種の形に型押しをしたものである。氷砂糖は氷糖(ひょうとう)ともよばれ、グラニュー糖を水に溶解、濃厚な糖液から大きな結晶をつくったものである。製造法により、結晶の大きさが不定形のものとそろったものとがある。そのほか顆粒(かりゅう)状糖、液糖などがある。顆粒状糖は微粉糖を固めて多孔質にしたもので、冷水にも溶けやすくアイスコーヒーなど冷たい飲み物やヨーグルトなどに適している。液糖は、グラニュー糖を溶解したものや、砂糖を結晶させる前の状態のもの、ショ糖の一部または全部を転化糖にしたものなどがある。製菓、清涼飲料などに用いられる。
[河野友美・大滝 緑]
製法
製糖および精糖は、精製、結晶化、分蜜の工程でできあがる。サトウキビの例で説明すると、サトウキビを刈り取り、茎から液汁を絞り取る。この糖汁に石灰を加え沈殿濾過(ろか)して不純物を除去したのち、蒸発缶で濃縮する。これをさらに真空結晶缶によって濃縮し、結晶種(だね)として砂糖の小さい結晶を加えると、それを核として過飽和なショ糖が結晶化するので、遠心機にかけ糖蜜分を分離する。これが原料糖である。日本へはこの状態で各国から輸入される。精糖工場では原料糖を一度温水で溶解し、活性炭、イオン交換樹脂などで精製し、濃縮缶に入れて減圧下で濃縮する。過飽和状態になったとき、結晶種を加えて結晶をつくる。種を多く加え急速に冷やすと、車糖のような細かい結晶のものができ、種を少なくして時間をかけて冷却すると、ざらめ糖のような大きい結晶が得られる。結晶ができたら遠心機にかけ母液と分離し、のち乾燥・冷却し、製品となる。製品は家庭用から業務用まで用途別に包装される。
甜菜糖はサトウダイコンを洗浄後薄く切り、浸出装置内に導き、温水を用いて糖分を浸出する。糖液を精製、濃縮後、甘蔗糖の精糖と同様、結晶化、分蜜、乾燥、冷却が行われる。
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消費
砂糖の消費は文明のバロメーターなどといわれているが、一般的にみて文明の進行とともに砂糖消費は多くなる傾向がある。日本では年々消費量が増加し、1972年(昭和47)には1人当り年間30キログラム近くあった。しかし1970年代なかばからのデンプンを原料とした異性化糖の急速な増加に伴い、砂糖の消費量は減少している。日本で消費される砂糖の多くが外国から輸入され、国内で生産される砂糖は日本の総消費量の約30%である。北海道および沖縄、鹿児島が主産地である。
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生理
砂糖はほとんどがショ糖で、体内に吸収されやすい。吸収された砂糖は主としてエネルギー源として使用される。ショ糖の分子は、ブドウ糖と果糖各1分子が結合したもので、体内で果糖とブドウ糖に分解され、また果糖は最終的にはブドウ糖となり、エネルギー源として利用される。しかし、過剰に摂取された場合、一部がグリコーゲンとして肝臓や筋肉の細胞に蓄えられ、さらに余剰なブドウ糖は中性脂肪に変化する。また、食前に砂糖を多く含むものを摂取すると血中糖度があがり、このため満腹感が生じて食事が進まないことがあるので注意が必要である。なお、疲労の著しいときは、砂糖の摂取で急速に血液中に糖分が補われ、エネルギー源となるため元気が回復する。砂糖は1グラムでほぼ4キロカロリーのエネルギーをもつから、コーヒー1杯に入れる砂糖量8グラム(小さじ約2杯)程度では、30キロカロリーくらいになる。
[河野友美・大滝 緑]
調理
砂糖には強い脱水性や保水性があるため、料理に甘味をつけるだけでなく、こういった物理的性質も広く利用されている。脱水性を利用して保存性を高めたものに砂糖煮、砂糖漬け、ジャム、羊かんなどがある。またメレンゲでは、砂糖によって脱水させることで、卵白を泡立ててからの気泡の崩壊を防止する。ゼリーではコロイド液から脱水することで、ゲル化剤のゼラチンやペクチンの分離と網状組織形成を助けてゲル化を早め、ゼリー状を保つ。餅(もち)菓子、菓子パン、ケーキなどでは砂糖の脱水性、保水性などにより老化を防ぎ、しっとりさせることができる。
砂糖は煮とかすと、その煮詰め温度によって、もとの砂糖とは違った形に変化する。102~105℃で濃いシロップが、110~115℃に煮詰めたあと強く攪拌(かくはん)して微細な結晶を生じさせるとフォンダン(すり蜜ともいう)が、160~180℃に加熱するとカラメルができる。フォンダンは菓子などに、カラメルは独特の香りと苦味をもっているのでプディングの風味づけなどに用いられる。
[河野友美・大滝 緑]
『吉羽和夫著『自然味の職人たち――砂糖・塩・醤油』(1993・新日本出版社)』▽『糖業協会編『近代日本糖業史』下(1997・勁草書房)』▽『アスペクト編『砂糖(至宝の調味料)』(2000・アスペクト)』▽『糖業協会編『現代日本糖業史』(2002・丸善プラネット、丸善発売)』▽『名嘉正八郎著『黒砂糖の歴史――沖縄・奄美の文献から見た』(2003・ボーダーインク)』▽『川北稔著『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)』▽『高田明和著『「砂糖は太る」の誤解』(講談社・ブルーバックス)』