(読み)ち

精選版 日本国語大辞典 「痴」の意味・読み・例文・類語

ち【痴】

〘名〙
物事を考え判断する力がたりないこと。おろかなこと。また、その人。あほう。ばか。しれもの。痴愚
※俳諧・蠧集(1684)「地に礼し天に拱(こまぬく)ならはしや〈千之〉 癡は七夕に念仏かすらん〈其角〉」
当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉六「横町の新道へはしりこんで、犬の糞をふみつけるは実に馬鹿気きった事じゃあないか、我輩夙(つと)にここに見あり。狂と呼び癡(チ)と喚ぶ」 〔高士伝〕
② (moha または mūḍha の訳語) 仏語。三毒または根本煩悩一つ。物事に対して正しい判断が下せない暗愚な心のはたらきをいう。惑い迷う心作用のこと。愚痴蒙昧(ぐちもうまい)
※九冊本宝物集(1179頃)二「つぎに癡と申は、ぐちにしておろか成るを申なり」

うこ【痴】

〘形動〙 =おこ(痴)
書紀(720)応神一三年九月・歌謡堰杙(ゐぐひ)(つ)く 川俣江の 菱茎(ひしがら)の 刺しけく知らに 吾が心し いや于古(ウコ)にして」
[語誌](1)この語は万葉仮名「于古」であるのに対し、「をこ」は「袁許」であり、上代特殊仮名遣いでは「古」(甲類)、「許」(乙類)で、くいちがっているが、同義語であろう。
(2)「をこ」系は、後世でもさかんに用いられ、「をこがまし」「をこがる」「をこめく」などの派生語も多いが、「うこ」系は消滅したところから、「うこ」は「をこ」より古い語形であったと考えられる。

し・れる【痴】

〘自ラ下一〙 し・る 〘自ラ下二〙
① 判断・識別能力が働かなくなる。ぼける。ばかになる。
※竹取(9C末‐10C初)「中に心さかしき者、念じて射んとすれども、ほかざまへ行きければ、あれも戦はで、心地ただしれにしれて、守り合へり」
② (「たり」を伴って) いたずら好きである。ふざける。
徒然草(1331頃)一〇七「しれたる女房ども、若き男達の参らるる毎に、『郭公や聞き給へる』と問ひて心みられけるに」

しれ【痴】

〘名〙 (動詞「しれる(痴)」の連用形の名詞化) おろかなこと。ばかなこと。
※宇津保(970‐999頃)国譲下「あなしれや。おなじ心なりけん人を、なににつつみて。ただにはあらじぞ」

し・る【痴】

〘自ラ下二〙 ⇒しれる(痴)

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デジタル大辞泉 「痴」の意味・読み・例文・類語

ち【痴〔癡〕】[漢字項目]

常用漢字] [音](呉)(漢) [訓]おこ しれる
知恵が足りない。おろか。「痴人痴態痴鈍痴呆ちほう音痴愚痴
男女関係で理性を失ったさま。「痴情痴話情痴
物事に夢中になること。「書痴

ち【痴/×癡】

愚かなこと。また、その人。
「聖既に多情、―固より多情」〈織田訳・花柳春話
三毒の一。無明むみょうであること。

おこ〔をこ〕【痴/××滸/尾籠】

[名・形動]愚かなこと。ばかげていること。また、そのさま。「―の者」
退すされ卑きもの、魔道呼わり―なり」〈露伴・新浦島〉

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「痴」の意味・わかりやすい解説



moha

仏教用語。愚痴ともいう。事物やものの道理に関して心が混迷していて正しい判断ができないで迷う心理作用。すべての煩悩のもとになるもので,貪・瞋と並んで三毒 (→貪・瞋・痴 ) の一つに数えられる。また倶舎宗では六大煩悩地法の一つに,唯識宗では六根本煩悩の一つに数えられる。日本語の「ばか」はこのモーハに由来するともいわれる。

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【煩悩】より

…仏教の経論にはさまざまの種類の煩悩があげられているが,代表的なものとしては,次のような分類がある。(1)貪(とん),瞋(じん),痴(ち)の3種。(2)貪,瞋,痴,慢,疑,悪見の6種の根本煩悩と,忿(ふん),恨,覆,悩,嫉(しつ),慳(けん),誑(おう),諂(てん),憍(きよう),害,無慚(むざん),無愧(むき),惛沈(こんじん),掉挙(じようこ),不信,懈怠(けだい),放逸,失念,散乱,不正知(ふしようち)の20種の随煩悩。…

※「痴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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