石頭城(読み)せきとうじょう

世界大百科事典(旧版)内の石頭城の言及

【南京】より

…越は逆に楚に滅ぼされ,この付近も楚の領域に入ったが,楚の威王のとき,この地に王気がみられるとして,これを鎮めるために金を埋め,今の清涼山付近に城を築いたことから,金陵と称したといわれる。これは秦淮河が長江に流入する地点をみおろす要害の地で,のちに孫権が石頭城を築く。 秦は金陵邑を秣陵県(ばつりようけん)とし,漢代に入ると周辺には丹陽,江乗,胡孰(こじゆく)などの諸県が設けられ丹陽郡に属した。…

※「石頭城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」