ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「石塚龍麿」の意味・わかりやすい解説
石塚龍麿
いしづかたつまろ
[没]文政6(1823).6.13.
国学者。本居宣長の門下生。宣長の『古事記伝』巻一のかなづかいの説に基づき,『古事記』のみならず,『日本書紀』『万葉集』など広く奈良朝の文献を精査し,上代の万葉がなには,のちのイロハのかなのエ,キ,ケ,コ,ソ,ト,ヌ,ヒ,ヘ,ミ,メ,ヨ,ロにあたる 13のかな (『古事記』ではさらにチ,モが加わる) が各2類に分れ,単語によってそのどちらかに定まっていて混用されることがないという事実を発見し発表した。それが『仮名遣奥山路』 (3巻) である。宣長は特定の単語のかなの決りに注目していただけであったのに対し,龍麿は網羅的に調べ,かなづかい全体の決りを見つけた点,画期的なものであった。しかしこの本の価値は長らく認められず,橋本進吉の上代特殊仮名遣の発見によって再評価されるようになった。ただし,龍麿は『万葉集』巻十四「東歌 (あずまうた) 」,巻二十「防人歌 (さきもりのうた) 」の東国方言 (あずま言葉 ) も同一のレベルで分析していること,それに文献批判の不備から出てくる例外も,これを網羅的に追究することなくそのまま放置していたことなどの欠点を有し,そのかなづかいが当時の発音の区別に基づくものであることを十分に把握していたかどうか疑わしい点がある。これらの点の解明,修正は橋本によって初めてなされた。チとヌについてものちに修正された。その他『古言清濁考 (こげんせいだくこう) 』 (3巻,1801) などの著がある。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報