発生学(読み)はっせいがく(英語表記)embryology

日本大百科全書(ニッポニカ) 「発生学」の意味・わかりやすい解説

発生学
はっせいがく
embryology

生物個体発生を研究する学問であるが、これに含まれる分野は現在非常に広いものとなっている。発生学は最初さまざまの動物の発生過程形態観察とその記載をする学問であった(記載発生学)。発生の初期にある胚(はい)は微小なものであるから、研究の進展は当時の顕微鏡の発達に負うところが大きい。また、海産動物の卵など卵生のものを用いることによって、形態学的研究はきわめて詳しく行われるに至った。

 やがて19世紀になると、種々の動物の発生過程が比較されるようになる(比較発生学)。動物の発生過程には、種類が違えば異なっている部分と、共通にみられる部分とがあることがわかってきた。たとえば、すべての動物が発生の途中でかならず胞胚の時期を経る。こういうことから、個体の発生はある歴史的な過程を反映しているものであるという考えが生まれた。その一つにE・H・ヘッケルの有名な反復説がある。個体発生は系統発生の短縮された反復である、というのがその主張である。幼生の形態や相同器官などの研究から、生物の進化についての考察が深まり、進化論を推進することとなった。

 20世紀に入ると、胚を観察するばかりでなく実験的操作を加えてその結果を調べ、発生過程のなかでの原因と結果とを明らかにしようとする動きが始まった。その始まりはW・ルーで、実験発生学の祖といわれる。この時代に両生類の胚を細いガラス針や毛髪のループ(輪)などを使って自在に切り出したり植え込んだりする技術が確立された。胚の各部分が自身では何に分化しうるのか、他に対してはどのような働きかけをしているのか、などが当時の主要な命題であったが(発生機構学とよぶことがある)、シュペーマンは、原口上唇を切り出してほかの胚に植え込むと、その胚には本来の胚のほかに余分にもう1個の胚を生ずること、それはまったく植え込まれた原口上唇の働きによることをみいだし、この部分を形成体と名づけた。これに端を発して、胚の発生を一連の誘導連鎖としてとらえる見方が確立した。

 さらに最近に至って、細胞についての知見が飛躍的に増加し、加えて生物物理化学、分子生物学も急速に発展したため、発生学はふたたび変貌(へんぼう)しようとしている。たとえば、胚を細胞の社会集団としてとらえ、そこでの情報のやりとりを解析して有機体としての個体の形成の仕組みに迫ろうとするものなどは、その一つである。

[木下清一郎]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「発生学」の意味・わかりやすい解説

発生学
はっせいがく
embryology

個体発生を研究する生物学の一分野。材料の観察しやすさ,特徴ある変化の著しさなどのゆえに,主として動物発生学をさす。特に哺乳類を対象とする場合に胎生学と呼ぶこともある。 19世紀末頃までは形態についての研究が主で,形態学の一分科とされてきたが,19世紀末,発生機構を実験的に探究する実験発生学が興り,さらに現在は発生現象を生理的生化学的側面から追究しようとする発生生化学が重要な位置を占めている。特に成長,細胞の分化,機能の分化,形態形成などの現象についての,遺伝情報の発現という分子生物学的な立場からの研究が盛んに行われている。

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精選版 日本国語大辞典 「発生学」の意味・読み・例文・類語

はっせい‐がく【発生学】

〘名〙 個体発生における形態形成を研究する学問。形態学の一分科。発生生理学、発生生化学、実験発生学、発生機構学、比較発生学、発生生物学などの分野がある。〔動物進化論(1883)〕

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デジタル大辞泉 「発生学」の意味・読み・例文・類語

はっせい‐がく【発生学】

生物の個体発生を研究対象とする生物学の一分野。医学では胎生学ともいう。エンブリオロジー

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世界大百科事典 第2版 「発生学」の意味・わかりやすい解説

はっせいがく【発生学 embryology】

現在では発生生物学developmental biologyということが多い。すべての多細胞生物は,その一生受精卵という1個の細胞から始め,質量ともに劇的な変化の過程を経て,成体となる。この過程を観察,記述し,さらにそこで起こる変化の原因を探究するための生物学の分野を発生学(発生生物学)と呼ぶ。発生の過程は,すべての多細胞生物において起こるから,発生は,生物のもつ普遍的な現象の一つであり,したがって,それを研究する発生学は,生物学の中で一つの大きな基本的な位置を占めている。

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世界大百科事典内の発生学の言及

【生物学】より

…顕微鏡による観察ではR.フックの《ミクログラフィア》(1665)があり,A.vanレーウェンフックの活動も17世紀後半であった。 18世紀になると,後生説をとなえたC.F.ウォルフ,多能の実験家であったL.スパランツァーニ,前生説論者でアリマキの単為生殖を見いだしたC.ボネなど,発生学の研究が目だつようになる。A.トランブレーがヒドラの再生実験を行って,動植物の区別について議論を引き起こしたのも,またリンネが種の固定不変を信じながら,現実にみる種の可変性に悩まされたのも,18世紀のただ中のことであった。…

※「発生学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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