精選版 日本国語大辞典 「田村俊子」の意味・読み・例文・類語
たむら‐としこ【田村俊子】
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
小説家。東京生れ。旧姓は佐藤。別号露英。生家は浅草蔵前の商家。府立第一高女から日本女子大国文科に進んだが中退。1902年(明治35)幸田露伴の門に入り,露英の号を与えられ《露分衣(つゆわけごろも)》を発表した。同門の兄弟子田村松魚と恋愛,09年結婚。松魚に勧められて《大阪朝日新聞》の懸賞小説に応募,《あきらめ》が1等当選となり,11年同紙に連載されて文壇に進出した。花形女流作家として《女作者》《木乃伊(みいら)の口紅》《炮烙(ほうらく)の刑》などのデカダン風の諸作品が注目された。やがて松魚と別れ,鈴木悦と恋愛,18年悦のあとを追ってカナダに渡った。36年帰国,一時文壇にも復帰したが諸事情のため中国に渡り,大戦下の上海で客死した。61年田村俊子賞が設けられ,女流作家のすぐれた作品に与えられている。
執筆者:岡 保生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…日本とカナダはほぼ同時に近代国家として出発したが,その後の日加交流の大きな部分は,日本人移民,カナダ人宣教師によって担われた。カナダへの日系移民の研究は最近非常に盛んになっており,1918年から18年間をバンクーバーで送り,鈴木悦とともに日系労働者の組織化に尽力した女流作家田村俊子の事績も明らかにされている。カナダから日本へ来住し教育・社会福祉に活躍した宣教師は1873年のG.L.カックラン,D.マクドナルドを皮切りとして,枚挙にいとまがない。…
※「田村俊子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
3/11 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
2/13 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
1/12 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
12/11 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/10 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新